第2章 逃げる草食系
加山が帰った後、雄介は大変な目にあっていた。風呂に入れば、里奈が乱入して来たり、ソファーで座ってテレビを見ていれば、必要以上にくっついて来たりと、いつも以上にべたべたされてしまう。
最終的には、一緒に寝ようとしてきたのだが、雄介が必死になだめて、何とか一緒に寝ることは阻止ができた。
今現在は、朝の6時。雄介の部屋の目覚ましがジリジリジリと音を立てながら、振動で小刻みに揺れている。
雄介は、眠いのを我慢しながら目覚まし時計に手を伸ばし、音を止める。
まだまだ寝ていたいところだが、そうもいかない。弁当を作って学校に行かなければならないし、何よりも朝が弱い里奈を起こさなくてはならない。
「ねむ....」
無理やり体を起こして、ベットから降りて背伸びをする。息を吐きながら伸びた体を元に戻して、着替えを始める。
「昨日は散々だったな。」
ため息を吐きながら、着替えを終えて、雄介は部屋を後にして里奈の部屋に向かった。
部屋の前につき、ノックをするが返事がない。こんな事はいつもの事だ。
「里奈さん起きてください。」
ドアの外から声をかけるが、返事がない。
「開けますよ」
雄介はドアを開けて、部屋の中に入っていく。部屋の中は女性らしい明るい装飾になっていて、ぬいぐるみも何体か置かれている。
ベットの上には布団を蹴飛ばし、ベットの上で丸まってる里奈の姿があった。
「里奈さん起きてください。遅刻しますよ。」
「う~ん....ユウ君?」
「早く起きてくださいよ。」
「う~ん、おはようのキスは~?」
「下に居ますから、着替えて下りてきてくださいね。」
「む~、ユウ君の意地悪~」
雄介はそのまま一階に下りて朝食の準備を始める。
雄介に続いて里奈も一階のリビングに下りてきて、準備を始める。里奈は生徒会の役員のため、いつも雄介よりも早い時間に家を出るため、雄介はそれに合わせて少し早起きをしていた。
「ごちそうさま~。じゃあお姉ちゃん先に行くね。」
「分かりました、気おつけて行ってください。」
里奈は朝食を済ませると、すぐに鞄を持って玄関に向かった。その後を追うように、雄介はエプロン姿で玄関に向かった。
「忘れ物はないですか?」
「大丈夫だよ。そんな事よりもユウ君!」
「は....はい?」
いきなり眉間にしわを寄せて、雄介に迫る里奈。雄介は少し驚き身を引いた。
「昨日の加山とか言う子には気を付けるんだよ!何かされたらお姉ちゃんのクラスにきてね!」
「大丈夫ですよ。加山は人気者ですから、俺にかまってる暇なんて....」
「甘い!甘いよ、ユウ君。恋する女の子はすごいんだから!しかもあの子、相当積極的にユウ君の事狙ってるみたいだから、何されるか....」
「考えすぎですよ。とにかく大丈夫なので、早く行ってください。時間大丈夫ですか?」
「あ!大変!じゃあ行くね!」
勢いよくドアを開けて、家を出た里奈。雄介はリビングに戻り、学校の支度を
始めた。
雄介が家を出たのは、里奈が家を出た30分後だった。
「今日も暑いな~」
暑さに背中を曲げながら、いつものように登校する。昨日のことなど何もなかったかのように登校する雄介だが、心の中では相当に気にしていた。
(加山の奴、昨日の今日で何かしてくるだろうか?でも、流石に学校じゃあ人も多いし、目立った事はしないだろう。)
そんな事を考えながら歩いていると、もうすでに学校は目の前だった。校門前では、生徒会の人たちがあいさつをしている。その中にはもちろん里奈の姿もあり、笑みを浮かべながら、生徒一人一人に挨拶をしている。
里奈自身もかなりの美少女で、全校生徒通して人気が高い。挨拶された男子生徒も顔を赤くしながら返事を返していた。
責任感があり、勉強もできて性格も良いと、男女から人気があり。とても、家ではブラコンの姉には見えない。
「おはよう、里奈さん。」
「雄介、おはよう。さっき家で言ったばかりじゃない。」
「いや、一応ね」
里奈は学校では普通の姉としてふるまっていた。雄介が入学するときに、里奈の周りからの評価を下げないためにと、雄介が里奈に提案し、里奈もそれを渋々了承したため、学校では呼び方も普通にしていた。
「早く行かないと、遅刻するわよ?」
「そうですね。じゃあ、また....」
言いかけた瞬間、雄介の右腕に何やらやわらかい感覚と、甘い良い匂いが漂ってくる。
雄介が右腕の方を見ると、そこには....
「おはよう、雄介!」
満面の笑みを浮かべる加山がいた。
「げっ!加山!」
「げって何よ、失礼ね。」
雄介は思わず飛びのき、後ろに下がる。
「あぁ、すまん。おはよう。」
「うん、おはよ!」
「言いながら抱き付こうとしないでくれるか、また気絶しちまう!」
さりげなく雄介の右腕に腕を絡めてくる加山。それを良しとはせず、雄介は加山から距離をおく。
「そんな事言ってたら治らないでしょ、女嫌い。」
「順序があるだろ!」
加山と雄介が騒いでいるのを登校する生徒が食い入るように見ている。
「なんだあいつ、加山さんにべたべたと!」
「あれって副会長の弟だろ?うらやましい奴!!」
いろんなところから声が聞こえてくる。雄介はそれに気が付き、教室に向かおうとする。
「まってよ一緒に行こうよ。」
「なんでそうなる、一緒に行く意味がない。」
「同じ教室じゃん。」
「うっ!」
雄介と加山が話しているのを里奈は静かに聞いていたが、我慢が効かなくなったようで、笑顔のまま加山に近づく。
「加山さんごめんね。うちの弟はあなたに拒否反応を起こしてるみたいなの、教室には一人で行ってもらえる?」
雄介と加山の間に壁のように割って入る里奈。本当は昨日のように、雄介を抱きかかえながら、守ってあげたいと考えていたが、それでは雄介に嫌われてしまうため、我慢をしていた。
「いたんですか、お姉さん。」
「いたわよ、副会長だからね。」
加山が里奈を挑発する。それでも表情を崩さない里奈、その姿に加山は少し違和感を覚えていた。
「雄介、この人本当に昨日のお姉さん?昨日と反応が全然違うんだけど....」
「間違いなく里奈さんだよ....」
「なるほどね、学校では猫かぶってるんだ。」
「何の事かしら?早く教室に行かないと遅刻しちゃうわよ。」
加山の言葉を華麗にスルーし、里奈は加山を教室に向かわせようとする。
「そうですね、じゃあ雄介行こう。」
「残念ねもういないわよ。」
「へ?」
加山が振り向くと、さっきまでいたはずの雄介の姿はもうどこにもなかった。
雄介は加山と里奈の言い争いから逃げて、現在は校舎内に入り自分の教室を目指していた。
「朝から勘弁してくれよ....」
教室の前にたどり着き、ため息を吐きながらドアを開けて雄介は教室に入った。
いつものように雄介は席に着くが、先ほどの校門での出来事もあったため、HRが始まるギリギリまでどこかに身を隠すことにした。
「雄介、お前どこいくんだ?」
友人の慎が、教室を出ていこうとする雄介に声をかける。
「いや、ちょっとな。いろいろあって、HRが始まるまで教室に居たくないんだ。」
「なんだよ?いろいろって。」
「歩きながら話すよ、一緒に来てくれ。」
「あぁ。」
雄介は歩きながら昨日の出来事を慎に話した。話している間に二人は屋上に通じる、人気のない階段の踊り場にきていた。
「それって、マジ?」
「マジだよ、俺がこんな嘘つくと思うかよ。」
「まぁ、お前の女性嫌いは筋金入りだしな。俺はその理由も知ってるから、こんな嘘はつかないと思ってる。」
「まぁな、そのせいで朝から大変なんだよ。だからこうして教室から離れて、出来るだけ加山に接触しないようにしてんだよ。」
「フーン。まぁ、大変なのはこれからだろう。」
「なんでだ?」
「こんなことが知れ渡って見ろ、加山に好意を抱いてる奴らからの嫌がらせや脅迫だってあるかも知んねーぞ。」
慎の言葉に雄介は考える。
加山は同学年だけでなく、上の学年にも人気がある。その上、他校からもわざわざ告白しにくらい彼女は有名人でもある。
「....やばいかもな。」
「事の重大さに今更気づいたのか....」
「でも、加山だって学校では自重するだろ?」
「それは教室での加山の様子を見ればわかるだろ。もう時間だし、そろそろ行こうぜ。」
「もうそんな時間か、戻ろうか。」
雄介と慎は教室への道を歩き始めた。
教室につくと丁度チャイムが鳴り、担任の石崎が入ってきた。慎と雄介も急いで席に着いた。
前の席には、いつものように加山がいる。いつもと同じ加山の後ろ姿のはずなのに、雄介は少し変な感じがしていた。
「今村~。....今村?聞こえてるかー!」
「あ、はい。すいませんボーっとしてました。」
加山の事を考えて雄介はぼーっとしていたようで、石崎に注意を受けてしまった。
「じゃあこれでHRは終わりだ。今日も一日頑張れよ~。」
HRが終わり、石崎が教室から出ていった。雄介は加山から離れようと席を立った瞬間、前の席から腕を掴まれた。
「どこ行くの、雄介?」
「か....加山。」
雄介は加山に呆気なく捕まってしまった。女性とは普通に会話はできるが、触れられるのは一番嫌いな雄介。
「な....何か用か?加山。」
「ん?用がなかったら声かけちゃダメなの?」
「そうではないんだが....」
雄介と加山の行動に気づいたクラスの連中が、雄介と加山に注目している。女子からは興味の視線が送られ、男からは嫉妬の視線が二人に向けられる。
「みんな見てるだろ、腕を離してくれ。」
「良いじゃない、減るもんじゃないし~。」
「お....おい。」
雄介の腕をなぞるように手の方に指を下げていき、雄介の指に自分の指を絡ませる加山。
男子生徒は、何が起こっているんだ?と不思議に思いながら、怒りを込めて雄介を見ていた。
「だから、離してくれないか。」
「え~、ヤダ~。」
悪戯っぽく笑顔を浮かべながら、加山は楽しそうに話す。いつも加山と話をしている男女は何が起こっているのかわからないという感じで見ている。
「優子、ちょっといい?」
「どうしたの沙月?」
沙月と呼ばれた女子生徒に雄介は見覚えがあった。加山といつも一緒に居る子だった。大人っぽい雰囲気の長い黒髪のきれいな女子生徒だった。
「優子って今村君と何かあったの?」
沙月の言葉に、教室に居た全生徒が注目する。時が一瞬止まったように静まりかえり、加山は口を開いた。
「うん!昨日告白したんだ!」
笑顔で言う加山、更に静まりかえるクラス内。
「「「えぇぇぇぇーーーーー!!!!」」」
クラス全員が驚きの声を上げる。中には膝から崩れ落ちるもの、更には泣き出すものまであらわれだした。
「おい!加山、お前なに言ってんだ!」
「ほんとの事だよ?はっきり言った方が良いかと思って。」
「逆効果だよ!周りを見ろ!男子が全員泣き崩れてんだろ!!」
男子が泣き崩れている横で、女子は優子の元に駆け寄って、優子を質問攻めにしていた。
「いきなりどうしたの?優子そんなそぶり全然なかったじゃない。」
「なんで今村なの?もっとカッコイイ人だっていたのに....」
「もったいないよ~。」
雄介に対して随分な良いようである。しかし、そのおかげで、捕まっていた右手が自由になり、加山も質問攻めにあっていて、こっちに気づいていないようで、雄介はその隙に教室の外に出てきた。
「本当に大変な事になった....」
「だから言ったろ。」
雄介が後ろを振り向くと、そこには慎が立っていた。
「なんで助けてくれなかったんだよ....。」
「まぁ、これを機にお前の女性嫌いが治れば良いかと思ったのが半分だな。」
「もう半分は?」
「面白そうだったから。」
「おい!」
笑顔で言ってくる慎に対して、恨みすら覚えてしまう雄介。二人で歩きながらまた屋上の方に向かう。
「これで確実に学校の7割の男子を敵に回したわけだが、お前どうすんの?」
「何がだよ?」
「加山と付き合うの?」
「はぁ?付き合うわけないだろ。」
「なんでだよ、彼女としてはこれ以上ないほどのいい女だぞ。」
笑いながら雄介に言う慎、その言葉を聞きながら雄介はため息交じりに話し始める。
「お前だって知ってるだろ。俺の過去....」
「だからこそ、これを機に頑張って見ればいいんじゃないの?」
「他人事だと思いやがって。」
「まぁ、どうするかはお前次第だけど、加山はしつこそうだぜ。」
「そのうち飽きてくれるよ。」
話しているうちにチャイムが鳴ってしまい、雄介と慎は急いで教室に戻った。教室に入ると、男子は全員雄介の方を睨んでいた。その視線に少しおびえながら、雄介は授業を受けていた。
慎はその様子を面白がってみていた。加山は授業の合間の休み時間に毎回雄介に絡んでいた。雄介はそのたびに、トイレに行くといって加山から逃げていた。
そして現在は放課後。雄介は加山に捕まらないように、急いで帰りの支度を済ませて、急いで教室を出て昇降口に向かっていたのだが、加山ではない別の人たちに捕まってしまった。
「ど....どうしたんだ?わがクラスメイト諸君....。勢ぞろいして....」
雄介の目の前には、雄介のクラスの男子がほぼ勢ぞろいしていた。
「雄介君。ちょーッと来てくれる?」
雄介は言われるがまま、クラスメイトに連れられ、空き教室に来ていた。
「で、説明してくれるかな~。雄介君」
「おいおい、みんな顔が怖いぜ....」
「うるせー!!女に興味が無いとか言ってたくせに!なんで加山さんはお前にメロメロなんだよ!」
「いや....俺にも何が何だか....」
「俺たちはな、話すのがやっとだったんだぞ!なのになんだよ手握ってったじゃねーか!」
「あれは加山が無理やり....」
「黙れ!俺たちはな、お前はライバルから外れる唯一の信頼できる男子生徒だと思っていたのに.....。俺たちを裏切りやがってー!!」
「完全に逆恨みだろー!!」
雄介が叫んだと同時に教室が開いた。開いた扉の前には加山がバックを持って立っていた。
「もう~どこいったかと思ったよ~。」
ズカズカと教室に入ってくる加山。クラスの男達は加山のために道を開ける。
「さ、一緒に帰ろう。」
「加山、この状況でそれを言うか....」
加山は状況がわかっていないようで、雄介の言葉に首を傾ける。クラスの男たちはそれをただただ見つめていたが、我慢が出来なかくなったのかその中の一人が口を開いた。
「あ....あの、加山さん!」
「ん、なにかな?」
「いや、加山さんと今村って結局どんな関係なのかなって....」
一人が切り出すと、他の男達も加山の回答に注目し始める。クラスの男たちにとっては最後の希望なのであろう、男たちはその回答を静かにまった。
「うーん、将来的には恋人になる関係です。」
加山の言葉に沈黙する一同。
「じゃあ、私たち行くから、みんなまた明日ね~。」
「お...おい。」
雄介の手を引いて教室を出る加山。雄介たちがいなくなったあとの教室からは、悲鳴のような、叫びのようなものが聞こえてきた。
加山は雄介の手を引いて、昇降口までスタスタと歩いて行く。
「おい、加山。手を離してくれ。」
「え~、いいじゃんこのままつないで帰ろうよ~。」
「悪いがその気もない。」
雄介は握られていた手を振りほどき、加山を無視して歩きはじめる。
「む~、別に良いじゃん....」
「悪いけど、俺は本当にダメなんだ....。悪いが今日は俺一人で帰らせてくれ。」
雄介は呼吸を荒げながら加山に言った。
「そんなに嫌?」
小首を傾げる加山。しかし、雄介はそれどころではなかった。
「悪い、先帰る。」
「あっ!ちょっと!」
それだけ言うと、雄介は走って学校の外まで出ていった。
雄介はもうすでに限界だった、加山のせいで今日は女子との接触が多かった上に、加山の熱烈なアプローチが合わさって、必要以上に女性と接してしまった。
「勘弁....してくれよ....」
走り疲れて、よろよろと公園に入ってベンチに腰掛ける雄介。
「ハァ....ハァ....。最近は大丈夫だったのに....」
雄介はベンチに体を預けて深呼吸をする。
「ダメだ、里奈さんに電話しよう....」
自分の体調を考えて、里奈に助けを求めようとスマートフォンを取り出して、里奈に電話をかける雄介。
わずか二回ほどのコールですぐに里奈は電話に出た。
「ユウ君!どうしたの?!お姉ちゃんに何か用?」
「すいません。あれが出ちゃいまして....。調子が悪いので、迎えに....」
「三分で行くわ!!」
雄介が話し終わる前に電話は切れてしまった。
この症状は雄介が女性との接触でストレスがたまると起こってしまう現象だった。
普段は女性と接触してもそこまで長くは接触しないため、雄介自身が我慢をしているため、こんなことにはならない。
しかし、今回のように女性と接触したり、女性に対してストレスを感じると、吐き気や目まい、最悪は気を失うという症状が出てしまう。
「注意はしてたんだがな.....」
昨日今日で溜まっていたストレスが爆発して状が出てきたのであろう。雄介は立ち上がれなくなっていた。
「ハァ....ヤバい....な....」
雄介は気を失いかけていた。二日間でのこれまでにあまりなかったストレスが、かなり精神にダメージを与えているようで、気力がもう限界にきていた。
「ユウ君!!」
公園の入り口から声が聞こえる、そこには里奈が立っていた。
「り...な....さん。」
雄介は安心して、そのまま気を失ってしまった。
うす暗い部屋、カビ臭い畳、外は雨だった。
また昔の夢だ。雄介の目線の先には、まだ幼い男の子が、何かに怯えるようにして体を丸めている。
部屋のドアが開いて女性が入ってくる。
「やめて...痛いのはやだ...」
女性は眉間にしわを寄せ、鬼のような形相で男の子を殴り始める。
「痛いよ...やめて!」
雄介は背中から汗が噴き出すのを感じた。この子は幼いころの雄介だった。
毎日のように殴られた、ぶたれた。
「やめてくれ....」
静かに叫ぶ雄介、しかし女性にその声は届かない。
「やめろ...!」
雄介の前で幼い頃の雄介に暴行をし続ける女性。
「やめろッ!!」
「きゃあ!」
勢いよく雄介は飛び起きた。雄介は自室のベットに寝かされていたようで、ベットの脇には里奈がいた。
「ユウ君!大丈夫??」
慌てて里奈が雄介に駆け寄り、雄介の手を握って訪ねる。
「里奈さん、俺は...一体?」
「電話もらって、急いで行ったら倒れてるんだもん。心配したわ。」
里奈は涙を浮かべて雄介に言う。それを見た雄介は、また迷惑をかけてしまった。そう思いながら、自分の体質を恨んだ。
「気分は大丈夫?痛い所無い?」
「大丈夫だよ、それよりありがとうございます。里奈さん。」
「お礼なんていいわよ!ユウ君が無事で本当によかった....」
泣きながら言う里奈。そんな里奈をなだめながら、雄介は時計を見た。
「もう8時ですか。ご飯をつくらないと....」
「なに言ってるの!そんなのいいから、今日はゆっくりしてて。ご飯なら私が....」
雄介は里奈の一言に、一気に冷汗が出てきた。
「いや!大丈夫だよ里奈さん!食材も無いし、今日は出前取ろう!」
「あら?そうだったの?」
雄介が里奈を止めたのは、里奈の料理の腕は壊滅的なものだったからである。雄介も一度食べたことがあり、その時はあまりの破壊力に気を失ってしまった事を覚えていたからだ。
「それよりもどうしたの?ここ最近はこんなことなかったのに....。まさか、あの子のせい?」
「....そうじゃないよ。俺がいつまでたってもこんな体質だから....」
「それはユウ君のせいじゃないよ!全部あの時のせいで....」
「いつまでも引きずってるから、俺はこんな風に、里奈さんに迷惑をかけちゃうんだよ....」
「私は迷惑だなんて思ってないよ。私が好きでやってるの!」
胸を張って笑顔でいう里奈。雄介の事を励まそうとして言った事を雄介はわかっていた。
「なんだよそれ。」
笑顔で雄介も里奈に答える。
雄介は昔もこういう事があった、そのたびに里奈が助けてくれていた。そのたびに里奈は「好きでやってるの。」そう笑顔で言って雄介を励ましていた。その気遣いが雄介は嬉しかった。
出前のそばを食べ終えて今日は早めに寝てしまおうと雄介はさっさと風呂に入って部屋に向かった。
部屋につくとそのままベットに倒れ込む雄介。
「疲れた。」
額に手を当てながら目をつぶる。目をつぶると、あの夢の光景が、脳裏によみがえってくる。
なかなか寝付けずに困っていると、コンコンと二回扉をノックする音が聞こえた。
「ユウ君、起きてる?」
「起きてますよ、どうぞ。」
扉を開けて部屋に入ってくる里奈、服装は部屋着だった。
「どうかしましたか?」
「倒れてた時、うなされてたから、ちょっと心配になって。」
「大丈夫ですよ。もう寝るところです。だから後ろに隠した枕を持って部屋に帰ってください。」
「やっぱバレてた?」
「バレバレです。」
里奈は後ろに隠していた枕を前の方に持ってきた。
「最初からそれが目的ですか?」
ため息を吐きながら、呆れた顔でいう雄介。
「ち..違うよ!半分は本当に心配だったんだよ~。」
「半分は本気じゃないですか。」
そう言いつつも、雄介の元にジリジリと迫ってくる里奈。
「寝ませんよ。もう里奈さんも年頃なんですから、少しは自重してください。」
「大丈夫だよ!兄弟だから、一緒に寝るのは自然だよ!」
「だから、寝ませんって。」
その後、雄介は里奈を説得して部屋に返したが、夜中にこっそり布団に忍びこもうとしてきたため、雄介はやむなくソファーで寝た。
翌朝、雄介はソファーで目が覚めた、里奈は雄介の部屋で「ユウ君がいない!」と騒ぎながら下に下りてきた。
いつも通りの朝を迎え、今は学校へと登校する雄介。
昨日の事もあったため、雄介は学校に行くのが憂鬱で仕方なかった。
「気が重いな....」
重たい足を無理やり動かして学校に向かう雄介。学校が近づくにつれて、投稿する生徒がちらほらとあらわれてくる。
「おい、あいつじゃね?加山さんの彼氏って....」
「マジかよ!あんな普通っぽい奴が....」
ところどころから雄介を見て、ひそひそと話しをしている生徒が見受けられる。雄介はそんな視線を感じながら、一層憂鬱になりながら校門内に入っていった。
学校に入ると、視線はさらに多くなってきていた。ひそひそと何を離しているのかは、雄介にはさすがに察しはついていた。
教室に到着し、雄介はドアを開けた。
「......」
教室の中は静かだった、雄介が入ってきて静まり返ったのであろう。教室の視線をすべて集めながら、雄介は席に座った。
(怖い....ヤベー怖いよ....)
無表情だが、心の中ではかなりビビッている雄介。前の席に加山はいない、まだ来てはいないようだ。
(加山はまだ来てないようだな、慎もいないし屋上に避難しているか....)
雄介は教科書を机にしまうと、そそくさと席を離れて教室を出ていく。
「ねぇ、ちょっといい?」
「え?」
後ろから声をかけられて振り向く、そこには昨日加山と話をしていた沙月と呼ばれていた女子生徒がいた。
「えっと....沙月さんだっけ?なんか用?」
「うん、ここじゃあなんだし、ちょっと移動しようか。ついてきて。」
雄介は沙月に言われるがままについて行った。
沙月が連れてきたのは、屋上だった。朝という事もあり、屋上には人は誰もいなかった。
「急にごめんね、でも教室にはいたくないでしょう?」
笑顔を浮かべながら言う沙月。彼女もなかなかの美人だった、可愛いというよりはきれいなお姉さんと言った感じで、正直同い年には見えなかった。
「それで、何か用?」
「あのさ、優子に何をしたの?」
あぁ、そういう事か。そう思いながら雄介はため息をついて答えた。
「何もしてないよ。彼女がこの前突然家に来て、いきなり告白されて....俺も良く分からなくて困ってるんだよ。」
「そう....」
雄介がそう言うと、彼女は黙って顎に手を当てて考え始めてしまった。
「何もないんだったら、一人にして貰ってもいいかな?俺、女の人が苦手なんだ....」
「あ!まって、まだ話はあるのよ。」
「まだ何か?」
「あの子の思いに答えてあげてほしいの。」
真剣な眼差しで沙月は雄介に言う。その言葉に、雄介は不快感を覚えてしまう。
「それはつまり....加山と付き合えと?」
「そういう事よ。」
雄介は、なぜ沙月が加山のためにこんな事をしているのかが理解できなかった。それもそのはずだ、いくら友達のためとはいえ、普通はこんな事はしない。
「えっと....、なんで沙月さんがそんな事を俺に言うの?俺からしてもそうだけど、加山からしても余計なお世話だと思うよ。」
「そんなのはわかってるわ、でも優子が初めて自分から好きになった人だから、お願いしてるのよ。」
「初めて?あんなにモテるのに?」
「そうよ、あの子と私は小学校からずっと一緒だったんだけど、やっぱりモテてたわ。でも誰とも付き合わなかったわ。それどころか、初恋だってまだよ。」
「そんな事言われてもな....、高校生になったから、誰でもいいから付き合いたいとでも思ったんじゃないの?」
「あの子はそんな気持ちで恋愛なんて出来ないわよ!」
いきなり大きな声で怒鳴る沙月。雄介は驚き、思わず目を見開いてしまった。
「....ごめんなさい。でも、普通はそう思うわよね、モテるんだもん。」
悲しげな眼をしながら、若干うつむき気味で沙月はまた話し始めた。
「中学の時にね、あの子はストーカー被害にあったことがあるのよ。」
「ストーカー?」
「犯人は優子に告って玉砕した不良生徒....。要するに振られた腹いせね。」
「....」
雄介は黙って話の続きを聞いていた。
「まぁ、酷かったわよ。優子をつけまわしたり、変な手紙を出しまったり....」
「....苦労したんだな。」
「でも、こんなのはほんの一部よ。最後の方になると、そいつは仲間を使って優子を監禁しようとしたんだから。」
拳を握り、眉間にしわを寄せて怒りをあらわにする沙月。
「監禁?大丈夫だったのか?」
「その時は捕まる前に警察が動いてくれたから大丈夫だったわ。優子はその事がトラウマになって、地元から離れたこの学校に進学してきたのよ。」
雄介は驚いていた。いつも笑顔で、悩みなんて一切無いような顔で、毎日友達に囲まれているのが、雄介にとっての加山優子と言う女子生徒に対する認識だったからだ。
「だから、あの子が誰かを好きになるなんて無いと思ってた。だからこうしてお願いしてるの。」
「えっと....まだわからないんだけど、とりあえず俺がもし加山と付き合うとしたら命の覚悟が必要な事が良く分かった....」
「まぁ、そうね」
「あれ?意外とあっさり!」
さわやかな顔で、雄介の事はどうでもいいと言った感じで話す沙月。
「私がなんであなたにお願いしたかわ、あの子にこれ以上悪い虫が付かないようにしたいのよ。」
「どういう意味だ?」
「彼氏がいれば、少しは優子を狙う輩も減るでしょ?」
「そういう事か....」
雄介は沙月の意図をようやく理解しため息を吐いた。
「だからお願い。あの子、あなたにかなりご執心みたいだし、それに今村君って草食系男子ってもっぱらの噂だし。」
「俺ってクラスでそんな認識だったの....」
「だって、いっつも女子と話さないし....」
「まぁ....それもそうか。」
少々困った様子で答える沙月。雄介は早くここから立ち去りたいと思いながら、授業開始のチャイムが鳴るのを待っていた。
沙月と長く二人で話過ぎたようで、若干体調が悪くなり始めている事に、雄介はきずいていた。
「そういえば、今村君はなんで、優子からの告白断ったの?そんな事する男子がいるなんて、私思わなかったわ。」
「あぁ、ちょっとな....」
「好きな人でもいるの?」
「いないんだけど....」
「いないなら良いじゃない?」
「いや、それは絶対だめだ。」
「なんで?優子ってかなり可愛いと思うけど?そんな子に愛されてるのよ?」
「それは....」
雄介は正直に理由を言いたくなかった、理由は単純にこの体質を知られたくなったからだ。早く沙月から離れたかった雄介は、早くチャイムが鳴らないかを必死に祈っていた。
「今村君....もしかしてだけど、いつも女の子と話したりしないで、男子とばっかり話してるのと関係ある?」
雄介は思わず、もしかし感づかれたか?と思ってしまった。
続けて沙月が口を開く。
「もしかして今村君って....」
「な....なに?」
「......ホモ?」
「.....」
雄介は心の中で、「まぁそう思われちゃうよね」っと思いながら、心の中で泣いていた。
「いや....そっちではないんだけど....」
「本当に....?」
雄介から距離をとりつつ若干ひきつった顔を浮かべる沙月。
「じゃあ、なんでダメなの?確かにあの子は積極的すぎるとこもあるけど、普通に良い子よ。」
雄介は沙月を納得させるために、少しだけ訳を話すことにした。
訳を話すと沙月は半信半疑で信じてくれた。これで何とかなると雄介は思い、ほっとしていた。
「それで、優子からあんなに逃げてたのね。」
「分かってくれたらそれでいいよ。じゃあ、そういう事だから。」
「まって、だったらなおさら安心じゃない、あなたなら優子に変な事する心配もないし、あなたももしかしたらその女嫌い治るかもしれないわよ。」
沙月の提案に、雄介はまた面倒な事になってしまった、と後悔した。
「治るどころか、俺は体調が悪くなって、マイナスな事しかないんだが....」
「最初はそうでも、時間が経つにつれて、大丈夫になるかもしれないじゃない。」
沙月はしつこく雄介に頼んでくるが、雄介はその願いを聞き入れようとしない。気が付けば、あと少しでホームルームが始まってしまう。
「なんでそこまでするんだ?沙月さんにメリットは無いだろ?」
「....あの子がね、入学してすぐのあたりで、好きな人が出来たって言ってきたのよ。誰なのか聞いても全く答えてくれなかったんだけど、すごくうれしそうだった。」
好きな人とは恐らく雄介の事であろう。雄介は加山がいつから自分の事を好きだったかなんて事は気にしたことはなかったが、加山が入学式から自分に好意を持っていたなんて想像もできなかった。
「だからかな?あの子が初めて好きになった人だし、くっつけてあげたいってって言う、私のただの自己満足よ。」
「そう言われても、沙月さんのやってることが加山に知られたら、加山は多分起こると思うよ。」
「そうね....余計なお世話だものね....。それでもあの子には、笑顔でいてほしいのよ....」
意味深な事を言う沙月に、雄介は少し胸が痛くなった。雄介自身の理由もあるが、雄介は彼女の話をまともに聞こうともしなかった。
チャイムが鳴り、俺たちは教室に戻った。
教室に入ると、雄介の前の席には加山が座っていた。雄介は先ほどの話を聞いたあとだったので、昨日の事をとりあえず謝ろうと考えながら、席に着いた。
「おはよ、雄介。」
「あぁ、おはよ。昨日は急にわるかったな。」
加山はいつも通りだった、いつも通りの笑顔で雄介に話しかける。
教室の男たちは、その様子を恨めしそうに見ていた。
「うん、大丈夫。確かにいきなり一緒に帰るのはハードル高かったよね」
「いや....そうじゃないんだが....」
雄介は加山の笑顔を見るたびに、なぜか胸が痛んだ。
あんな話を聞いた後だからだろうか?そんな事をホームルーム中にずっと考える。
(加山はなんで俺みたいなのを好きになったのだろう?)
雄介がいろいろ考えている間に、ホームルームは終わってしまった。今日もこれから、加山に付きまとわれるのかと考えながら、雄介はまたしても憂鬱になる。
「雄介!」
案の定、加山が雄介を捕まえる。雄介はいきなり腕を掴まれてしまい、驚いてしまう。背中からは冷汗が流れ、体が女性を嫌っているのが良く分かった。
「な....なんだ、加山?俺はトイレに行きたいんだが....。」
「あ、ごめんごめん。すぐに終わるから!」
雄介は、すぐに終わるならばと、加山の話を聞くことにした。
「んで、なんだ?」
「あのね、私は雄介の事が好きだよ。」
「いきなりなんだ。話の本筋が見えてこないんだが....」
「でも、雄介は私の事どう思ってるのかなって。」
「だから言っただろ?こういう体質だから、付き合えないって。」
「そうじゃなくて、そう言うの抜きにして私の事は好き?」
加山は真剣な眼差しを雄介に向けてくる。雄介は加山の真剣さにきずき、これはちゃんとした答えを返さなければ、そう思った。
しかし、場所が悪い。今は教室で、しかも多くの生徒が雄介と加山に注目している、ここで変な事は言えない。
「それについては放課後に答えを出しちゃダメか?ここだとみんなに聞かれちまう。」
「え?....あ!....うん。」
最初に周囲の状況にきずき、みんなから見られていると分かった加山は、雄介の提案を了承した。
その後、雄介はいつもの通り授業を受けていた。
加山は、なぜかあまり干渉してこなかった。放課後の事を気にしてだろうか?あまり話しかけてくることも無い。雄介は久しぶりの平和に安堵しながら、放課後の事を考えていた。
そんな事をしているうちに、いつの間にか放課後。
屋上で待ち合わせをし、それぞれバラバラに向かう事にした。加山はもういなかった、一足早く屋上に向かったのだろう。加山をあまり待たせてはいけないと思い、雄介は教室を出た。
「どう言ったらいいか....」
なんと言って諦めさせるかを考えながら、雄介は廊下を歩いて行く。考えながら歩いていると、前方に沙月が立っていた。
「.....」
「無視?」
雄介が無視して通り過ぎようとした瞬間に呼び止められた。
「そういうわけではないんだが、急いでるんだ。」
「そう....。じゃあ一つだけ、答えは変わらないの?」
「あぁ、変わらないよ。」
「.....そう。じゃあ、私は優子を慰めるために待機してるわ。残念、優子とお似合いだと思ったんだけど....」
「そう思ってくれるのは嬉しいけど、彼女にはもっといい人がいるよ。」
そう言うと雄介は、再び屋上に向かう。
屋上のドアを開けると、そこには加山が立っていた。
「加山。」
加山は振り向き、雄介に笑顔を向けてくる。
「じゃあ、聞かせてもらっても良い?」
「あぁ、加山が良いやつだってのはわかってる。」
「それで?」
少し寂しそうな顔で加山は聞いてくる。
「悪いけど、俺にとって加山はそこまでなんだ。あんまり喋った事もなかったし、正直言うと苦手なタイプだ。」
「....」
「だけど、嫌いって訳じゃない。俺はこんな体質だから.....。だから付き合うのは本当に無理なんだ。加山がどんなに頑張っても、俺のこの体質は治らない、本当にごめん!」
俺は深々と頭を下げて謝った。頭を上げられなかった。
頭をあげて、加山の顔を見るのが怖かった。
「なんで謝るの?だ...大丈夫だよ!頭を上げて。」
頭を上げて加山を見る、いつも通りの笑顔だった。
「あ...謝るのは私だよ!迷惑だったよね?本当ごめんね!」
言葉を重ねる度に、彼女の目から涙が溢れてきそうになる。
「あ~あ、振られちゃった。でも、仕方ないか!女の子が怖いんだもんね!しょうがない、しょうがない!」
とうとう、雄介に背を向けてしまった加山。
「加山....あのさ.....。」
「ごめんね!それ以上なにを言われても泣いちゃうから......」
雄介は、加山に背を向けて扉の方に向かった。
「加山.....、ありがとう。好きになってくれて。」
加山に背を向けながら、雄介は素直な気持ちを加山にいう。
「.....雄介を好きになって、よかったよ。」
雄介は屋上を後にした。
屋上からは、加山の泣き声が聞こえてくる。
これで良い、そう思いながら、雄介は学校を後にした。
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