第6話 対猫耳用装置 SCMZを身に着けた日葵

 今日もよく晴れて絶好のプール日和だった。

 猫耳のみんなは猫かきの練習をしたり、ビーチボールで遊んだり、底に沈めた玉を潜って拾ったりしていた。

 猫耳の事件が発生して対応に追われていた直後の今では先生もわりと生徒に自由にさせていたが、それでもさぼりを許容するほど優しいわけではなかった。

 陽翔は体育の先生から日葵を授業に参加させるようにと言われてそこへ向かった

 日葵はプールサイドの日陰でふさぎ込んだ顔をして座っていた。


「ほら、日葵。先生からさぼるなって言われてるよ」

「みんなよく呑気にしてられるわね」

「こんな時にこそ元気にだよ」

「うん」


 日葵はプールに入って泳ぎ出す。そんな彼女の様子を幸奈は目で追っていた。




「ただいまー」


 授業が終わって陽翔は家に帰宅する。その後を日葵がついてきた。

 いつもは一度は自分の家に帰宅するのに珍しいことだ。

 陽翔は不思議に思って訊ねた。


「どうしたの?」

「あの服……メイド服返してよ」

「もう着ないって言ってたんじゃ……」

「あれで猫化を防げるんでしょ。だったら仕方ないじゃない」


 日葵の瞳は揺らいでいたが決意は変わらない。

 陽翔としても断る理由はない。

 メイド服を返すと、日葵はすぐに着替えてきた。若干の照れを浮かべながら陽翔の前で披露する。


「どうかな?」

「可愛いと思うよ」

「そう……陽翔にとってあたしは猫と同じなの?」

「え……?」

「何でもない。テレビ付けるね」


 日葵は目をそらすように移動して、リモコンを手に取ってテレビを付けた。

 陽翔はそんな彼女を見て言った。


「家にメイドさんがいるなんて不思議な気分だな」

「これは普段着! 普段着なんだからね!」

「はいはい」


 顔を赤くして言い張る日葵に陽翔は適当に言葉を返す。

 日葵は不満そうだったが、何かを思いついたのか笑顔になった。


「恥ずかしいと思うから恥ずかしいのよね。こうなったらあたしのメイドっぷりを陽翔に見せてやるから」


 日葵の顔にはいたずらを思いついたような笑みがある。陽翔は思わず後ずさった。


「何でもお申し付けくださいませ。ご主人様~」

「え……ええ~~~」


 陽翔が困った反応を見せると、日葵は勝利を掴んだとばかりに踏み込んできた。


「ええじゃないでしょ。それとも旦那様? お兄ちゃんがいいのかな~?」

「からかわないでよ、日葵」

「フフ、陽翔ってば面白~い」


 日葵の行為は迷惑だったし、ご奉仕したくなるとかいう副作用のことも気になったが、彼女が楽しいならそれでもいいかと陽翔は思った。




 そして、夜が明けた。

 一緒に登校する道を歩きながら、日葵は下を向いて浮かない顔をしていた。


「どうしたの?」

「どうして昨日陽翔にあんなにしちゃったんだろうって。調子に乗ってたよね、あたし」

「ああ」


 やっぱり副作用はあったのかと陽翔は思ったが、気にしないことにした。今の彼女はもうメイド服を着ていない。

 それは着ていなかったが……


「制服の下に水着を着てるのって不思議な気分」

「着てきたの? 今日は体育無いよ」

「だって仕方ないじゃない。メイド服なんて外じゃ着られないし……」


 確かにそうかもしれない。陽翔はそれ以上その話題には触れないでやった。



 いつもの授業が行われる、いつもの日常。

 放課後になって日葵と一緒に帰ろうとすると幸奈に呼び止められた。


「お時間よろしいですか?」

「いいですけど。何の用?」


 見ると孝介も一緒だった。

 用事は猫耳のことしか無いだろう。


「ついてきてください」


 促されるままに人気のない理科室へと移動した。



 人気のない理科室。

 そこで席に付く陽翔と日葵と孝介を前に、幸奈は先生のように発言した。


「観測の結果、猫耳化の中心が日葵さんにあるのはまぎれもない事実だと判明しました」

「観測?」

「事実と確定したんですか?」

「いつの間に……」


 日葵は周囲をきょろきょろと見回した。今もどこからか見られていると思ったのだろう。その不安を幸奈はきっぱりと否定した。


「目で見張っていたわけではありませんよ。我が科学チームはもっと詳しく分かる装置を開発して日葵さんに与えていましたからね」

「それって……」


 日葵が口を噤み、陽翔も考える。装置と聞いて思いつくのは二つだけだった。

 自分も着た一つ目の方で無ければいいがと思うが……幸奈が肯定したのは二つ目の方だったので、陽翔は安心した。


「SCMZですよ。わたしも後から知ったのですが、あの素肌にぴったりと張り付く水着には、日葵さんの体を観測する機能も備わっていたのです」


 今もそれを着ている日葵はそわそわと自分の体を抱きしめた。


「普通の水着だと思ってたぜ」


 孝介もさすがに驚いていた。


「我々の科学班は優秀だと言ったではありませんか」


 幸奈は誇らしげだ。メイド服を着たことがバレなくて良かったと陽翔は思った。幸奈の話は続く。


「そこで原因が日葵さんの中にあると確信するに至った我々はついに最終作戦に打ってでることにしました」

「最終作戦!?」


 みんなの驚きや不安の顔を前に、幸奈はうなづいて力強く答えた。


「日葵さんの猫耳化をあえて促進させ、騒ぎの元凶を誘い出すのです」

「それって危険なんじゃ……」


 日葵は猫耳化が進むのを怖がっていた。猫耳になった人間達の中で唯一だ。思えば自分が中心にあるからこそ何か他人とは違った物を感じていたのかもしれない。

 そんな陽翔の心配に、さすがの幸奈も少し神妙な顔になった。


「ええ、しかしこのまま手をこまねいていても事態の改善は見込めません。解決には必要な作戦なのです。この作戦名ジハードに協力していただけますか?」

「ジハード……」

「聖戦か……」

「決めるのは日葵さんです」

「分かりました。やります」


 日葵の答えは早かった。元より猫耳の解決を探っていたのだ。可能性があるなら取れる選択は一つしか無かった。

 幸奈の真面目さを感じさせる瞳が戦いに挑むことを決意した日葵を見つめる。


「では、その下の水着は脱いでください。SCMZには猫耳を止める効果がありますので、今回の作戦では邪魔になってしまいますから」

「水着? 今日は水泳無いよな?」


 事態を知らない孝介が不思議そうな声を上げる。

 日葵は顔を真っ赤にさせた。


「もう、あっち向いててよ! 脱ぐから!」


 陽翔達は言われた通りにする。彼女は追い出すことまではしてこなかった。

 人気のない理科室で日葵の着替える音がした。

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