第24話嘘か真か


 俺の名はラーズ。今俺は生きるか死ぬかの瀬戸際に立っている。

 腕と足を縛られ、地面に座らされている俺達の目の前には、小さな子供が立っていた。

 見た目はどう見てもただの子供、だがこいつを少しでも怒らせれば、途端俺達の人生は終わる。

 俺達を見下ろしている氷のような視線は、俺達を殺すのに何の躊躇もない事を理解させる。

 周りを取り囲む冒険者や商人は、誰一人として口を開かず異様な静けさだ。

 辺りの散らばる肉となった者達から漂う血の匂いが、俺の心を徐々に恐怖で侵食していく。

 断頭台の前に立つ気持ちは、きっとこんな感じなのだろう……。

 先輩盗賊達は常日頃言っている。殺して奪う。捕まえ奴隷にする。好きな女を抱く。

 人を貶め楽をしているのだから、殺される覚悟はいつでもしておけと。

 だけど俺にはそんな覚悟はない。食うのに困って盗賊になったが、こんなに自分の欲望を満たしてくれることは他にはない。

 こんな所で死にたくない。目の前の子供に縋っても、盗賊仲間を裏切ってでも、絶対に生き抜いてやるんだ。


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 三人が降伏した後、ロベルト達が盗賊達を縛り上げた。

 正直俺は盗賊達に近づくなら、体の周りに風の障壁を張らないと、とても安心して近づくことはできない。

 いくら強い魔力を持っていても、不意打ちで致命傷を受ければ、すぐに死んでしまうだろう。

 かといって障壁を展開しながらだと風が邪魔でロープなんかとても結べない。

 盗賊と俺の間に微妙な間が流れたあと、空気を読んだウォルフの面々が、ロープを用意し、捕縛してくれた。

 奴らは思った通り、狐耳と猫耳、猿のしっぽの飾り、兎耳など色々荷物に忍ばせていた。もちろん匂い消しも大量に入っていた。


 そして今、目の前の三人の盗賊達の周りを、マルウェルさんとウォルフとレイクのメンバー、正面を俺とサーリャという形で囲んでいる。

 盗賊達の顔色はどんどん悪くなっている。それはそうだろう、自分達を殺すかもしれない人間達が周りを取り囲んでいる上に数分無言なのだ。気味が悪いし、気が気じゃないだろう……。

 別に何かを狙って無言の間を取っている訳ではない。ただ考えを纏めているだけだ。


「じゃあ質問いいかな? 先に行っておくけど、死にたくなかったら嘘を言わずに正直に答えたほうがいいよ。嘘だと分かったらできるだけ苦しむように殺すから、そのへん踏まえて返答してね」


「……ああ……分かった」


「じゃあ一つ目の質問ね。そのへんに転がってるお前達の仲間を調べたけど、一人残らず人間だったけど、獣人国を拠点にしてるのかな?」


「……ああ、その通りだ」


「なんで獣人国を拠点にしてる?」


「……エルレインじゃ盗賊の発見の報告が届いたらすぐに討伐隊が向かってくるし、街道が整備されていて発見されやすい。その点獣人国は街や村までの間隔が長いし、身を隠せる森や山なんかがいたるところにあるからある程度仕事しやすいんだ」


「他には? もっと理由があるよね?」


「……獣人国なら色々な部族がいるから変装すれば罪を擦り付けられる。……その部族間で揉めている間に安全なところに逃げられる。それに獣人族はエルレインの変態共に高値で売れる……」


 高値で売れる。この言葉に、同じ人間のウォルフのメンバーからは軽蔑のまなざしが向けられ、獣人のライアン、レイクの二人、そしてサーリャから凄まじい殺気が放たれる。


「っひ!?」


 盗賊達三人の中の一番若い盗賊が、殺気を感じて小さな悲鳴をあげる。

 他の二人は盗賊として長くやってきているのだろう。殺気にも動じず、目をつむっている。殺される覚悟が出来ているのだろうか。

 俺の知ってるアニメにもあったな、撃っていいのは――って感じの心構え。

 きっと若い盗賊はその覚悟ができていないだろう。俺もそうだ。そんな覚悟はない。

 今まではいきなり襲われたからその都度対処してきただけだ。自分から襲う側として積極的に動く覚悟などできない。

 俺はきっと、やられたからやりかえすを言い訳に、何とか殺しを正当化して、自分の心を守っているのだ。

 戦闘中興奮してしまうのも、冷徹な態度とるのも、相手を煽ることも、どれも普通のテンションじゃ精神がもたないからかもしれない。元から他人に対して冷めた性格なのもあるだろうけどな……。

 まぁ自分のことは今はいいか。俺は生きたいように生きるだけだし、やりたいこと、できること、するべきことをするだけだ。

 とりあえず後ろの盗賊は扱いやすいかもしれない。生かしてやるとほのめかせば、色々と情報を話すだろう。


「獣人族を高く売れるのはそうでしょうね。買う糞野郎を一人知ってますし。でもあなた達に奴隷を売るルートがあるのですか?」


「……奴隷商に売るんだ」


「なるほどね……。ここまでで一つ腑に落ちないことがありました。」


「何だ……」


「今絶賛揉めている猫族と狐族の事は知っていますよね? あなた達のせいなのですから」


「……ああ。知っている」


 盗賊に向かおうとするサーリャを手で制し、質問を続ける。


「さっきあなたは揉めている間に逃げられると言っていたのに、僕達を襲ったときあなたたちは狐耳を付けていました。おかしくありません? 揉めてる間に逃げるのに、わざわざ話題になっている部族の変装をするなんて? 荷物には他の部族の変装道具もあったのに」


「……隊商が見えたからとっさに付けたのだ」


「そうなんですか、てっきり僕は猫族と狐族で戦争をおこすように、火種を作る依頼でも受けているのかと思いましたよ。狐族はゼルガルド王国の代表ですし、盗賊やら人さらいやらをしてるのを見られただけでも、効果は絶大でしょうしね。国力が下がれば喜ぶ人間も大勢いますし、例えば奴隷商とか、例えば獣人国に近いエルレインの貴族とか、あともう一つ得しそうなところがありますけど、まだ推測ですからここはあえて言いませんが」


「そんな依頼などない。俺達は稼ぎたくて獣人国に来ただけの盗賊団だ」


 今まで言葉を発するのに、少し間をあけて考えているようだったのに、ここは即答で否定ね……。肯定してるようだよそれじゃあ。

 それに俺が貴族や奴隷商やら、もう一つなどと言った時に後ろの若い盗賊がうろたえちゃってるしね。あんたら二人だけ上手く装えても、意味ないんだよ。

 でもこれで後ろの若い奴も、核心の部分を知っていることは分かった。でなければあんな反応できないだろうし。


「次の質問です。あなた達の本拠地はどこですか? 盗賊団はあなた達だけじゃないでしょう。それに捕えた奴隷を監禁する場所も必要でしょうし」


「……拠点はない。攫ったらすぐにエルレインに向かうからな。盗賊団も今生きているのは俺達三人だけだ」


「サーリャ、こいつらの言ってることは本当?」


「いえ、私は捕まった時、洞窟のようなところの牢屋に入れられました。そこで奴隷商に売られて鉄檻のついた荷馬車でそのままエルレインの街にいきました。人数はわかりません」


「!?」


盗賊の反応は予想通りだったが、周りの冒険者も驚いている。そういえば皆にはサーリャが捕まった事言ってなかったな。

まぁつらい記憶だし、わざわざ伝える必要などないが。


「最初に言いましたよね。正直に答えたほうがいいと」


「っが」


 話し相手だった先頭の盗賊の顔面を蹴る。魔力で少し強化した蹴りだ。盗賊は歯を撒き散らしながら二メートル程吹っ飛んだ。


「っぐぅ。ああああぁぁあぁあ」


「さて、指先から少しずつ細切れになるのと、口の中に魔法を撃ち込んで、体内から焼かれて死ぬの、どちらがいいですか?」


あからさまに後ろの若い盗賊が青ざめる。


「それともそこの人から始めましょうか」


若い盗賊の方を向くと、盗賊の足元が水浸しになっていった。

あらら。まぁここまで怯えてくれれば滑らかに話してくれるだろう。


「君はちゃんと真実を話してくれるかな?」


「……は……はい……話します……話させてください」


「おいラーズ!! 黙れ!!」


「お前が黙ってろ」


 話さないように促そうとしたもう一人の盗賊の腕を風の刃で切断する。


「がああああああああああああああああ」


 地面をのたうち回る二人を無視して、盗賊の目の前で腰を下ろし、満面の笑みを向ける。


「正直に話してくれたらここからは逃がしてあげるよ。素直に話そうラーズ君?」


 周りを囲む者達がセインを恐れる中、ユウナは気が付くと涙を流していた。セインを恐れてではない。憐れんでいるのだ。

 ユウナはどうしても考えてしまうのだ。どこで人生を間違えれば、平穏に遊びまわっているであろう九歳の子供が、悪人とはいえ何人も殺し、そして殺すことに慣れているかのように平然とし、返り血を塗れた顔で満面の笑みを向けることができるのだろうかと……。


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