014: 兎少女の依頼

次の日の朝、正確には昼なのだが、昨晩の仕事を終え戻って来たのが朝方だった為、本日の萬屋営業は昼からとなった。


美味しそうないい匂いで目を覚ましたリンは、匂いに誘われてキッチンへとやってきた。


「あ、リンさんおはようございます」

「マリーさんおはようございます」


ここでリンは、違和感に気が付いた。

マリーさんのスカートの裾を引っ張る少女の姿がそこにあったからだ。

そういえば、今日から子守の依頼を受ける事になっていたのを思い出す。


「はじめまして、萬屋の仕事をしているリンと言います。名前を聞いてもいいですか?」


少女はマリーの後ろに隠れるように移動し、リンを睨みつけた。


何とも気まずい空気が辺りを漂う。

それを見兼ねたマリーは、少女に優しく話しかける。


「シュリちゃん、お兄ちゃんにも挨拶してあげてね」


マリーに諭され、頷きつつも依然として睨み続ける少女。


シュリって言う名前なんだね。出来れば本人の口から聞きたかったのだけど、僕何か嫌われる事したのかなぁ・・・


初対面なのにえらく嫌われてしまったと少しだけショックを受けているリンだった。


マリーは何とか気不味くなってしまった空気を変えようと、ご飯を促す。


「リンさん、ご飯出来てますので冷めないうちに食べて下さい」

「ありがとう。マリーさんだって昨日は遅かったはずなのに、すみません。子守の依頼だって、お願いして投げたままになってしまいましたね」

「いえいえ、元々約束は昼からだったんですけど、急遽朝からとなってしまったんです」


二人にとっては、昼御飯でリンにとっては朝御飯を美味しく頂いた。


リンは食事中に、何とかシュリの気を引こうと何度か話しかけようとするが、シュリは無視の一点張りで、愛くるしいはずの少女が、リンに向かって鋭い眼差しを止めることはなかった。


食事を終えたリンは、昨日の報告をマリーから聞いていた。


蜂の精霊のビーに頼んでいた依頼の29件は全て完了していた。


「たった1日で終えるなんて、流石ビーだね。お礼を言いそびれてしまったから、今度呼ぶ時はまずはお礼からするのを忘れないようにしないとね」


リンは早速、依頼が終了した事を依頼者に報告に行くことにした。


「それではマリーさん、行って来ますね。留守番よろしくお願いします」

「はい、行ってらっしゃい。シュリちゃんと仲良く留守番してますね」


シュリのリンを見る視線は、依然として鋭かったのは言うまでもない。


報告と依頼料を貰うだけなので、1件10分程度の時間だったが、報告が完了する頃には、すっかりと日が落ちていた。


リンはついでに、残りの2件の依頼の内容を聞く為に依頼者の元を訪れていた。



「私と一緒に、ある組織を潰して欲しいの!」


あどけない笑顔でそんな恐ろしい事を告げる若干12歳の少女。

ただの少女ではなく、頭にウサギの耳を生やしている兎人ラビだった。


リンは今回の依頼の中でもっとも意味不明の内容だったので、正直受けようか躊躇していたのだが、彼女が一生懸命だった事。また、内容が多少なりとも共感できた為、断るかどうかは一度話を聞いてみてからと言う事にしていた。


「えっと、確か家族が違法に奴隷商に捕まったと言う事でしたが・・」

「そうなんです!でっち上げにも程があります!あんな悪い奴らは根こそぎ潰してやるんです!だから私と一緒戦って下さい!」


全くもって意味が分からない。

リンはその後詳しい説明を求めると、


彼女の名前は、ユーリ。

まだあどけなさを残す12歳の兎人ラビの少女。

ここは多種族共存なので一度町に繰り出せば、兎人ラビ以外にも様々な種族を見る事が出来る。


しかし一方で、奴隷という立場の者が、この世界には存在している。

この国は奴隷が総人口の10%を占めており、主に労働力として活用されている。中には愛玩用として慰み者にされている人たちもいる。

容姿の恵まれた者は、例外的に貴族と伴侶となれた事例もあるようだ。


ユーリの家族は、小さな雑貨屋を営んでいた。

金物屋、薬品、衣服など様々な物を取り扱っており、小さな店ながら、中々の客入りで評判も良かった。


しかし、ある時を境に、度重なる不幸の連続で、あれよあれよという間に倒産してしまった。


その不幸と言うのが、

隣町から仕入れていた品が届かなくなったり、客足がぱったりと途絶えたり、いちゃもんをつける客があらわれ、店の評判を、 落とされたりなど、、

創業以来こんなことは一度たりともなかった。


それもこれも全ての発端はある日を境に始まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


3ヶ月程前に、とある一人の貴族が女性を連れて店に現れた。


地元でも有名な、横暴で知られている関わり合いたくない貴族No.1として周知されていた。


一つの鳥の剥製を手に取り、こう告げる。


「こ、これは・・・あの絶海の先のそのまた先に済むと言われている伝説の鳥、カークスルートじゃないか?主人!違うか?」


貴族の男は、品定めをしていたのだろう。

得意げに自信満々に告げていた貴族だった。

その際、その店の主人であるユーリの父親に貴族の男は目配せを送る。

しかし、その目配せの意味を理解出来ないまま、主人は正直に応える。


「いえ、何処にでもいるヘブライの鳥を模した剥製で御座います。本物ではなくて、精巧に作られた偽物に御座います」


連れの女性に良いところを見せたかった貴族の男の目論見は、見事に崩れてしまい、主人の顔をギロリと睨みつけた。


「そ、そうか、ヘブライか。似ているからな、たまに間違えるのだ」


しかし、なんとか平静とプライドを保とうと、別の物に対して同じく品定めを始める。


「主人、この陶器は、相当古い時代の物じゃないか?底の刻印を見るからに、帝国ナハト時代の物じゃないか?」


そう言い、貴族の男が手に持っているのは、主人が趣味で作った代物で、形が歪だ。底の刻印に至っては、製作時に変な力を込めてしまって、傷が入ってしまっただけに過ぎなかった。


またしても、貴族の男が主人に向かって、鋭い眼光を送っている。「お前、分かってるよな?」と言わんばかりの形相だった。


いつの間にか主人の隣にいたユーリが、「嘘でも良いからそう言って!お願い」という眼差しを送っている。

ユーリだけではない、この動向を見守っていた客達もまた、「そいつは怒らせねえ方が良い」だとか、「取り敢えず持ち上げとけばいいんだよ」などと考えていた。


しかし、そんな事を周りの人が思ってるなんて露知らず、主人は文字通り正直に答えてしまった。


「いえいえ、それは私が趣味の一環で拵えたものですよ。歪な形をしてるでしょ?正直、こんな物が売れるわけないとは思ってるんですけどね、ははは」


主人には、悪気は一切ない。

空気が読めないだけなのだ。


周りの皆の視線が「笑えないよ!」「言っちゃったよ」と訴えていた。


隣のユーリは、青い顔をしていた。


それもそのはず。

貴族の男の顔が、茹で蛸のように赤く、血管なんかははち切れんばかりにその存在を誇示していた。


貴族は連れて来た彼女と思われる女性に笑われている。


「あははっ、何、自信満々に言って全然違うじゃない」


空気を読めない人物はもう一人いたようだ。


ますます気まずい雰囲気と、トバッチリを恐れた客たちは一人また一人と店を出て行く。


結局、貴族の男は、顔をプクッと膨らましたまま、彼女を引き連れて足早に去っていった。


「覚えておけよ!」と言う捨て台詞だけ残して・・


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「とまぁ、こんな感じな出来事が起こってからなんです。店の経営を悪化させる事が立て続けに発生したのは」

「それって、どう見ても、お話の中に出て来た貴族の男が怪しくないですか・・」

「そうなんです!あいつが犯人に決まってるんです!」

「でも、その貴族の男は元々評判が悪かったそうじゃないですか。そうなる事はある程度予想はでき、回避する事は可能だったんじゃないでしょうか?」

「はい、私もまったく同感なんです!でも、しょうがないじゃないですか!お父さんは嘘がつけない性格なんです!」


客足の途絶えた店を維持する事が出来ず、借金をして、その借金を返す事が出来ずに、店を売り、それでも支払額が足りずに、両親は自ら自分自身を奴隷として売ったのだ。


「両親はせめても私だけはと、頭を何度も下げて守ってくれたの・・そんな両親の姿を見ながら、私は何もする事が出来なかった・・悔しいよ・・」

「厳しい事を言うようだけど、今からキミがしようとしている事は、力尽くで両親を取り戻すって事だよね。でもそれは、犯罪行為になってしまう」

「それでも・・それでも!両親のいない世界なんて、私は・・・考えられないです・・あんな、あんな事が許されていいはずないです!」

「だったらさ、僕にいい案があるんだ」

「いい案ですか?」

「うん、キミが犯罪に手を染めなくても、殴り込みに行かなくても両親を取り戻す方法があるんだ」

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