第19章 クラスメイトと雄介


 職員室を後にした雄介と慎は、無言で校内を歩いていた。

 職員室での一件があり、慎は雄介に何と言っていいのか分からず、声を掛けられずにいた。

 しかし、雄介は別にそこまで気にしては居なかった。

 石崎が言ってくれた事もあり、あまり言われた事が気にならなかったのだ。


「慎、そろそろ何か話てくれないかな? この空気は重いよ」


「でもよ……お前は気になんないのか?」


 心配そうな視線を向けながら、雄介に話をする慎。

 雄介はそんな慎を見ながら、笑顔で言う。


「なんか、別にどうでも良いかな? でも、きっと慎や石崎先生に同じ事を言われたら……きっと傷つくかもしれない……」


 雄介は他人に自分の事をどういわれても、不思議となんとも思わなかった。

 ただ皆が何か言っているだけ、程度の考えしか浮かばないし、何も感じない。

 しかし、お見舞いに来てくれた皆や石崎、紗子や玄に言われたらと思うと、雄介は考えたくも無かった。


「そうか……でもあれは言いすぎだ!」


「まぁ、確かに……でも、俺は気にして無いし……」


 慎は雄介の言葉に安心したのか、いつもの調子に戻り話を始める。


「でも、意外だった……先生があんな感情的になるなんてな……」


「良い人だよね。石崎先生…」


「あぁ、ただの眠そうな顔したおっさんかと思ってたが……」


 二人の石崎に対する好感度が急上昇してきたところで、二人は教室の前についた。

 しかし、教室の前後のドアは閉められ、ドアの小窓にはなぜか目隠しで新聞紙が張り付けてあった。


「なんだ? 教室が変だな……」


 慎が首を傾げながら、不思議そうに言う。

 雄介はそんなことよりも内心ではドキドキしていた。

 自分が通っていた教室、しかし自分には記憶が無い、一体どうクラスメイトと接して行けばいいのか、雄介は考えていた。

 そうして教室の前でボーっとする二人の耳に、中から声が聞こえてくる。


「お、おい! 来たぞ!!」


「え! まだ終わってねぇーよ! 誰か時間稼ぎに行け!」


「渡辺! お前言ってこい! 得意の腹踊りを見せてやれ!」


「いつから俺の特技が腹踊りになった! うわっ! バカ! 押すな……」


 その声の後に、雄介と慎が立っていた前側のドアが開き、中から渡辺が転がって出て来た。


「くそ! あいつらぁ……」


 ドアに向かって何かを言う渡辺を慎と雄介は不思議そうに眺める。

 やがて、その様子に渡辺が気が付き、立ち上がって、咳ばらいをし、二人に爽やかに挨拶をする。


「やぁ、二人とも! いい朝だね」


「何やってんだ? 渡辺」


「何もしてないんていないよ。それより、僕と一緒に連連れションでもどうだい?」


「爽やかにトイレに誘うなよ……怪しいな」


「な、なななな! 何を言っているんだ山本!」


 渡辺の様子がおかしい事には雄介も直ぐに気が付いた。

 お見舞いの時に会って以来だったが、わかりやすく挙動不審だった。


「中で、何をしてるんだ?」


「な、何もぉ? してない? よ?」


「いちいち疑問形で答えんな! いいや、入ればわかる」


「あぁ! 頼む! 俺を助けると思って、連れションに行こう!」


「なんでそんな必死に連れションに誘うんだよ……お前やっぱり……」


「やめろ! そんな視線を俺に向けるな!」


 ドアを開けようとする慎を渡辺は必死に止める。

 そんな渡辺の姿に若干引きつつも、慎と雄介は言う通りにしトイレにむかう。


「まぁ、お前がそこまで言うのも珍しいし、俺もトイレ行きたかったから良いか……」


「久しぶりだね、渡辺君」


「おぉ! 今村久ぶり! 退院の時は行ってやれなくて悪かったな、用事があって……」


 雄介に声を掛けられ嬉しそうに答える渡辺、そんな様子に慎は複雑な表情を浮かべる。


「全然気にしてないよ。それより、なんで教室に入っちゃいけなかったの?」


「そ、それは……」


 言いにくそうに口を紡ぐ渡辺、そんな渡辺に慎はため息交じりに言葉を掛ける。


「はぁ……まぁ、うちのクラスの事だ。ただのバカ騒ぎの準備だろ?」


「バカ騒ぎ?」


「流石だ山本……よくわかってる……」


 慎は何となく状況が分かり始めたが、雄介はさっぱりわからず、一人で疑問を浮かべていた。


「まぁ、トイレから帰って教室に戻ればわかるさ」


 渡辺はそれだけ言って、話を強引に中断させる。

 トイレを済ませ、三人は早々に教室に戻て行く。


「おい! 大丈夫か?」


 渡辺がドアを少し開け、中のクラスメイトに尋ねる。

 雄介はその様子を見て、一体何をやっているのだろうかと、疑問を募らせる。


「あぁ、大丈夫だ!」


 ほどなくして教室内から返答があり、渡辺は手招きをして教室の中に雄介と慎を誘う。


「今村は後から来てくれ、先に山本が入ってくれ」


「まぁ、そうだろうな」


 そう言って慎は教室内に入って行った。

 雄介はなぜ自分が後から入らなければいけないのか、更に疑問が増え、更に不安になる。

 恐る恐る雄介は、教室内に入って行く雄介を待っていたのは……。


「「「今村退院おめでとぉぉ!!」」」


 歓迎の声と、クラッカーの音の嵐だった。

 教室内には装飾が施され、黒板にはお帰りと書かれている。

 雄介はそんな状況が理解できず、ただ立ちつくして固まっていた。


「いやぁ~久しぶりだな! 髪切った?」


「いっても答えらんねーだろ? まぁ……なんだ……記憶喪失、なんだから……」


「でもこうしてまた来たんだし、良かったわよ」


 クラスメイトは口々に雄介に声をかけ、自分の自己紹介をする。

 皆「これからもよろしく」そう必ず、口にし雄介に言葉を掛ける。

 雄介は理解が追い付かなかった。

 そんな雄介の為に、堀内は説明をする。


「まぁ、こう言ったらあれだが、今村はきっとこう思ってるだろ? こいつらなんなんだって?」


「ま、まぁ……正直……」


 いきなりの出来事に、雄介はただボーっと立ち尽くすばかりだった。


「あれだ、一応お前の退院祝いなんだが……ただ俺達が騒ぎたいだけだ、気にすんな」


「あ、うん…ありがとう……」


 堀内の言葉に、ひとまず納得するが、雄介は学校全体の雰囲気と、このクラスの雰囲気の違いに違和感を感じていた。

 そんな事を雄介が考えていると、石崎が教室にやってきた。


「ん? なんだ、またバカ騒ぎか……」


「お! 先生も来た! 俺も見たかったな~、先生の啖呵切ったとこ」


「おい堀内~、誰からきいたぁ~?」


 石崎は直ぐに堀内の話が引っ掛かり、いつもの眠そうな顔を少しムッとさせながら、堀内に尋ねる。

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