第18話

次の日。

休日で特に何もすることがなかったので一人一つ物語を作ることにした。

ジャンルは何でもよしの自由な作品。

二時間の制限時間を付け、残り時間は五分。

トモ以外は出来たと自分の作品を読み返す。

トモはどこまでできているのかと覗いてみると・・・・・・白紙だ。

「トモ! 残り五分だよ。頑張って」

「わ、私はもうとっくにできてるし! そんなことよりハルのはどんなやつなのよ」

 「ダメ。ハルくんのは、私が初めに見るから」

 ちーちゃんが俺の原稿を取ろうと手を伸ばしてくるがその手をトモが叩き落す。

 「ハルのは、私が初めに見るんだから!」

 二人の頬は膨れ上がり猫の威嚇のように「シャー」と擬音をわざわざ口で言っている。

 そんなことをしているうちに五分は過ぎ、アラームが鳴った。

 「それじゃあ誰のから見せる?」

 ちーちゃんはかるたのように素早くちゃぶ台の上に原稿を置いた。


 【さくら】

                   作者:山崎 智花やまさきちか


桜が嫌いだった・・・・。

ヒラヒラ落ちるのがバカにされてるように見えたから。

桜が嫌いだった・・・・。

綺麗で好かれていてもすぐに散ってしまうから。


桜が嫌いだった・・・・。


彼女に会うまでは・・・・。


「こんにちは、桜、綺麗ですね」


彼女に初めて会ったのは中学校の卒業式だった。

あのとき俺はまだ何も知らなくて

「桜なんて、風が吹けばみんな散っちゃうだろ」

名前も知らない年上の女性にそう言っていた。

「そうだね、でも散っちゃうから桜は綺麗に咲くんじゃないかな?」

そう言って視線を上げ、青々とした空をバックに風に揺れる桜を眺めた。

彼女は顔は笑っているけど。

何故か悲しい目をしていたのは今でも覚えている。


それから毎日高校からの帰りに彼女がいる桜通りを通って帰った。

彼女は俺を見るたびに

「こんにちは、今日も咲いているね、桜」

ニッコリ笑って言った。

けど、彼女のその笑顔は桜に視線を戻すとスッと悲しい目に変わる。

俺は何でそんなに悲しい目をするのかと何度も疑問に思ったが、結局聞けなかった。

いつか聞ける日が来ると、そう思っていたから。

「今日は何があったの?」

彼女の口癖だった。

初めは「特になにも・・・・」「別に・・・・」と冷たく返していたが、しだいに「今日は遅刻した・・・・」「今日は先生に怒られた・・・・」話題を自分から出すようになっていた。

彼女に会って一ヶ月も経っていないのに、彼女に会うのが楽しくなっていた。

彼女に会うためにわざわざ学校から家まで二十分も大回りして、この桜通りを通って帰った。

毎日が楽しかった・・・・。


桜がそろそろ散り終わるころ彼女は突然俺の前から姿を消した。


五月になって桜の木に緑の葉が目立つようになると、桜の木の前から彼女は姿を消した。

毎日会っていた人がいきなりいなくなると、俺の心にあった何かがスッポリなくなった気がした。

最初は何か都合ができたのだろうと思ったけど・・・・。

二日・・・・一週間・・・・一ヶ月・・・・

俺は毎日待っていたが彼女はあの桜の木の前に現れることはなかった。


彼女の名前も年も知らない俺は彼女を探す宛てがなかった。

だけど唯一俺に話をかけてきてくれた人で、俺のつまらない話を聞いてくれる人で、俺が初めて恋した人でもあった。

だから俺は最後に会った彼女を思いだそうとした。

彼女がいなくなったのは五月にはいってすぐのこと。

その前の日に彼女は「バイバイ・・・・」


”バイバイ”確かにそう言った

いつもは「また明日」と言っているのにあの日だけは”バイバイ”と言った。

あの挨拶の違いには意味があったのだろうか。

頭の中でぐるぐると考えていた。

それでも結局彼女のことがわからず夏になると桜通りをわざわざ通って帰らなくなった。

そして夏が終わり寒くなると同時に徐々に俺の記憶から彼女が薄れてしまっていた。


「こんにちは、桜・・・・咲きましたね」


一年生から二年生へ進級する三月に彼女は桜と共にやってきた。


もう咲く頃かなと思い出し、わざわざ桜通りを通って帰った日のことだった。

「お久しぶり・・・・」

俺は急にいなくなったはずの彼女にそう言った。

すると

「そうだったね・・・・お久しぶり?」

何故かぎこちなく答えた。

そよ風がそっと吹いて枝をザワザワと動かした。

そのザワザワという音が、俺には木が泣いているように聞こえた。


何故いなくなったのか?

彼女にそれは聞いちゃいけない気がした。

だから聞かなかった

「今日は何があったの?」

一年ぶりに聞いたその口癖・・・・

消えていた彼女の記憶が鮮明に思い出された

その日から大回りして桜通りを通って帰った。

桜通りは約二百メートルあって、道の両側に合わせて二十本の桜の木がある。

彼女はいつも桜通りの中間あたりにある一番大きな桜の木の下で桜を眺めて待っている。

「こんにちは」

「こんにちは、今日は何があったの?」

「今日は・・・・」

彼女は俺の話を聞くだけで、自分の話は一切しないとても不思議な人だった。

黒くて長い髪。

真っ白で綺麗な肌。

可愛いより綺麗が似合う顔なのに、性格は可愛いが合う人。

不思議なことに幼いわけでも老けているわけでもない。

とても不思議な人。


彼女に再開して十日。

俺は初めて彼女に聞いた。

「名前・・・・聞いてもいいかな?」

彼女は一瞬困った顔をした。

嫌だったのだろうか・・・・。

今更だけど、どうしても聞きたかった。

彼女の名前を呼びたかった。

しばらくしたあと彼女の口が動いた。

「来年、桜が綺麗に咲いたら教えてあげる」

戸惑ったが「わかった・・・・」と首を縦に振ると彼女は「ありがとう」と笑った。

来年・・・・綺麗に咲いたら、どういうことなのか全く分からないままだったが、その日は早めに帰った。


その次の日から彼女は名前と住所以外を話してくれるようになった。

「好きな言葉は?」

「うーん」

「じゃあ好きな色は?」

「白!」

「行きたいところは?」

「えっと・・・・」

彼女の反応はわかりやすい物だった

分からなかったら”うーん”や”えっと”と考えるが、分かっている物には反射的に答える。

そんな人だった。

彼女は毎日笑っていた。

桜をバックにいつも俺に話かけてくれた。

彼女が好きになった。

自然と桜も好きになった。

「ねえ、君は桜好き?」

彼女は桜を見上げながら言った。

もう四月の下旬、桜の木にはピンク色の花びらではなく青々とした葉っぱが目立ってきた。

俺に振り向きながらもう一度言った。

「ねえ、桜は好き?」


「好きだよ」


一瞬後悔した。だがすぐなくなった。

彼女は言ったのだ「ありがとう」と・・・・。

次の日から彼女はいなくなった。

桜の咲く季節にしか会えない彼女に少し落ち込んだ。


俺は毎日桜通りを通って帰った。

いつ彼女と再開できるか分からないが一日たりとも彼女を忘れたくなかった。

そんな思いから毎日、毎日桜通りを通って帰った。


時の流れは早く・・・・


時が春になるまで、あと寒い、寒い冬を一ヶ月待たなければならなかった

あと一ヶ月・・・・彼女との約束を思い出す度頬が緩んだ。


そんなとき・・・・


桜通りで火災があった。

真夜中に暴走族が桜の根元にタバコを消さないで投げ捨てたからだ。

乾燥している冬は火が周りやすくあの大きな桜までも灰にした。

「・・・・・・」

俺は桜を前にして声が出なかった。


”「来年、桜が綺麗に咲いたら教えてあげる」”


彼女が好きだった桜はもう咲くことは出来ない。

それでも彼女は一度くらい姿を現してくれるだろうか。

そう心のどこかで想って・・・・灰になった桜の木の下で目を閉じた。

生暖かい涙が頬をゆっくり流れるのを感じた。

そして、桜の木は蕾を一つもつけずに・・・・

春を・・・・迎えた。


高校三年生の春。

俺の前の桜は咲かなかった。

冬と同じ黒く塗られたただの木で、少し触れればパラパラと炭が舞う・・・・。

時間ギリギリまで桜を見て学校に行き、放課後はすぐ桜の木に走って夜までずっと彼女を待った。

来てくれるんじゃないか。

そんな希望を持ち続け彼女を待ち続けた。

もう季節が夏に変わろうとしていた。

周りの桜も緑が目立つようになってきた。

「・・・・なんで来てくれないんだよ」

小さく・・・・小さくつぶやきながら桜の前で拳を握った。

そして春が終わった。

彼女に会えない悲しさ・・・・。

何も教えてくれなかった彼女に対しての悔しさ・・・・。


そして、何も出来ない自分の愚かさ・・・・。

全て桜の前で流す涙の原因となっさた。

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