第9話

 皆さんは土日祝といった休みの日に何をしてお過ごしでしょうか。

 私はというと、友達の多い身であるから大抵は誰かと遊んでいる。まあお金はないのでやってることは毎回それほど代わり映えしないのだけれど。いいもん楽しいから。

 ではそれ以外の暇なときに何しているのかと問われたら、テレビかネット、あとは読書ぐらいしかない。書き出してみると実につまらない人間である。いや、これでも結構忙しくしてるつもりなんですけどね。周囲もこれといって趣味持ってない子が多いし。え? 勉強? ちょっと何言ってるかわかんない。

 テレビやネットはともかく、読書は友人たちよりかなりしていると思う。子供の頃から、新しい教科書が配られると国語だけ先に全部読むのが楽しみだった。同じ経験をした人もきっといるはず。たまに連れてってもらう図書館も嬉しかったなあ。

 今でもちょこちょこ図書館には行くし、現国の教科書はとっくに最後まで読んだ。本の虫でも活字中毒でもないが、授業を除き夏目漱石を読んだことがあるのは仲間内では私ぐらいだろう。

 こんなことを書くとまるで成績優秀のようだがそんなことはなく、漱石の『ぼっちゃん』もすでにどんな内容だったかはっきり思い出せないレベル。そもそも実のところ読書の大半はマンガだという時点でお察しである。

 それでも小説なりマンガなりから言葉の言い回しや知らない単語を結構覚えたものだ。役に立つかは別として。

 そんな中の一つに「博覧強記」という四字熟語がある。辞書を引くと、たくさんの書物を読み記憶力に優れている人、という意味らしい。

 何を読んでこの言葉を知ったのかは忘れたが、強記という文字の見た目から、私は黒板にガガガガッと凄い勢いで物を書く人物像をいつも思い浮かべてしまう。


 さて。この博覧強記という言葉が似合う人は周りに誰かいるかなあと考えたときに、さっきも言ったが仲間内では私が一番本を読んでいるけれど記憶力は薄弱なので、結局誰もいないという結論になってしまった(そもそも博覧強記を知らない友人の方が多かったし)。

 そのときにふと、T先輩のことを思い出した。

 彼女とは直接の知り合いというわけではなく、友人繋がりで何度か話したことがある程度だったが、実に凄いというか驚くべき人だった。

 私が読んだことのある本はほぼ全て彼女も読んでいて、たぶんその十倍以上の読書量がありそうな感じを受けた。私がたまたま読んだ一冊のことを話すと、彼女はその作者の別作品まであれこれ教えてくれるのである。マンガですら聞いたこともない昭和の作品から最近の少女マンガ、そしてジャンプの最新号まで読んでいた。

 明らかに普通じゃないというか、正直ちょっと引いた。

 実際彼女は周囲からも変人扱いされているみたいだったが、性格は社交的でアクティブだったため友人は多そうだった。

 私は特に仲良くなることはなかったのだけれど、一度電車の中で偶然会ったことがある。それは大阪から地元に戻る電車で、私は買い物帰りだったが、先輩は一人で劇団の舞台を観に行ってきたという。

 休日に一人で演劇を観に行く知り合いなどいなかったので、私はまた驚いた。

「映画じゃないんですか」

「映画なら友達と行くし。皆、舞台は興味なさそうだから」

 興味ないっていうか住む世界が微妙に違うのだと思う。

「ナマの人間を観るのって結構いいけどね」

「はあ」

「何かさあ。ああいうことやるのも良いかなってちょっと思うんだよね」

「舞台女優とかですか?」

「うーん。何かいろいろ」

 やっぱ普通じゃないなこの人、と思った私。後はほとんどマンガの話をしていた。

 これがT先輩と話した最後で、それから彼女は東京の大学に進学した……と聞いた。

 詳しいことは知らないし、東京だけは確かなようだが定かじゃない。

 私の友人たちから辿っていけばたぶん情報は得られると思うが、なんとなくこのまま不確定な方が彼女らしくていい気がする。

 大学で教授より本読んでるかもしれないし、演劇部とかに入ってるかもしれない。やったこともない運動部で汗を流しているかも、あるいは大学生じゃなくフリーターとして本屋でアルバイトしているかもしれない。どれであっても不思議じゃない人なのだ。

 きっと私の想像を超えた何かをやってるんだろうな、と格別親しくもなかった彼女のことをたまに思い返す。

 案外、宝塚にハマって黄色い声援を送っているんだったりして。


 そういえば小学校の学芸会で劇をやったことがある。

 今ぼんやり思い出せるのは二つで、もう内容も忘れてしまったが何の役かというと、一つは倒れた主役に手を貸して立ち上がらせる人の役。たぶん台詞はなかった。

 もう一つは、これはミュージカル風だったのか何なのか、音楽に合わせ数人ずつがバトンタッチするような感じでスキップしていくのだが、順番が来た私は途中で見事に足を滑らせ引っくり返った。

「ふんがっ」と小さな声が出た。ふんがっ。

 すぐさま立ち上がってスキップし切ったが、体育館は爆笑の嵐。ちょっと落ち込んだが、観ていた友達から後で「めっちゃ笑った」と言われ、まあウケたからいいか、と立ち直った思い出。

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