#8 黒の空隙

「死にやがれ!!」

 

 稲妻の如き速度で飛んでくる拳を、頭部だけ動かして紙一重で躱す。……実際に、雷属性の魔力を纏っているらしい。普通の拳とは速度も破壊力も段違いだ。

 拳にバチバチと雷光が宿っている。

 けれど、まだまだ僕にとっては遅い。

 連続で不規則にコースをバラしながら飛んでくる拳は全て、僕の魔法で防ぐことができる。僕の任意の方向に魔力でできた壁を作り、攻撃を防ぐことのできる僕だけの魔法。名を、


「……【黒の障壁】」


 神宮寺恭也のプロボクサーと見まがうほどのジャブも、腰の入ったストレートも、全て防ぐ。無論、壁には傷一つ入っていない。

 数回僕がそうしたところで、神宮寺恭也は大きくバックステップをして距離をとってきた。

 ふむ、戦術転換……だろうか。


「けっ、そこそこやれるみてえじゃねえか」


 顔の横に垂れる汗を袖で拭いながら、神宮寺恭也は言う。


「……この程度ウォーミングアップにもなりませんよ。まだ遅いですし」


 事実、僕はまだ一滴の汗もかいていない。


「ほぉ? それじゃあ、これを見てもそう言えんのかよッッ!」


 言葉とともに放たれる正拳突き。

 反射的に【黒の障壁】で防ぐが――魔法が駆け抜けた跡は、見事にえぐりとられていた。これはすごい威力だなぁ。

 まぁ、一度見ればあとは余裕で防ぐことができる。


「今のを防ぐかよ。殺す気でやったんだけどよぉ――面白ぇなぁっ、お前っ!」


 今度は拳を地面に叩きつける。

 一瞬遅れて、巨大な稲妻の衝撃波が波紋状に何度も襲いかかってくる。放射状に放たれるそれを、僕は己の黒い魔力を纏ってかき消す。

 多少魔力の出力を誤ったのか、【スーツ】が少しだけ焦げている。危なかった。もう少し強い魔力だったら、僕を中心に大爆発が起きていたところだった。

 僕と神宮寺恭也の距離であれば、彼からは目視できないはずだが、なんだかこれでは格好がつかない。


「……マジかよっ!?」


 マジもマジ、大マジだ。

 しかし、まぁ、この学園ではあまり見られないのかもしれない。

 番号持ちナンバーズの攻撃を――魔力だけで無理矢理かき消すなんて光景は。


「はは。じゃあ」


 例え、、僕が、、全力のうちの、、、、、、一割しか、、、、出せない、、、、としても、、、、


「――いきますよ」


【#8 黒の空隙】


「ッ!?」


 神宮寺恭也が、反射的にガードを固めたのは……あるいは正解で、あるいは間違いだったのかもしれない。

 だって、彼の魔力じゃあ、僕の攻撃を防ぐことは――できないだろうから。

 

「……【黒の衝撃】」


 魔力をルクスに纏わせて、斬撃波として放つこの技は、僕の基本技にして最終奥義のようなものだ。汎用性も高いし。

 刀一本で戦うしかなかったからだ。

 なぜか。

 それは――僕は一切、基本魔法を使えないから。

 けれども【黒の衝撃】は、その欠点を補って余りある威力を持つ。


「っ!? く、くそっ――【雷の城壁バリア】!」


 そう、例えば。

 世界でも名だたる魔法使いの育成施設の番号持ちのルクスを、壁の上から半壊させる程度には。


「この程度ッ、俺はまだやれらぁ! 【無の型ゼロスタイル】!」

  

 ルクスが砕けた程度では平常心を失わなかったらしく、全身に魔力を纏わせて突っ込んでくる。きちんと無系統の全身強化魔法までかけてきているし。

 しかし、【スーツ】はあくまでも自分の肉体を守るためのもので、魔力を攻撃的なものに変える性質まではない。

 これ以上続ければ、危険だ。最悪命を落とす可能性すらある。……気絶だけさせて、あとは(たぶんいると思われる)医療班に任せてしまおうか。

 とは言っても、僕らがこの【デュエル】において【デスマッチ】を選択している以上、しっかり意識を刈り取らないとだめなんだろう。

 困ったなぁ、そういうの苦手なんだ。

 細かい調整がちょっと苦手なせいで、殺してしまうかもしれないから。

 と、僕がいまいち判断をしかねる間も神宮寺恭也の拳が凄まじい速度で飛んでくる。風を切るが如く、あるいは全てを終わらせるが如く。

 彼の無系統の強化魔法を纏った拳ですら、【黒の障壁】でいとも容易く防ぐことができる。傷一つつくことはないし、僕が一滴の汗をかくようなこともない。

 無駄だと悟ったのか、神宮寺恭也はもう一度距離をとる。今度は先ほどとは違って、気に入らないニヤついた笑みを浮かべている。

 僕はといえば追いかけるのも面倒なので、もう一度向こうが近づいてきてくれるのを待つだけだ。それに一歩も動かないって約束したしね、自分と。


「お前相手に使うとは思ってなかったが……この際しょうがねえ。いくぜ――【全ては雷の調べドンナー・シュラーク】!」


 練り上げられた雷の魔力が、上空へと打ち上げられる。

 その魔力が天へ届いた瞬間、瞬く間に空が雷雲で埋め尽くされ、そして会場全体を支配する。今にも雷を落とせるといわんばかりに、パチパチと雷光を放っている。まるで飢えた動物が威嚇しているかのように、一気に会場の雰囲気が張りつめていく。

 確かに。この魔法、躱そうにも躱せないんだろうな。カバー範囲がこのドーム全域だから。

――さて。

 

「今日は特別に、全部お前に当たるよう狙ってやるよ。普通なら死んじまうが――くらいやがれぇぇぇぇぇッ!」


 神宮寺恭也が僕に向けて手を振り下ろした瞬間、凄まじい稲光とともに、僕へと一直線に何本もの雷がほとばしる。まるで大砲の一斉掃射のようだ。

 うなりをあげて僕の意識どころか命を刈り取ろうとするそれに、僕は。


「……【黒の障壁】」


 今できる全力で【黒の障壁】を展開し、全てを真正面から受ける。

 別に【黒の衝撃】でかき消すことができないかといえば、そんなことはない。これは完全に、僕の趣味。

 壁に雷が直撃した瞬間、ドーム全体が眩い光に包まれる。


「逢坂っ!!」


 南雲先生や貴哉が僕を呼び、


「世良!!」


 龍雅と瑞樹が僕を呼び、


「逢坂くんっ!」


 レクイエムズさんまでもが、僕を呼ぶ。

 そして――。


 ようやく光が消える。

 そして、僕は……先ほどまでと同じように、ただそこに立っていた。もちろん、壁にはほんのわずかな傷も入っていない。完全に無傷だ。


「……なん……だと……」


「……ふふっ、この程度ですか? せーんぱいっ」


 刀に魔力を纏わせる。

 一撃で気絶させてやろうとも思ったが、やっぱりやめにする。さっき僕が殺す気で魔法を撃たれたんだもの、別に僕が仕返しをしたって――


「いいですよね?」


「ヒッ……! わ、わかった、降参する! 降参するからっ」


「だめです、許しません。まぁ全力ではやらないんで許してくださいよ……【黒の空隙】」


 刀を一振りする。

 纏わせた魔力はかまいたちのようになり、前後左右から神宮寺恭也を襲う。

 一度に四度、空間を切る。それが僕のこの技、【黒の空隙】である。実は増やそうと思えば倍くらいにまで増やせるが、今それをする必要はないだろう。

 魔力が籠っていたはずの彼の【スーツ】をズタズタに引き裂く程度には威力があるようだ。久しぶりに使ったからか、威力を弱くしすぎたらしい。本当は肉塊すら残らないはずなんだけど。

 見た感じの被害は服を切り裂くだけで済んだが、当の神宮寺恭也は立ったまま気絶してしまったらしい。まぁ……一番最初は気絶させるだけのつもりだったんだし、これで結果オーライ、ってことなのかなぁ。 

 まぁ、とにかくこれでもう終わりだろう。

 刀を振るって、纏っていた魔力を払う。

 僕が神宮寺恭也に背を向けると同時に――彼は、どさりと地面に崩れ落ちた。


『――ソコマデ! 戦闘継続不可ニヨリ、勝者逢坂世良!』


 会場の空気が凍る。あるいは一瞬だけ止まる。

 そして、ほんの僅かな間のあと――会場を、割れんばかりの大歓声が包み込んだ。



「ここにいたのね」


 夜の澄み切った空気に、凛として通る声が鐘のように響く。後ろからだ。

 僕は振り返ることもせず、ははっと笑ってから答える。

 デュエルが終わったあと、僕は誰にも見つからないようなところを探して探し求めて――結果的に、学校の屋上に入り込んでいたのだった。本当は入ること自体禁止らしいが、そんなもの四階から魔法を使ってジャンプすれば余裕である。


「レクイエムズさん、どうしてここがわかったの?」


「校内の魔力を追っていたの。そしたらここにあったから」


「なるほど」


 言って、僕の横にぽすんと腰を下ろすレクイエムズさん。その姿は、なんだか心なしイキイキしているように感じられた。元気があるというべきか。


「……まずは、素晴らしいデュエルだったわ。今日の勝利、間違いなく第一学園の歴史に刻まれるものだと思う」


「ははっ、ありがとう、レクイエムズさん。でも僕は誰かのためにやったんじゃないんだ。僕が僕のために、神宮寺恭也が気に入らなかったからやった。それだけだよ。……彼は?」


「あなたとのデュエルのあと、急患で病院に送られたわ。【アストラル】に関して、取り調べが始まるのかどうかは今はわからないけれど……ほとぼりが冷めたら、あなたも行ってみるべきよ」


 入院、か。

 しばらくは会えそうにないが、彼女の言う通りしばらくしたら会いに行ってみるべきだろう。国際魔法テロ組織【アストラル】のことについて、僕は山ほど聞きたいことがあるんだ。


「うん、そうだね。僕もそう思っていたんだ」


「……ねぇ逢坂くん。質問があるの。嘘偽りなく、答えて欲しい」


 レクイエムズさんが、僕の顔を見てくる。それは視線が痛いほどだ。僕の目を通して、もっと深くにあるものを見つけようとしているようにも思える。

 これほど真剣な質問ならば、僕も誠意を持って応じずにはいられない。


「うん」


「今日のあれは、あなたの全力?」


「ううん。違うよ」


「…………そう」


 ぽつりと、一言だけ零して――それから。


「ありがとう、逢坂くん」


 彼女は、いつもの無表情のままにそう言った。けれど、その声音には感謝の気持ちがしっかりと感じ取られる。

 僕とレクイエムズさんだって、そんなに付き合いが長いわけじゃない。たったここ二、三日の付き合いだ。それなのに僕らは、お互いのことを理解しようとしている。できるはずもない理解を、しようとしている。


「何が?」


「いろいろなこと。思えば、あなたは転入してきて数日だというのに、もう渦の中心にいるのね。まるであなたを中心に、学園が動き出しているみたい」


「……どうだろう」


 今の僕には到底理解できそうにない話だった。

 確かに、転校してから数日でいろいろなことが起きすぎているという実感はある。だが、実感があるというだけで、理解しているかどうかと聞かれれば――正直に言って、何もわからない。

 これから先、僕がどうなるのかも。

 僕がどう戦っていくのかも。


「これからきっと、もっと強い魔法使いがあなたを倒しに来るわ」


「うん」


「生徒会長であり一番手ファースト、一ツ橋彩。二番手セカンド、神宮寺恭也もこのまま黙ってはいないでしょう。そして私、アリア=レクイエムズ。そしてまだまだ、この学園には強い人がいるわ。神宮寺恭也が牙を抜かれた以上、今まで黙っていた人たちがまた動き出すはずよ。全ては、二番手セカンド候補逢坂世良を狙って」


「……へ? 僕、二番手セカンド候補になってるの?」


「先生たちの中では。確定ではないそうだけど。そうね……けれど、利権に汚れた学園がやすやすと神宮寺恭也を二番手セカンドから降ろすとは考えにくい。一番現実的なのは、あなたを三番手サードにして、私以下の番号持ちナンバーズの順位を一つずつ落とす……とかかしら」


「それじゃあ、レクイエムズさんは四番手フォースになるかもしれないってこと?」


「そうね。けれどまだわからないわ。魔法に関する一切は、学園が決める。私たち生徒に許されていることなんて……そう多くはない」


「それはまた、随分とせせっこましい世界で生きているんだね、僕たちは」


「……ええ。けれど私は、仮にあなたが三番手サードになったとしても喜んでそれを受け入れるわ。あなたにはそれにふさわしい価値があるもの」


「価値、かぁ。……まぁ何番でもいいけど、もし番号持ちナンバーズ入りできたら、やっとレクイエムズさんと対等になれるね」


「そうね。そして、差し当たってお願いがあるの」


「どうしたの、レクイエムズさん」


「それよ」


 僕を指さしてくる。人を指さすのは良くないぞぉ。


「それ……って?」


「いつまでも苗字呼びなんだもの。名前で呼んで」


「うん?」


「だ、だから……私、これでもあなたのことを結構気に入っているし、好ましい人物だと思っているわ。そして、対等であるなら、名前で呼んでくれてもいいんじゃなくて?」


――あぁ、わかった。

 思えばおかしいと思ったんだ。レクイエムズさんほどの美貌の持ち主が、なぜクラスで高嶺の花にして腫物のような扱いを受けているのか。理由はまだわからない。けれどその理由とやらのせいで、彼女には友達が少ないんだろう。

 だから、彼女の寂しさに少しでも寄り添えるならと。


「うん……わかったよ、アリアさん」


「――ふふっ。よろしくね、世良くん」


 彼女は――やっと、くすりと微笑んだのだった。


「ねぇ、世良くん。私は――」


 そこまでレクイエムズさ……いや、アリアさんが言いかけた時だった。


「あーっ! 見つけたぜ、世良!」


「こんなところにいたのかよ。余裕で校則違反じゃねえか」


「全くでィ。さっすが二番手セカンドを倒した男でさァ」


 龍雅、貴哉、瑞樹の三人が屋上に上ってきた。同じく四階の窓から一っ跳びしてきたのだろう、足にはまだ残存魔力が付着している。


「……っと、こりゃ邪魔しちゃ悪かったかな」


 僕とアリアさんを交互に見て、何かを貴哉が察する。

 龍雅と瑞樹と何やらヒソヒソ話した後、突然笑顔を浮かべる。


「逢坂。この後お前と瑞樹の部屋でささやかながら祝勝会をするからさ、出来るだけ早く来いよ。あっ全然お嬢様との用事を済ませてからで構わねえから。それじゃ」


 言って、三人は屋上から飛び降りる。普通の人間なら決して無事では済まないだろうが、僕ら魔法使いは無系統に属する緩衝の魔法を使えば余裕で着地できる。無論高さに応じて必要とされる魔力も変わるが、一応は特進クラスなのだ。余裕を持って着地できるはずだ。


「……それで、アリアさん。言いかけていたことは、何かな?」


 僕がそう問うと、むすっとした顔をした彼女は、僕に背中を向けながら言った。

 夜の澄み渡る空気の中、夜のあらゆる黒を吸い込んで、月明かりに当たってきらめく黒髪は、まるで芸術だ。

 

「……別に今でなくても構わないわ。後々話すことにしましょう。どうせ、私たちは――これからの時間のほうが長いのだから」


 最後の方はやや尻すぼみだったが、それでもしっかり聞き取れた。

 そうだ、僕らにはまだ時間がある。

 とりあえず今日は疲れたし、部屋に帰ろう。そしてささやかに男子会をするんだ。

 アリアさんとの話は、それから。


「そうだね。それじゃあ、アリアさん――おやすみなさい。また明日」


「ええ、おやすみなさい、世良くん。また明日」


 二人で飛び降りる。女子寮と男子寮は正反対の方角にあるから、必然的に背を向ける形になるけれど――不思議と、背中を向けたままでも。

 僕らは分かり合えているような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る