第12章 後編5 草食系とお嬢様

 「まぁ、どうせまた話せたとしても、また楽しくお話出来る保証なんてどこにもありませんし、それにチャットでゲームを遊んでいる方とは連絡を取れますし」


 気が付くと私はなぜか、自分で自分の事を説得していた。

 認めたくなかったのだ、自分に恐怖を与えた男性話して楽しかったなんて……


「はぁ~、今日はなんだかやる気が起きません……」


 私はPCの置いてあるテーブルの椅子から立ち上がり、ベットに倒れ込んだ。なぜかわからないが、今日の男性の事が、頭から離れなかった。


「……お父様も余計な事を…」


 カチカチと音を立てて時間を刻んでいく時計をボーっと見つめながら、私は浅めの眠りに入っていった。



 帰宅した雄介を待っていたのは、いつもより三割増しくらいにスキンシップの激しい里奈だった。


「ユウ君お帰り~、ご飯食べる? それともお姉ちゃんを食べる?」


「あの……学校だったんじゃ…」


「速攻で仕事終わらせて、帰って来たに決まってるじゃな~い」


「あぁ、そうですか……」


 雄介は帰って来るなり、リビングに居た里奈に捕まり、ソファーに座らせられ、隣に座った里奈によって、軽く腕を掴まれ拘束状態になっていた。


「あの……紗子さんは?」


「お母さんは夕方に帰るって、だからもう少し二人っきりだよ」


「……」


 頼みの綱であった紗子さんがいまだに不在と知り、落胆する雄介。一向に雄介を離す気が無い里奈は、どんどん雄介の体に自分の体を密着させてくる。


「で、どうだったの~?」


「なにが、ですか?」


「決まってるじゃない、今日あった女の子の事! ユウ君の匂いしかしないって事は、そこまで密着はしなかったようだけど……」


「貴方は犬ですか……」


 雄介の服の匂いを嗅ぎながら、笑顔で言う里奈。今日はなぜか機嫌がいい様子で、常にニコニコしている。何かあったのだろうかと、雄介はそんな里奈の様子が少し不気味だった。


「まぁ、話をしましたけど、すごく失礼な人でしたよ」


 雄介は屋敷であった一連の出来事を里奈に話す。そして、話が終盤に差し掛かってくると、里奈は更にニコニコし始めた。


「そうなの! じゃあもうその子と会う必要は……」


「あ、でもそのメイドさんから頼まれて、たまに話し相手になる事になりました」


 雄介がそういった瞬間。里奈は笑顔のまま固まって、動かなくなってしまった。


「いや、なんかそのメイドさんに頼まれちゃって、断れなく出すね……」


 言葉を続ける雄介に、里奈は俯き気味に声を震わせながら、話した。


「じゃ……じゃあ、これからもその子と会うの?」


「そうなりますね、まぁでも話をするだけでしょうけど」


 雄介の言葉に、里奈は先ほどまでの笑顔とは違う、何か黒い笑顔を雄介に向けてくる。


「ふ~ん、そうなんだ……ところでユウ君」


「えっと……なんでしょうか?」


「いつになったら婚姻届けに判を押してくれるのかな?」


「何段階もすっ飛ばして何言ってんですか! てか、この話の流れでなんでそうなるんですか!!」


 雄介の話に、またしても暴走気味になってしまう里奈。雄介はまたしても恐怖を感じ、里奈から離れようとするが__


「駄目だよ~。ちゃーんとお姉ちゃんが役所に行ってコレ貰ってきてあげたから、あとはユウ君がハンコを押すだけだよ~」


「それ、婚姻届けじゃないですかぁぁぁ!!!!!」


 とうとう里奈は、本物の婚姻届けを持ち出してきてしまった。姉の暴走に、この先の家庭事情が不安になる雄介。


「うん、そうだよ。ユウ君はお姉ちゃんのだもん。それならこういう事は早い方がいいでしょう?」


「早いも何も、俺たちは付き合ってすらいません! 家族です!」


「もう~気が早いな~、家族だなんて……早く新しい家族も欲しいわね……」


「そういう意味じゃねぇぇぇ!!!」


 自分の腹部をさすりながら、雄介にうっとりとした視線を向けてくる里奈。

 結局、その後は帰ってきた紗子が里奈を取り抑えて、雄介はやっと自由になった。


「はぁ~、参ったな~」


 雄介は食事や入浴を済ませ、あとは寝るだけの状態で自室のベットに寝そべっていた。

 食事の時に、今日の事を雄介は紗子に報告したのだが、そこで紗子から面倒な事を雄介は言われてしまい、悩んでいた。


「あんたも織姫ちゃんと一緒に、完全に女性恐怖症を治しなさい」


 食事の時にこういわれてしまった。里奈の言う完全の基準が良くわからない雄介だったが、面倒な事に変わりはない。


「あの女と一緒にか……」


 雄介は今日出会った顔も直接見たことのない、声だけの彼女を思い出す。決して礼儀正しいとは言えず、ゲームが好きな少女の事を……


「あ~これなら加山の方がましかな~」


 雄介の口からそんな言葉が出てきた。確かに、最初は強引で少しわがままかと思っていた雄介だったが、慣れというものは恐ろしく、今では連絡先を交換し、メッセージのやり取りなんかをしている。


「今日もスゲーな~」


 雄介がスマホを開くと、メッセージアプリの中には、たくさんの加山からのメッセージがられてきている。雄介は今日も来ていたそのメッセージを一つずつ読んでいく。

 他愛もない話ばかりだが、返信をする以上は一応全部読んでおかねばならない、というのが雄介の決まりだった。

 見てみると、やはり加山も今日の事を知りたくてメッセージを送った様子だった。


「いちいちメッセージも面倒だな……」


 雄介はそう思うと、スマホを操作して加山に電話を掛け始めた。


『も…もしもし!!』


「あぁ、優子か?」


『ど…どうかした? 雄介から電話なんて珍しいね。びっくりした』


「あぁ、なんかお前からのメッセージにいちいち文章送るのも面倒だったから、こうして電話したんだよ」


『あ、そうだっんだ! で、今日はどうだったの?!』


 優子は若干うれしそうだった調子から、今日の話をすると言ったとたんに、少し口調が変わり、なんだか怒っているような口調になる。


「別に、普通だったけど?」


 雄介は優子に今日の出来事を話す。やはり、優子も里奈と同じく、これからも話相手になる、そういった瞬間に少しだけ不機嫌になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る