012:4足獣の精霊グリン

(リン、この状況少しヤバくない?)

(う・・・少し予想外だったね)


今、リンの眼前には数多のモンスターが敵意を剥き出しにして凶悪な眼光を2人に向けていた。


ここは、スメラークから半日ほど馬車で進んだ所にあるスメグの洞窟と呼ばれている場所。


本来この洞窟は、駆け出しの冒険者の育成の場所としても良く使われているようないわゆる低級ダンジョンと呼ばれている場所だ。


しかし、この数ヶ月の間、本来居もしないはずの強いモンスターの目撃例やまばらにしか生息してしないはずのモンスターが、凄まじい数になっていると報告があった。

幸いにも洞窟の外には出てこないようで、周辺には大きな被害は出ていないが、いつまでこの状態が続くか分からないと被害を恐れた冒険者たちが騎士団に討伐申請を出した。


しかし、騎士団は忙しいからと取り合ってくれなかったようで、この度リンに依頼が回って来たという事だ。


依頼のモンスター討伐依頼は3件あったが、他の2件は呆気ないほどにアッサリと片がついた。

というのも、風の精霊であるシルフが強過ぎたと言う方が正しいのかもしれない。


しかし、3件目の依頼は、少々苦戦を強いられていた。


それもそのはず、今リンの居る場所は、この洞窟の再奥の広場だった。

入り口から1体づつモンスターを駆除していく。

奥に行くにつれ、次第にモンスターの数と強さが上がっていく。


リンはシルフと憑依し、まさに風の如く縦横無尽にモンスターを切り刻んで行く。


「鎌鼬!!」


シルフの攻撃力は圧倒的だった。

洗練された風の刃にモンスター達はなす術なく物言わぬ塊へと成り下がっていた。


そのまま洞窟の再奥へと辿り着いたリンは、ホッと息を吐いた。

しかし、緩みかけていた気を再び引き締めたのは、憑依しているシルフが察知した何かをリンもまた感じ取ったからだ。


退路を塞ぐように巨大な蜘蛛のモンスターが立ちはだかっている。

一体どこから沸いたのか。脇道は無かったはずなのだがと、不思議には感じたが今はそんな事を考えてる場合ではなかった。


リンを狙い巨大蜘蛛の口から放たれたのは、粘着性の糸だった。

リンに憑依したシルフが素早くそれを躱し、巨大蜘蛛に一撃を与える。


「シルフちゃんの疾風突きを喰らえー!」


高速で繰り出した風の鎧を纏った状態の正拳突きだったが、巨大蜘蛛は、その身体の巨大さをものともしない素早い動きを見せ、結果躱すことは叶わなかったが、脚の2本を犠牲にし、辛うじて胴体への一撃を免れていた。


(あの蜘蛛ちゃん中々やるわね〜)


敵ながらあっぱれと称賛するシルフ。


「シルフの攻撃に反応していたね。何かされる前に素早く倒そう」

(おっけー。じゃ、もう少し魔力を貰うわよ)


術者に憑依中の精霊は、術者の魔力を補給することが可能となる。

勿論一方的ではなく、術者である主人の許可が必要だ。精霊は主人の魔力を糧にし、より強い魔法を行使する事が出来る。

精霊自体も魔力を保有しているが、今回は長期戦となり、シルフも自身の魔力の8割近くを既に消費していた関係でリンが魔力を提供している。


その時だった。

巨大蜘蛛が奇声を上げたかと思いきや、おびただしい数の子蜘蛛が集まって来たのだ。

子蜘蛛といえど、その体長は1mくらいはある。


まさに蜘蛛の地獄絵図のような光景に蜘蛛嫌いの人物が見れば発狂ものだろう。


と言うわけで冒頭に戻る訳だが、勝敗は意外とアッサリとついた。


リンの魔力を少しだけ得たシルフは、両腕を顔の前でクロスする。


その光景を好機!と思った蜘蛛たちが一斉にリンに飛び掛かる。


その時だった。


「鎌鼬乱舞!」


まるで「押忍!」をするような形でクロスした両腕をバッと広げると、全方位に鎌鼬が広がり、四方から飛び掛かってきた蜘蛛たちを切り刻んでいく。

逃げ場などない無情の攻撃になす術なくその数を減らしていく蜘蛛軍団。


そして30秒もしない内に、周りを取り囲んでいた蜘蛛軍団は、全滅していた。

シルフね憑依を解き、一緒にハイタッチする。


「いやー今のはちょっとドキッとしたね!」

「まぁ、僕はシルフを信じていたから何の心配もしていなかったけどね」

「ふふ。褒めても何にもあげないよーだ」


残ったモンスターを退治しつつ、そのまま洞窟の入り口へと戻った。


「終わりかな」

「久し振りに魔力をスッカラカンまで使ったよ!たまには運動しとかないと、身体がなまっちゃっていけないね」


リンとの憑依を解除したシルフは、掻いていない汗を拭う仕草をし、「いやー働いた後に吸う空気は実に美味しいね!」と一人満足げな表情をしていた。


意外と時間を要してしまった為、洞窟の外は既に日が暮れ始めていた。


「じゃ、帰ろうか。疲れてるとこ悪いけど帰り道も頼むよ」

「はいはい、リンは私がいないと駄目だからね〜最後の最期の時まで面倒を見てあげるからね」

「何だかその発言少し重くないか?」

「ううん、気にしない気にしない〜」


再びリンと憑依したシルフは、そのまま彼方へと飛び去って行く。



一方その頃、萬屋で留守番をしているマリーの方は、次から次へと依頼を達成して戻って来る蜂の精霊のビーの対応に追われていた。


「えと、紅色のイヤリングの捜索っと・・」


依頼書に付属している写真とビーの探してきた物とを比較する。


「はい、確かに間違いないないですね、ご苦労様でした」

「うん、ありがとうっす!」


無事に依頼が達成でき、満足げな表情を浮かべ、消えていった。


「これで8件達成っと・・。それにしても、やっぱり精霊さんは凄いなぁ」


その後もビーの報告を聞いたり、依頼書の整理をしている所に、「仕事の依頼をしたい」と言う少女が現れた。


リンがいない為、代わりにマリーが仕事の内容を伺う事となった。


「北東のビーダルアムという街に行きたいんですね。でも、どうして依頼なのですか?確か馬車便が出ていたと思いますよ」

「はい、そうなんですけど、、」


どうやら訳ありだと察したマリーは、詳しい話を聞く事となった。



「なるほど・・。つまり一刻も早くその場所に行きたいって事なんですね。馬車だと3日は必要なので、それだと間に合わないと。だけど、この世界で馬車より速いものは早々ないと思いますよ?」


飛行船の類を使用すれば、何倍も早く辿り着く事は可能だ。


「噂で聞いたんですけど・・ここの人は、その馬車より速く走る事が出来るって・・」


マリーは目を閉じ額に人指し指を当てて、考えた。


(それってたぶん、シルフさんの力を借りて空を飛んだリンさんの事だよね、たぶん)


「どうしてそんなに早くその場所に行きたいの?」


元々元気の無かった少女が更に元気が無くなったのをマリーは感じた。


「あ、ごめんなさい、言いたくない事でしたら無理にとは言いません」


少女は、フルフルとその小さな頭を左右に振っていた。

そして、意を決したように口を開く。


「お母さんが事故で病院にいて、容体が良くないって・・手紙が今日届いて書いてあったの」


少女の母親は、少しでも金銭の高い遠出の仕事を受け、一人娘をここスメラークに残してビーダルアムで1週間ばかり過ごしていた。

滞在中に不慮の事故で重体となってしまい、手紙は母親の入院している病院の先生から送られてきたものだった。


マリーは、自分には母親がいない事を思い、こんな小さな子に同じ境遇を味わって欲しくないと強く思った。

優しく少女の頭を撫でるマリー。


「分かりました。その依頼受けます」


まるでその瞬間を待っていたかのような絶好のタイミングでリンがモンスター討伐の任務を終えて帰って来た。


「ただいまマリーさん。あら、お客様ですか?」


あまりのタイミングの良さに少し驚いてしまったマリーだが、少女の依頼の内容を告げると何故だか考えるような素振りを見せるリン。


「それは、すぐにでも出発したいところだね・・・」


リンが少し悩むような素振りをしたのでマリーが尋ねる。


「モンスター討伐の後で、お疲れですよね・・」


マリーは、たぶんリンの悩むような表情は疲れているからだと思ったのだ。


リンは考えていた。

先を急ぐならば、シルフに協力して貰う必要がある。

しかし、先ほどシルフは精霊界へと帰ってしまった。

精霊を再度こちらの世界に召喚するには最低でも半日程の時間を開けるという掟がある。

それに今回に至ってはシルフ自体もかなり魔力を消費してしまっていた。

手がない事はないが、今回は別な方法で移動する手段を考えていた。


「いや、どうやって移動しようか考えていたんですよ」


シルフさんは駄目なのかなと?再召喚の掟を知る由も無いマリーは思った。


「よし、決めた。じゃ、早速移動しようか。でもここからだと目立ってしまうので、先に郊外まで移動する必要があるけどね」


再びマリーに留守番を頼むと、リンは「朝までには戻るよ」と告げ、少女と共に萬屋を後にした。


30分程かけて人気のいない場所まで移動すると、リンは何時ものように呪文を口ずさむ。


リンの呪文に呼応するように、眼前に大きな精霊が現れた。

これに驚いた少女は後ろに尻餅をつき倒れてしまった。


全身が気持ちよさそうな茶色の毛に包まれている。

鋭い眼光に鋭利な牙。背中には立派な翼を生やし、4足獣。長い尻尾が左に右にと揺れているさまは、何処となく愛らしさを漂わしている。


それは人々からはグリフォンと呼ばれる存在だった。

当然グリフォンは、モンスターの分類なので正確には目の前にいるのはグリフォンではない。あくまでグリフォンの姿形をした精霊なのだ。


「久し振りだねグリン。元気だったかい?」

「主、その前に一言言わせて頂く」


リンには嫌な予感がした。

と言うのも最後にグリンを召喚した時になんだか気まずい形で別れて以来、一度も召喚していなかったからだ。リンにはグリンが何を言いたいのか分かっていた。


「主は、自らの身体をもう少し労わるべきだ。そもそもあの時、我を盾にしておれば良かったものの、主は我を庇い精霊界へと戻した」

「うん、ごめんね。あの時は無我夢中だったんだ、それにほら、こうしてピンピンだから大丈夫だよ」


説教を受ける所だったが、今は一刻も早く目的地へ向かう必要がある。

リンの真剣な表情で事態の深刻さを感じ取ったのか、グリンは伏せのポーズを取り、二人に背中に乗るように促す。

リンは、依然としてビクビクと震えている少女を優しく持ち上げて、グリンの背中に乗せた。


「大丈夫だから、僕を信じて」


少女の後ろに少女を包み込むようにグリンに跨るリン。


「じゃ、出発だ。グリン頼むよ」

「御意」

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