第13章 文化祭と新たな火種 8



 生徒達が文化祭にはしゃいでいる中、職員室では先生たちが一息入れていた。


「いやー、それにしても楽しそうですね。僕も学生時代を思い出しますよ」


 爽やかな雰囲気の若い男性教師が、石崎の机のやってくる。2年1組の担任で、現国教師の大友先生。

 ルックスと性格の良さから女子生徒に人気のある先生で、今年27になる若手の先生だ。


「このやる気を学業に向けて欲しいですよ。大友先生のクラスは何をやるんですか?」


「僕のクラスはお化け屋敷です。石崎先生は?」


「うちはメイド喫茶だと。よく許可が出たもんだよ」


「楽しそうで良いじゃないですか。1年2組は元気の良い生徒が多いので、授業をしていても楽しいですよ」


 白い歯を見せながら、爽やかな笑顔で石崎に言う大友。

 言われた石崎はと言うと、眠そうな目で椅子にもたれながら腕を組んで答える。


「騒がしいの間違いですよ。まぁ、そのおかげでイジメとかはなさそうなんで、楽って言えば楽ですけど」


「仲が良いのは良い事ですよ。それに……彼にはすごく丁度良いクラスだったんじゃないでしょうか……」


「今村ですか?」


「はい」


 雄介の話に石崎は体制を変えて、大友の方を向いて答える。

 雄介の過去は教師の一部が知っている。全体の教師にも大まかにだが、雄介の事情は周知されていた。

 親を目の前で殺され、監禁され、以来家族以外の女性に触れられると拒絶反応を起こしてしまう体質になってしまった事。

 石崎はそんな生徒の担任を頼まれ、最初は正直面倒だと思っていた。


「もう、半年か……あいつは最近注目の的ですからね…」


「加山さんを夢中にさせた男子生徒ですからね、注目されて当然でしょう」


「あいつがね~、一切女子とは接点を持とうとしなかったくせして、やる事はしっかりやってたって事か…」


コーヒーをすすりながら答える石崎。

 石崎もそろそろ結婚を考えなくてはいけない年齢となり、最近女性関係について考えるようになっていた。

 実家からは、「何時になったら孫の顔が見れるんだ」と電話をするたびに言われ、そろそろ本気で結婚を考えなくていけなくなっていた。


「年食ってから思うけど、高校生の恋愛って言うのも案外真剣なのかもな……」


「そうですね。僕も彼女と知り合ったのは高校の時ですし」


「早く結婚すれば良いじゃないですか? 私なんてこの年で相手も居ないですよ」


「ハハハ、私はもう少しお金を貯めてからにしますよ。そんな事より、石崎先生だって相手ならすぐに見つかりますよ」


 石崎は大友の言う意味が良く話からなかった。

 最近では周りの友人は全員結婚し、石崎が取り残されてしまった状態だ。

 婚活と言うものを始めなくては行けないのかと、本気で考えはじめ、最近はその手のサイトをパソコンで見る日々だ。


「相手って……私の周りは全員既婚者ですよ。子供が居る奴も少なくない」


「そのうちわかりますよ。もしかしたら、結婚は僕より早いかもしれないですよ」


 そういって大友は、クラスの様子を見に行くと言って出て行ってしまった。

 残された石崎は大友の言葉について考える。


「はぁ~、そんな相手居るなら紹介して欲しいよ……」


 ため息を吐きながら、また椅子にもたれかかる石崎。

 そんな石崎の元に、また誰かがやってきた。


「石崎先生」


「ん? あぁ、葉山先生」


 石崎の元にやってきたのは、音楽教師の葉山先生だ。

 この学校では一番若手の先生で、その容姿と優しい雰囲気で生徒(主に男子)に人気のある先生だ。

 長いウェーブの掛かったクリーム色の綺麗な髪をなびかせ、笑顔で石崎の元にやってきた。


「どうかしましたか?」


「どうかしないと来ちゃいけませんか?」


「ん? 嫌、そういう訳ではないのですが…休憩ですか?」


「ハイ、それと石崎先生に用があって」


「用事あるんですね……」


 笑顔の葉山が、石崎は苦手だった。

 何を考えているのかよくわからないし、石崎に対してだけ少し意地の悪い時がある。

 嫌われているのでは? そう思った事も石崎は度々あったのだが、なぜか毎回話かけてくるし、たまにお茶を入れてくれるので、そうではないのだろう。


「これ、一緒に行っていただけませんか?」


「映画ですか?」


 葉山が石崎に渡してきたのは、映画のチケットだった。

 恋愛映画で、今人気のある映画だ。

 なぜ自分にこんなものを渡してくるのか、石崎には分らなかった。


「あの、自分がこういう事を言うのはあれなんですが……こういうのは彼氏や友人と行くものでは?」


「はい、だから石崎先生を誘ったんです」


「いや、葉山先生若いんだから、もっと若い友人と……」


「石崎先生は私と友人ですらないと?」


 葉山のこういうところが、石崎はわからなかった。

 まだ、25になったばかりならば、友人もまだ結婚している事は無いだろうし、誘える友人だって多いはずだ。

 なのに、なぜ自分にこのチケットを持ってくるのか、石崎には謎だった。


「いえ、そういう事ではなく……もっと年齢の近い友人とか……彼氏と行くべきなのではないかと…」


「大丈夫です。彼氏は居ませんから!」


「そ……そうですか……」


 彼氏の部分を強調して言う葉山に、そんなに触れて欲しくなかったことなのだろうか? と思いながら、自分の発言を後悔する。

 そんな二人の様子をこっそり見ている、職員室の先生たちは、コソコソ2人について話始める。


「はぁ~、石崎先生も鈍感ですね……」


「最近の若い人は、他人に興味が無さ過ぎですな~」


「私は、あの二人のあの感じすきですね~。女房と出会った頃を思い出すんです」


 先生の中でも年齢層が高い3人の先生が職員室の隅でお茶を飲みながら、石崎と葉山について話し合う。


「私は応援しますよ、葉山先生を。石崎先生はあんな感じだが、中身は凄く良い人ですから」


「田中先生、職場でそんな事になったら大変ですよ! どちらか移動になりますし、こっちが気を使ってしまいます」


「まぁまぁ、吉浦先生」


 田中と呼ばれこの先生は3年4組担任の日本史の先生で、今年で50になる男性教師だ。落ち着いた性格で、生徒から相談を受ける事も多い。

 辛口の発言をした吉浦先生は数学教師で、2年2組の担任で、今年で53になる。少し厳しいが、生徒を第一に考える先生だ。


「それでもいい事ですよ、仲が悪いわけじゃないんだから…」


 最後に発言したのは、3年1組担任の赤坂先生で、美術の先生だ。今年で60を迎え、学校内でも高齢の部類に入り、いつもニコニコしていて、生徒からは「おじいちゃん先生」と慕われている。

 この3人は、石崎と葉山が今後どうなるのかを話し合うのが、最近の日課になっている。

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