第9話 夢と現実
「そうだ。さっき、白原さんが出てくる夢を見たよ」
「夢って、荒西くんは授業中、眠っていたの?」
「そういう白原さんも眠っていたと思うけど……。一回見たら、目を閉じて、頬を机につけていたから……」
「わたしの寝姿、荒西くん、……見たの?」
尋ねると、荒西くんは軽く首を縦に振った。わたしは自分の寝姿で悪いところでも見られただろうかと、気にせずにはいられなかった。好きな人には、恥ずかしいからだ。
彼はそれを察したのか、慌てたような表情をする。
「気にしないで! そんな、白原さんがよだれを垂らしているところとか見てないから!」
「よだれを垂らしていたんだ、わたし……」
「さらに落ち込まないでよ! ほら、ぼくたちはこれから付き合うことになったんだから! むしろ、うれしく思わないと!」
荒西くんは声を上げるも、今は授業中。通りかかった教室から、なんだろうといったような目線を送る生徒らが視界に映る。
わたしはそれに気づくと、彼の腕を握って、早足で階段のところまで向かった。保健室は下の一階にある。
階段を降りるところで、荒西くんは申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん。廊下で急に声とか上げちゃって」
「ううん。わたしは気にしてないから。それより、荒西くんは眠っているときにどんな夢を見たの?」
「ああ、その話か。実は、暗くなる話だけど、白原さんを絞め殺す夢だった」
「わたしは、荒西くんに絞め殺してもらう夢だった」
「そうなの?」
彼は足を止めると、目を合わせた。ちょうど、階段の踊り場に着いたところだ。
「うん。荒西くん、ようやく決意したみたいな顔して、わたしの首を絞めてくれた……」
「そっか……。ぼくは気づいたら、白原さんの首を絞めていた。そしたら、白原さんが亡くなって……。次に、どこからか警察官が出てきて、ぼくを逮捕するっていった夢だった……」
「わたしの夢と、ほとんど同じだね……」
「本当? そういうことって、あるんだね」
荒西くんは言うと、近くの壁に寄りかかった。おもむろに天井のほうを見る。
「いずれ、夢のように、ぼくが白原さんの首を絞める日が、本当に来るのかな……」
「ひも、持っているんだよね?」
「持ってるよ。白原さんからせっかくもらったものだから」
返事すると彼は、ポケットから一本のビニールひもを手に取った。
「色々と考えているんだよ。やるべきか、やらないべきか」
「そういえば、教室で叫んだ言葉……」
「『ちがう! ぼくはやりたくてやったんじゃないんだ! 本当なんだよ!』でしょ?」
「うん。それって、警察官に捕まったときに言ったの?」
「そうだね。警察に捕まるのって、ふつう、悪いことをしたらってものだから。なのに、ぼくは白原さんから頼まれて首を絞めたのに、それを警察は単なる人殺しとしてしか見ていないようで……。それで、ああいう言葉が出たんだ」
「そうだったんだ……」
「白原さんは、ぼくに早く絞め殺してもらいたいって思っているんだよね?」
問いかける荒西くんは、視線を動かしてきた。真剣そうで、ごまかした答えを発したら、怒られそうだった。
わたしは正面で向かい合った。
「本当は、その、ここで絞め殺してもらいたいっていう気持ちはある。だけど、それを荒西くんはいいって言わないと思う。だから、わたしは荒西くんがいいって言う日まで待ってるの。つまりはその、好きな荒西くんがわたしを絞め殺す気が起きるまで、我慢しているの」
「我慢って、白原さんはそこまで死を望んでいるんだね」
「うん……。本当は、そんなことしちゃいけないことはわかってるけど、自分の正直な気持ちがそれだから、しかたないとしか言えないの」
「白原さんは、苦しんでいるんだね……」
彼は声をこぼすと、背中を壁から離した。おもむろに歩きはじめると、階段のほうへ向かっていく。
わたしがついていこうとすると、荒西くんは手を前に出した。
「だいじょうぶ。授業中にただ寝ていただけだから」
「わたし、そこまで苦しんでないから……」
「それなら、いいんだけど、といっても、ぼくがどうするか次第なんだよね……」
「そう、だね……」
お互いに口を閉じ、荒西くんは階段を降りかけたところで足を止めている。
しばらく経ってから、わたしは目を向けた。
「じゃあ、わたし、教室に戻ってるね」
「うん。ここまでついてきてくれて、その、ありがとう」
「お礼をしなくても、わたしたち、ほら、付き合っているから、こうやって、ふたりでいるときがあっても、いいかなって、思って……」
「そう、だね。授業中でも、そういうのは、関係ないんだろうね」
お互いに、口調はぎこちなかった。意識し合っているのだろう。わたしは顔が火照りながらも、遠慮がちに手を振る。
荒西くんは遅れて手を振り返してくれると、階段を降りはじめた。ただ、教室と保健室に行くだけで別れるにしては、大げさかもしれない。
わたしは階段を昇って教室へ戻る中、殺してくれる前に付き合えることになったよろこびを抱いていた。
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