第21話

HARDBOILED SWING CLUB 第21話




「ブラックシュガー」の事務所はブルーム街から離れた郊外の寂れたアパートの中にあった。




その部屋は「ブラックシュガー」に所属する売春婦達の待合室でもあり、客から電話が来るとそこから女達は客の指定の場所に出かけて「仕事」をする。そして「仕事」が終われば、また女達は事務所に戻ってくることになっている。




エバは今日もこの事務所で客からの指名の電話を待っていた。




エバはパイソンと「この仕事を辞める」という約束でもらった10000ドルの小切手をすでに銀行で換金し、自分の貯金通帳に入れていた。




(あんな男と一緒に暮らすなんてゴメンだわ・・・小切手も換金したし、どこか違う街にでも行って暮らそうかしらね・・・)




エバは「仕事」を辞めて、パイソンと一緒に暮らす気など毛頭無かった。




(あの馬鹿、本当に人を殺したのかしら?・・・まさかね。だけど、こんな大金もらってるわけだしねぇ・・・何の仕事をしたんだろ?「有限会社ポートフロー」名義で銀行で換金はできたけど、調べてみても実在しないし・・・やはり怪しいのは「WHITE CO,.LTD」かぁ・・・何の会社なんだろ?)





エバは事務所の豹柄のソファーに座って、マンデリンコーヒーをゆっくり飲みながら考えていた。




「バタン!」




ドアが開く音がして、ジャスティンが事務所に入ってきた。




年齢は50歳くらいだが、185センチ、120キロのプロレスラーのように体格の良い男だ。




ジャスティンは目つきが鋭く、髪は剃り上げていてスキンへッド、ゴールドのネックレス、リングを身につけている。




背中に大きなグァダルーペの刺青があるのが白いシャツの下から透けて見える。




ジャスティンはこの売春組織「ブラックシュガー」を10年前から取りまとめている男で、5年前からブルーム街のマフィア組織「ビッグブラザー」に傘下に入り、「ブラックシュガー」の売上を「ビッグブラザー」に上納していた。




「ブラックシュガー」の経費。家賃、ジャスティンの給料、そして女達の給料は「ビッグブラザー」から支給される仕組みになっている。




「お、エバか・・・来てたのか?」




ジャスティンはソファーに座っているエバに気づき、酒で潰れたような声で言った。




「おはよう、ジャスティン」




エバはコーヒーを啜りながら言った。




「今日はまだ指名は入ってないのか?」




ジャスティンは机の上にある電話とその下に置いてある「指名予約リスト」を見ながら、エバに聞いた。




「今日はまだよ」




エバは人工的に染め上げたブロンドの髪をかき上げながら言った。




そのままジャスティンは電話が置いてある机まで歩いて、机の下にある椅子を引っ張り出しでドン!と座った。




「まぁ、また「あいつ」から指名が来るだろ」




ジャスティンは微笑を浮かべながら、エバにそう言った。




「あいつ」とはパイソンのことだ。




「あっ・・・お願いがあるんですけど、彼から電話が来てもあたしは「休み」だって言ってくださいね。他の客の指名は通常通り受けますから」




エバはジャスティンに言った。




「あいつと何かモメたのか?」




ジャスティンはソファーに座るエバに見向きもせず、「指名予約リスト」を眺めながら言った。




「別に・・・あの男、気持ち悪いんだもん。もう、疲れちゃった!」




エバはジャスティンにパイソンから10000ドルの小切手をもらったことを誰にも話していなかったし、ジャスティンにも「プライベートの事」なので、報告する義務もないと思っていた。




「・・・そうか。お前は1人くらい常連客を切ったってファンが多い女だからな。金には困らないよ」




ジャスティンは「商品」としてのエバを高く評価していた。




「あ、そういえば・・・「WHITE CO.,LTD」って知ってる?」




エバはジャスティンに思い出したように聞いた。




「「WHITE CO.,LTD」?・・・何でお前がホワイトを知ってる?客で来たのか?」




ジャスティンは鋭い目でソファーに座るエバを見ながら、そう言った。




「違うわよ!・・・知ってるの?何をやってる会社なの?」




エバはジャスティンに聞いた。




「どんな会社?・・・「人殺し会社」だよ。ウチの「ビッグブラザー」とも繋がってる。」




ジャスティンはエバにそう言った。




「「人殺し会社」!?」




エバはジャスティンに聞き返した。




「ああ、そうだ。そのホワイトフランシスって男と昔、俺も色々とあってな・・・いいか、エバ、ホワイトには近づくなよ」




ジャスティンはエバに言い聞かせるようにそう言った。




「あら、なんで?」




エバはジャスティンに聞いた。




「・・・・」




ジャスティンは少し沈黙し、ゆっくりと話し始めた。




「・・・俺が若い頃、「THE MIDNIGHTS」ってチームに所属していた時があった。メンバー、全員いわゆる「不良少年」ってやつでな。「ワル」だけど「悪」じゃない堅気のチームだった。




俺はそこのリーダーのキングって男に惚れこんでてな。




硬派で筋を通す男で不器用ではあったけど、またそこがカッコよくてな。




俺達は毎日、集まって騒いだり、バイクでツルんで走ったりしてた。




俺達は金は無いけど、それなりに毎日楽しくやっていたんだが・・・ある日、俺達とはあきらかに違う男が「MIDNIGHTS」に入りたいってやってきたんだ。




それがホワイトだ。」





ジャスティンはエバにそこまで話して、煙草を手にとり、マッチで火を点けた。





そして、溜息のような煙を吐きだした。





「・・・それで?」




エバはジャスティンに聞き返した。




「・・・」




ジャスティンは沈黙の後、エバに語りだした。




「・・・ホワイトはクールな男で頭が良くてな。「MIDNIGHTS」にはいないタイプだった。




リーダーのキングも「こいつは切れ者だぜ」なんてホワイトを可愛がっていたんだ。




ある時、俺達と敵対していた隣町の「スピーカーズ」ってチームがあったんだが・・・そいつらの溜まり場のクラブが火事になってな。




「スピーカーズ」の連中もその火事に巻き込まれて、何人か死んだ。・・・噂によると人為的な「放火」だって話だった。




結局、犯人は捕まらなかった。




その火事の日、ホワイトは俺達のところに遅れてやってきた。




今でも憶えてるんだが・・・




俺は遅れてきたホワイトに「どうしたんだよ?」って話しかけたんだよ。




ホワイトはキラキラした瞳で「明日、面白いことがありますよ」って俺に言ってた。




その時、ホワイトからガソリンの匂いがしていたんだが・・・バイクを乗り回してた俺達はオイルとガソリンの匂いに馴れてるんで何の違和感も無かった。




俺は「なんだい、そりゃ?」ってホワイトに聞いたんだよ。




ホワイトは何も答えず、嬉しそうに笑ってた。




・・・次の日、スピーカーズの火事のニュースが俺達に入ってきてな。




俺は前の日にホワイトが言ってた言葉が引っ掛かっててな。




その日の夜の集まりの時にホワイトに聞いたんだ。




「面白いことって・・この火事のことか?まさか、お前がやったんじゃないだろうな?」ってな・・・」




そこまで話すとジャスティンは眉間に皺を寄せながら、煙草を灰皿で揉み消した。




「で、ホワイトは何て言ったの?」




エバはジャスティンに聞いた。




「「ヒドイ奴もいるもんですね。可愛そうに・・・」って笑ってた。




・・・その時のホワイトの表情が俺の脳にこびりついて離れないんだよ。




あの罪悪感の全く無い心から喜んでる子供のような無邪気な笑顔・・・。




子供が何か壊して遊んでる時があるだろ?




あの感じっていうか・・・。




「こいつがやったな」って直感で思ったよ。




虫を潰して喜んでる子供のような純粋無垢な残酷性をその時にホワイトに感じたんだよ・・・」



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