辺りは一層暗くなり、月という僅かな光源に向かって虫たちは飛んでいく。

 つまり、夜である。

「川に沿ってあるけば人里に出られるってのはよく聞いたけど……猫里じゃダメだったか?」

「川が何股かに分かれてなければ、だよね」

「ふむ……夜の行動は危ない、今日は探索をうち切ろうか」

「探索じゃなくて遭難だよね」

「…………」

 智野が辛辣だ、久々の感覚である。

「じゃあ寝る準備するねー!」

 ニャルが何処からか取り出したテントを組み立て始めた。


 *


「……ダメか」

 半解凍されたフルーツを見てため息をつく。

 久々に先生のいない夜なので錬金術の実験をしているのだが……

「ダメだね。それじゃあ中身が水分でぐちゃぐちゃになっちゃう」

「なっ……ニャルか」

「うん、トモは寝てる」

 隣に座ったニャルは俺の手元を覗き込む。

「冷凍フルーツの高速解凍……じゃないよね?」

「そんな事して何になるんだ、電子レンジでいいだろ」

「電子レンジでの解凍はダメだよ? ガラクトシドが悪いものに変わっちゃうから」

 そうなのか、まったくわからん。

「とりあえず違う、フルーツは目的じゃなくて実験だ」

「じゃあ何をしているの?」

 大きくて吸い込まれそうな瞳から目をそらす。

「智野の足、治したいんだ」

「怪我なの?」

「いや、少し複雑なんだけど……」

 俺は錬金用具を片付けながら少しずつ話を始めた。


「なるほど……じゃあ無理だね」

「え?」

「今のやり方じゃダメって事、訳の分からないカチコチを溶かしてもおかしくなるだけ」

「じゃあ、他の方法が?」

 ニャルは二本指を立てた。

「今思いついたのは二つ、一つは付け替えるの。他の人の足と入れ替えちゃう」

「移植って事か……それは死んだ人のを使えばいいのか?」

 ニャルは苦笑いを浮かべて首を横にを振る。

「錬金術だと繋がらない。一度生命力が無くなってたら通しにくくなっちゃう」

 保存していたものよりも直前まで生えていた植物を使った方が良い、というのは聞いたことがあった。先生は基本的に変わらないと言っていたが難しい錬金術となれば別なのだろう。

 ともかく他の人を犠牲にするなら論外だ。智野もそれを望みはしないだろう。

「二つ目は?」

「足を作り直すの」

「……は? そんなホムンクルスみたいな事できるのか?」

「ホムンクルスは未開錬金術だけどガワだけなら作れるはずだよ」

「……難しいのか?」

「うん、できた人は一人しかしらない。アルスっていうんだけどね……」

「あ、アルス!? アルス・マグナか!?」

 いきなりの大声に耳を塞いでいたニャルは頷いて土を弄る。

「アルスの身体は元々のアルスの身体じゃないよ」

 確かに麻酔も意味が無かったし火の熱さも意に介していなかった。

 それはさておき、大事なことがある。

「アルスとはどういう関係なんだ?」

「えっとね、トリトスで会ったの。凄いから錬金術教えて欲しいなって追いかけてるの」

「アイツから錬金術を……大丈夫なのか?」

「確かにアルスは変だけど錬金術はちゃんとしてるよ?」

 あまりにも純粋な言葉に何も言えなくなる。

「まあ、とりあえず新しく足を作り直すのが一番って事か」

 頷いた後、ニャルは小さく微笑む

「トモの足を治す、あなたの目標はそれなのね」

「ん、ああ……そういえばニャルの目標って……」

 確かこの島に入り込んだのも目標の為とか言っていた。

「あたしの目標? うん、あたしはね……」

 ニャルは夜空が映り込んだような綺麗な瞳をこちらに向け、力強くこう言った。

「あたしの目標は、死んだ人と会話をする事なの」

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