⑥
「お前、錬金薬学とはどのような薬学か答えて見ろ」
先生の勢いに怯えながらもシャーリィさんは口を開く。
「素材の良いところを体力で特化させて混ぜ合わせる。そういう物ですよね」
「違う! 錬金薬学は素材の『一番』良いところ『のみ』を特化させ、『一番』良いところ『のみ』を混ぜ合わせる薬学部 だ!」
強調された二つの言葉。それがどれほど重要なのか、シャーリィさんは分からないと言った顔をしている。
「解毒作用が高いものもあれば自己回復力を高める作用が高いものもある。錬金薬学だと同じ素材でも素材によって役割が変わってくるんだ」
「そ、そうだったんですか」
先生が俺を指す
「こんな事、初心者のこいつでも知っているぞ!」
「…………」
そっと目を逸らす。
「おい、タカ」
「…………」
知らなかった。
俺の心の声を察した先生はまた机を叩く。
「薬学においてマンドレイクは自己回復力の高める作用を持つ汎用性の高い植物だ。錬金薬学においても基本それは変わらないが……」
先生はカゴの中からマンドレイクを一つ取り出した。
「例えば錬金薬学においてこのマンドレイクの作用は解毒だ。このマンドレイクは自己回復力より解毒の作用の方が高い」
シャーリィさんの顔が青白くなる。
「じゃ、じゃあ……」
「お前の作った薬の幾つかは、違う作用の物を使ったという事だ」
*
「こいつには……下剤を作るぞ」
先生にコカナシが素材を渡す。
「コカナシもどれがどの作用を持つのか分かるのか?」
「勉強すれば誰にでも分かるようになります。例えばマンドレイクなら『どの根
が一番長いか、それはどんな色をしているか』というのが基本的な見分け方になります」
コカナシは籠からドクダミを数枚取り出して、そのうちの一枚を先生に渡す。
「因みにキミア様はエルフの目で見るだけで作用がわかりますよ」
「簡単に、だがな」
俺たちの会話に入りながら先生は次々に錬金を成功させる。
診察をしているのはシャーリィさん。普通の医者としては優秀だと先生が判断したのだ。
シャーリィさんから渡された資料を手に取る。
必要な情報は全て書かれているのに見やすい。先生が一目で作るべき薬を判断しているのもこの資料の分かりやすさが為だろう。
シャーリィさんが正確な診断をして先生が適切な薬を作る。
それはとても大変な事で……当たり前であるべき事なのだ。
「薬、作ってるんだな」
「……はい?」
小さい呟きをコカナシが拾う。
「いや、俺からしたら錬金薬学って何処か現実離れしたイメージがあるからさ」
コカナシが菊の花を幾つか手に取り、その中から一本を選んで先生に渡す。
「今更ですね」
「まあ、そうなんだけどさ」
診断も錬金も、間違ったら大変な事になってしまうのだ。
今回のように軽微ならまだ良いが……俺が目指しているのは錬金薬学よりも難しい錬金術だ。
もしそんな錬金術で失敗なんてしたら被害は今回の比では無いだろう。
そんな事になれば智野だってタダではすまないという事に……
「考えすぎです」
不安の連鎖になりかけていた思考をコカナシの言葉が途切る。
「……え?」
「タカはそんな事を考えるレベルに達していません。知識も足りずに考えたところで答えなんて出ませんよ」
「その通りだ」
最後の患者の薬を作り終わった先生が会話に加わる。
「まずは身体で覚えさせようとしていたが……今回の一件で指導方針を変える事にした」
「指導方針、ですか?」
「ああ、知識を先に入れる事にした」
先生の意図を理解したらしいコカナシが本棚から分厚い本を出してきた。
表紙に書かれているタイトル『license for pharmacist』
ライセンス……なんだこれ。
「ネ語に訳すと……薬剤師免許、ですかね」
「そうだ。とりあえずお前にはこの資格を取ってもらう。そもそも薬を作るのならば必要な資格だ」
「つまり……座学?」
「もちろんだ。そういうわけで教師を紹介する」
先生がドアの方を見る。てっきり先生かコカナシが教えるものだと思っていたのだが……
「今日からお前に薬剤師免許に関する事を教えて貰うのは……こいつだ」
先生が言い終わると同時にドアが開く。
「よろしく頼むぞ」
「えっと……よろしくお願いします?」
入ってきたシャーリィさんは曖昧な笑みを浮かべた。
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