第8話燃える村

 燃え盛る炎に、立ち昇る煙。

 不安に駆られつつ、最大速度で村へと向かう。


 村へと近づくにつれ、小さな人影が戦っている姿が見えてくる。


「くそっ、何が起きてるんだ!」


 黒い鎧に身を包み、赤黒い旗が何本か見える。

 リーナの授業でならった魔国の兵達だ、ぱっと見るだけでも百人位いるであろうか。


 逆に白い鎧や軽装防具を付けて応戦しているのは、見慣れた村の兵達だ、大きな自然のみが売りで、国の端と言えば端のほうの、領民もわずか五百人ほどの領地だ、この村だけで考えれば、村人百人に、国からの守護兵も十人ほどしかいない。

 鍬などを持った村人も一緒に戦っているが、あまりにも戦力が違いすぎる。


 魔国が攻め入るときは、今まで国と国が面している開けた平野が戦場になっていたため、まさか深い森林と連なる山々を越え攻め込んでくるとは予想していなかったのだろう。


 突如風の刃が黒鎧の兵士を真っ二つに切り裂いた。


「戦っている領民達よ、兵士以外の者は逃げ遅れた村人を守りながら退避して! 兵士達は、村人が逃げ切るまでの時間を稼ぎますよ!」


 リーナの大きな声が響き渡った。

一瞬時間が止まったようだったが、すぐに村人達は退避しはじめた。


 村人を追おうとする黒鎧の兵たちを、手を払いのける動作と共に次々と真っ二つにしていく。

 鎧ごと切り裂くほどのカマイタチは、かなりの魔力を使うはずだ。

 助太刀しようと俺はリーナの後ろに降り立った。


「師匠、僕も手伝います」


「セイン無事で何よりです。こっちは兵士と私で何とか持ちます。それより町外れに住んでいるエレナや、その周辺の村人が気になります。セインはそちらを頼みます!」


 こちらに目も向けず次々と敵を薙ぎ倒していく。


「分かりました。師匠気をつけて!」


 ふっと浮き上がり出せる全力のスピードで我が家の方角へ飛ぶ。

 呆然と空を見上げる黒鎧の兵達につられ、リーナも空へと目を向ける。


「……あなたは私を驚かせるばかりです……」


 リーナの小さな声の後、微妙な間が空き、戦いが再開した。



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 家の前に降り立つと、すでに五十人ほどの兵士が倒れていた。

 切り裂かれているものや、死体になっても未だに燃え続けている者もいる。


 残る敵は数人ほどしかおらず、皆おびえる様に後ずさっている、敵の前に立ちはだかるのは、横立ちで剣を下段に構える白い髪の老人だ。

 後ろには杖を持ち、左手に炎の球体を掲げている女性。


「かあさま! クレイル!」


「セイン! 良かった無事だったのね!」


 エレナがこちらを向いた瞬間、数人の兵士がクレイルに向かう。

 クレイルはすれ違いざまに、まるで軽い棒切れを振っているかのような、滑らかな動きで長剣を振り、敵兵が二メートルほど進んだところでバタバタと倒れていく。

 返り血もまるで受けていないクレイルに、残った数名の兵士達が怯えながら口を開く。


「無駄なんだ……無駄なんだよ! 俺達は足止め目的の斥候部隊だ、後方じゃ二万の部隊を率いる魔剣士長がこっちに向かってきている。もう逃げる時間はない、分かったか? いくらその老剣士が強かろうと、お前達はどうせ死ぬんだよ」


 下手糞な人間の言葉を大声で喚き、ニタニタと笑う黒鎧の兵士に、ゆっくりとクレイルが近づく。


「なるほど二万の兵の将ですか、確かに二万の兵士相手では、私も死ぬでしょう。ですが、その魔剣士長だけは確実に殺し、エレナ様達だけは逃げ切ってもらえるよう時間を稼ぎましょう」


「気でも狂ったのかじじい!」


 下手糞な人間語のあと、おかしそうに笑い転げる黒鎧の兵士にゆっくりと剣を向ける。


「これでも昔、この国の筆頭王国戦士長として全軍を率いていた身です、今ではただの老兵ですが、それ位はなんとかなるでしょう」


 黒鎧の兵の体が膠着する。


「お……お前があの……クレイ」


 血しぶきを上げゆっくりと首が落ちる黒鎧の兵に背を向けこちらに歩いてくる。


「セイン様ご無事で何よりです」


「クレイル強いと思ってたけど、筆頭王国戦士長だったんだ……」


「昔の話ですよ。今はレイフォード家の執事という仕事に誇りを持っております。それよりも、敵兵の話では、ここは私が残って時間を稼ぐしかないでしょう。セイン様、エレナ様をお願いしますね」


 その案だと、まず敵兵がどちらから来るかも分からない状況のため、仮にこの村でクレイルが待ったとしても、ここを通るかは分からない。

 むしろこの村に敵が来ず、逃げる方向で出くわした場合目も当てられない。


「クレイル、その作戦は敵の明確な位置と、距離がわからないと危ういと思うよ。むしろかあさまにはクレイルが付いて行動してた方が安全だと思う」


 クレイルは意味を察したのか、僅かに頷く。


「それに敵の距離次第では、戦わなくても兵士が大勢いる大きな街に逃げ切れるかも知れない。リーナや村人達も一緒に逃げないといけないしね」


 エレナがうーんと唸っている。


「じゃあどうやって距離を測りますか? 相手の位置もある程度の間隔で把握しないといけないし」


 エレナの言うとおりだが最初から考えてある。


「僕は飛行魔法が使えます。かなり上空から見渡せばどこから兵が来るかわかるでしょう。ここから大きな街までは、頑張っても四日はかかります。相手も兵が多い分時間がかかるでしょう。逃げ切れる可能性は十分あります」


「……飛行魔法?……」


 二人は驚く顔のままこっちをみて唖然としている。


「ごめんさない。今は飛行魔法のことを話す時間はなさそうです。かあさまとクレイルはリーナが逃がした村人と一緒に逃げてください。僕はリーナにこのことを伝えてきます」


「分かったわ、セイン、危ないことはしちゃだめよ」


「セイン様お気をつけて」


 俺は頷くと、また村に向けて飛び立った。

 今日はもうかなりの時飛行魔法を使っている……残りの魔力が心配だ。


-----------


 村でも黒鎧の兵はすべて倒されていた。

 リーナが怪我をした兵士に回復魔法をかけているところだった。


「師匠! 無事ですか?」


「セインですか、こちらは大丈夫です。エレナ達は大丈夫でしたか?」


「あらかたクレイルが倒していたので向こうの村人達は大丈夫です。それより二万近い敵が迫っていると、敵兵から情報がでました! 僕が空から距離を測りつつ誘導するので、近くの大きな街に逃げてください!」


「二万!?」


 あたりの兵士たちからもどよめきが起こりはじめた。


「分かりました。皆、急いでカルザスの街に逃げるわよ!」


 すっと上空に上がりかなりの高さまで上がったところで敵の姿を確認できた。

 大きな川を越えたあたりだろうか、二万という数が集まるとあんなふうに見えるのかと、背筋に悪寒を感じながら、大体の距離を目算する。

 大雑把だが、大体三十キロぐらいだろうか、前世の戦国アニメを作ったときの知識を最大限まで掘り起こす。

 夜は行軍しないとして、歩兵がいるから一日二十キロ、無理をして三十キロが限界だろう。

 この一日の距離の差が埋まれば、クレイルの決死作戦しかなく、それでも稼げる時間は少ないだろう。


 こうして捕まれば確実に死ぬであろう、退避戦が幕を開けた。





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