第8話 回想
※西園寺視点です
あれはいつの頃だったろうか。道端でばったりと“鈴木静”に出くわしたのは。
人一倍にぶい僕だけど、それでも“鈴木静”及びその一味から悪意をもたれていることは察しており、「うわぁ……」と第一声が漏れてしまった。
(しまった、違う道を通ればよかった…)
思い切り顔にもに出てしまったのだろう、“鈴木静”はムッとして「なんだコラ。やる気かよ」と脅してきた。
“鈴木静”
どこからどう見ても男にしか見えない彼女は、僕のクラスメイトであった。
何故だか常に敵意を向けられていたが。
思えば初対面で、「お兄さんはどうしてこのクラスにいるの? 留年したの?」と問いかけたのが、いけなかったのかもしれない。
それとも他にまだ何かあるのか、僕のことをやたら毛嫌いしており、手下をひきつれて事あるごとに嫌がらせを仕掛けてくるようになっていた。
だけど、その日に限って様子が違っていた。いつもは無視されるか殴られるかでおしまいなのに、珍しくそれだけではなかった。
「今日は誰もつかまらなくて退屈しててな。せっかくだからお前ん家に遊びに行ってみたいと思う。ほら、連れて行けよ」
「え゛」
いきなり家に来たいと言われても困る。
母の許可が必要なので今日は無理だと丁重に拒否すると、“鈴木静”は再び機嫌を損ねてしまった。
「俺の安息の地を奪っておいて敷居もまたがせないつもりか。お前をそんな子に育てた覚えはないぞ!」
僕だって育てられた覚えはないよ、と思ったが、よからぬ口をたたくとまた殴られそうなので黙っておく。“鈴木静”は気に入らないことがあると、タイマンと称して人を殴ってくるような少女であったからだ。
「うむ。悪い子にはお仕置きが必要だな……」
そう言って“鈴木静”はひとりごちると、唐突に笑顔を向けてきた。
「ならば俺ん家に来いよ。今日だけとくべつに許可してやるから」
「えっ。でもこれから塾だし」
「少しぐらいなら時間があるだろ。それとも俺とは遊びたくないって言うのか?」
とっさにこれは何か企んでいると危機感を抱いたわけだが。凍てついた心をも溶かすような朗らかな笑みに屈してしまった。
「ううん。じゃ、じゃあ、少しだけなら」
「決まりだな。よし、行くぞ!」
――その時に、これから起きる災難は決定されたのだと思う。
それから彼女の自宅を目指して裏街道を歩くことになったのだが、やたら気さくに話しかけられて、警戒心を解いていってしまったのがそもそもの間違いであった。
「おい! ちゃんと人の話を聞いてるか、ウエスタン」
「う、ウエスタン???」
「西園寺だからお前のあだ名はウエスタン【western】だ。タンまでつけてやるんだから喜ぶがいい。ちなみに俺のことは、セイ様と呼べ」
「……しずかちゃん」
「まてやコラ! …はっ、いかんいかん」
“鈴木静”はかぶりを振ると、その時ふと目についた道端の草を手折って僕の前に差し出してきた。
「知ってるか? この草食べられるんだぜ」
「へぇ、そうなんだ。物知りだね」
稲のような形をしたタイヌビエは今でこそ雑草だとすぐさま判別つくが、当時まだ幼かった僕は自信満々に言い切られると、愚かなことに本当にそうだと思えてしまったのである。
彼女はそれを執拗に勧めてきた。
「食べてみろよ、なかなか美味いんだぜこれ」
「べつにいいよ、僕は」
「遠慮するな。まず俺が試してみるから、そしたらお前も食うんだ、いいな」
そう言って僕の返事を聞かないまま種子の部分を摘み取ると、パクリと食べてしまった。
そうまでされると、僕も口にしないわけにはいかない。
おそるおそる続いてみると、口内になんとも言えない苦味が広がった。
「これ美味しくないよ、噛み切れないし」
「お前はまだまだ子供だからな。大人になったらこの味がわかるようになるさ。俺みたいに大きくなりたかったらもっと食え、ほらほら」
うながされて仕方なくもう一つ二つ食べてみると、喉に引っかかりを覚える。
「……のどにつまったかも」
「何!? どんくさいヤツめ、気合いでなんとかしろよ」
草攻撃からは開放されたが、喉のイガイガはとれない。
「……水がほしいかも。そう言えば、しずかちゃんの家にはまだ着かないの?」
「まてまて、あわてるな」
「ねえ、なんでさっきから一軒一軒ドアノブを回して確かめてまわってるの?」
「ゴチャゴチャうるさいぞ。……おっと、ここならいいな」
ドアが開いたのを確認すると、“鈴木静”は僕の方に振り返って高々と宣言した。
「ここが俺の家だよ!」
そこはなんの変哲もない二階建ての一軒屋だったが、表札は隠れていて見えなかった。
――それから先のことはあまり語りたくないのだが、不自然に思いながらも家の中に入れてもらって台所で水を頂戴していると、誰からか帰宅してきた気配があった。
僕があいさつしようと待ち構えると、隣にいたはずの“鈴木静”の気配が消えていることに気づく。
ひとり取り残されて焦ったが、このまま立ち去るわけにもいかないので、意を決してお礼を述べることにした。
失礼にならないようにと緊張した面持ちで、「あの、初めまして。僕はしずかちゃんのお友達で台所をお借りしています」と頭を下げると、帰宅した初老の婦人は目を丸くして驚いた。
「あなた、どこのお宅の子?」
「えっと、“鈴木静”ちゃんのお友達です。西園寺聖司と申します」
「うちは武田ですよ」
「えっ」
やられた! と思った時には、もう遅かった。
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