第14話 ソラの日記 三月三日
ねえ、はるき。
研究も女の子とのおつきあいも予定にないのか、リビングで寝そべってなにかの本を読んでいたはるきに声をかける。
どうした、ソラ。そんなこわい顔をして。かわい子ちゃんがだいなしじゃないか。
はるきはまた軽口をたたきながら、わたしを抱きしめようと手をのばしてきたからそっと後ろにさがる。その態度にやっとわたしのしんけんさが伝わったのか、はるきは起きあがり読書用タブレットをテーブルに置くとわたしの方に向きなおった。
はるきは科学者でしょ。なにの研究をしているの?
わたしは固い声のままではるきにたずねる。いままできちんと何をしているのか聞いたことがなかったから。
なに……って、一言で言えば抗老化なんだけど、わかりやすくいうと若返りの研究かな。
それは世の中の役に立つの?
わたしが聞くと、はるきはひざを叩いてもちろん! と即答した。
若く長生きしたいというのは人類の最古にして最大ののぞみだよ。ようやくそのとびらをおれはこじ開けようとしてるんだ。世界中の大金持ちが、まだかまだかとうるさいくらいだ。
じゃあ、とうやはなにを研究してるの?
とうやのやつは知性化だ。十八年前、おれたち兄弟に世界ではじめて試験されて、つい半年前にソラにも施術されたものだ。いまでは脳みそを扱わせればとうやの右に出るやつは世界にもそうそういない。
知性化についてはさんざん説明を聞いたからわたしもよく知ってる。とうやが世界トップレベルだというのははじめて知ったけど。
最後にもう一つだけ。わたしを人間にしてくれる人はどこかにいる?
三日間考えて出した結論はこれだった。はるきが人間の女の子相手につきあいをやめないなら、わたしが人間になればいい。わたしのこの問いに、はるきはいっしゅん虚をつかれたように無表情になった。そのあと手であごをさわると、これはモロー博士の島だな、と小声で言った。
ああ、動物を他の動物の体に移植することはそれほどむずかしいことじゃない。人間同士の移植は技術も確立している。ただ、動物から人間の体という例はこれまでおおやけに発表されたことはない。
どうして? わたしは本当に理由がわからなかった。
ああ、どうしてだろうな。人間の自尊心……ってやつかな。特にソラ、おまえのように人間とならぶレベルの知性を持つ動物はまだ警戒されてるんだ。人間にとってかわってヒトを支配するようになるんじゃないかってね。
わたしはそんな事しないよ! ただ人間になりたいだけ……。
わたしの感情がこぼれてきそうな声に、はるきもあわてていつものはるきに戻る。
ああ、お嬢さん、泣いちゃだめだよ。
そう言いながら両手でわたしをすくい上げる。
ここは世間に公表されていないひとく研究所だ。おれととうやが力を合わせればできない事なんてないさ。わかった。ソラ、きみを絶対に人間にしてあげる。
約束だよ?
ああ、約束だ。守れなかったらおれは一生独身ですごすよ。さいごはわらいながらはるきは言った。
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