第16章 新たなる朝4

「私たちは……これからもあの子の親を名乗る資格があるのでしょうか……」


 玄は奥澤に尋ねる。

 奥澤は立ち上がり、窓の外を見ながら静かに話始める。


「それを決めるのは、私ではない、もちろんあなた方でも……」


「……」


 玄と紗子は静かに先生の話を聞いていた。

 小畑も俯いていた顔を上げ、先生の話に注目する。


「それを決めるのは……雄介君です」


 それを聞いた紗子と玄は考える。

 記憶が戻ったとして、雄介は自分たちを父と母と呼んでくれるだろうか? 

 記憶を無くす前も、決して雄介は玄と紗子の事を父と母とは呼ばなかった。

 雄介は果たして自分たちの事をどう思っていたのだろうか、親である二人は考え続ける。





 学校では、いまだに事件の事での噂が絶えない。

 そんな中でとある教室では、事件についての討論が行われていた。


「結局、あの事件って今村のせいなのか?」


 一人の男子生徒が言う。

 その男子生徒の発言に、眉間にシワを寄せ、怒りをあらわにしながらとある生徒が机を思いっきり叩いて否定する。


「んな訳ねぇだろ……あいつは……俺達の為に……」


 怒りを込めた発言をするのは雄介のクラスメイトの堀内だった。

 一連の状況を見ていた堀内は、大体の雄介の過去と、雄介がボロボロになりながらも戦った理由を知っていた。

 だからこそ、雄介を悪く言うやつが許せなかった。

 何も知らない癖に、何も見てない癖に、そう思うと腹が立った。


「そ、そんな怒んなよ……俺らは現場に居たわけじゃないから……真相が知りたくて……」


 若干気まずそうに言葉を返す男子生徒、堀内は立ち上がったまま教卓に移動し、みんなの前で話を始める。


「見てたやつは分かるかもしれない! だから見てなかった奴! 俺が今からあの時の状況を全部話す! 今村が悪かったかどうかはその後決めろ……」


 堀内は柄にもなく、真面目な顔で真剣に当時の状況を説明し始めた。

 雄介の過酷な過去、体の秘密。そして身を挺して自分たちを守ろうと、必死に戦った経緯を事細かに説明した。

 いつの間にか授業開始のチャイムが鳴り、石崎が入ってきたが、石崎は堀内を止めなかった。一緒になって当時の状況を聞いていた。


「……それであいつは、その滝沢って女と相打ちになって倒れた」


「……」


 話終えた後の教室には沈黙が流れ、その場に居た皆が今村雄介の事を考え始めた。


「あ、あのさ……俺、あいつの事……別に嫌いじゃないぜ」


 話を始めたのは渡辺だった。

 気まずい雰囲気の中、いつもなら皆に合わせて黙っているタイプの渡辺だったが、雄介の事に関しては言いたい事があった。


「あいつさ……俺の絵褒めてくれたんだよ……他の奴に見せても、キモイだのアニメの絵だの馬鹿にされたけど、あいつは純粋に褒めてくれたんだよ……。俺には出来ないって、ちゃんと見て言ってくれたんだよ……」


「……」


 教室中の皆が渡辺の話に耳を傾けていた。


「だ、だから何が言いたいかって言うのは……俺はまたあいつに学校来てほしいよ……」


「渡辺……」


 感極まって涙を流す渡辺に、堀内は思わず心を打たれた。

 渡辺は泣きながら言葉を続ける。


「皆はどう思ってるかなんて知らないけど……俺はあいつが帰って来ても変わらずに接してやるつもりだよ……友達だから……」


 いつもは公の場での発言を嫌がる渡辺だが、今回は言いたかった。

 自分は雄介の味方だと、自分は何を言われても友であり続けると……。


「私も、別にそんな事で今村君を見る目は変わらないわ。話している感じ普通だし、むしろなんでそんな事で関係を辞めなきゃいけないのかが不思議。皆誰にも言えない秘密を持っていて不思議じゃないもの……」


 渡辺の言葉に、沙月も続く。

 いつもの無表情のまま座って静かに皆にそういう。

 渡辺と沙月の言葉に、周囲もどんどん話を盛り上げていく。


「確かに、あいつの悪いうわさって、加山さんの事以外聞かないしな……」


「江波を庇った時、俺あいつの事をひどい目で見ちゃったんだよな……同じ事やれって言われても俺は出来ないのに……」


「両親目の前で殺されているんでしょ? それじゃあ、恨んで当然でしょ」


「あいつ基本良い奴なんだよなぁ……ノートとか見せてくれたし……」


 雄介への考えをまとめ始めるクラスの生徒達。

 堀内は教卓の上で一人、笑顔を浮かべながら雄介に対してこう思う。


(今村、さっさと帰ってこい! このクラスにお前の居場所は残ってる……)


 話を聞いていた石崎は、俯きながら笑みをこぼし思わずこう思う。


(このクラスの担任になってよかったのかもしれんな……問題児は多いが……)


 石崎はそのまま立ち上がり、クラスに向けてこう言い放つ。


「ホラホラ、もう授業始まってんだぞ~、堀内教卓開けろ」


「いやだけど、先生……」


 いまいち石崎に納得のいかない堀内だが、強引に教卓からどかされ、大人しく席に戻る。

 元々、今日石崎は授業をするつもりなんて毛頭なかった。

 一応自分なりに何とかクラスを納得させようとしていたのだが、実際は要らぬ世話だったらしい。


「今から折り紙を配る、一人30羽以上折れよ~、それと色紙も配るから今村に文句がある奴はそこに書け~」


「先生! それって!」


「あぁ、今村へのお見舞いだ、やっと面会が許せれてな……加山、それに山本、あとで病院と部屋の番号を教えてやるから職員室に来い」


 優子は涙を流して喜び、慎は俯き涙を堪えながら喜ぶ。

 雄介に会える、それだけで二人の心は安心で満たされた。


「先生! 俺も行きたいです!」


「堀内、お前は今日補修だろ? 見舞いはその後にしろ~」


「先生、友人の一大事と補修、どっちを取れというんですか!」


「カッコいい事言って逃げようとすんな~、見舞いはとりあえず二人に任せとけ」


「あぁ……先生の人でなし……」


「良し、堀内、お前は鶴60羽折れ! 一人30羽だと千羽に届かないからな」


「この鬼!!」


 石崎と堀内の会話にクラスは笑いに包まれる。

 皆雄介の帰りを待っていた。

 雄介は知らず知らずのうちに、これだけの人に愛されていた。

 しかし、そんな記憶さえも雄介にはない。

 帰る場所があっても、雄介はその場所を見つける事が、今は出来ないでいた。

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