どーでもいい知識その⑦ コカコーラの「コカ」はケチュア語
「話を本筋に戻しますよ、ええ、嫌でも戻しますから。ミケランジェロさんの野郎は
「
ハイネの仮説を聞いた改は、思わず不信感を丸出しにしてしまう。酒、タバコ、ケンカと言った昭和の芸人的な生き様と、インテリジェンスな単語がどうにも結び付かない。
「本当に
最後の「ましたよ」に入った刹那、改はテーブルの下にスライディングし、先ほどまで天丼の入っていた
「何してんです?」
しかめっ面で問い掛け、ハイネはスカートの裾をぎゅっと引っ張る。改は実に心外だ。法を犯すほど、スカートの中を見る機会には困っていない。
「避難」
答えながら柔道の授業を思い返し、改はカメの体勢を取る。
「セオリー通りだと、この辺で制裁のラリアットだったりしちゃうんです」
歳末は何かと物入りだ。この上、差し歯の製作はご容赦願いたい。
「保健室で寝てましたよ」
――とか言いつつ、ハイネは出入り口への警戒を怠らない。
「陰口叩かれてんですよ? マリアナ海溝からだって浮上してきますよ、あの
北極のクレバスに突き落とされる?
酩酊させられ、ナイアガラの滝に投棄?
常人なら
改は奇襲に備え、マウスピースのようにおしぼりを噛みながら、辺りを探っていく。
出入り口以外にも注意を払わなければならない。突然足下から手が出てきて、床下へ引きずり込まれるかも知れない。天井裏に連れ去られる可能性も大いにある。なんか頭の中のミケランジェロさんが、ギーガーのデザインっぽくなってきた。
窓の外、
厨房、
冷蔵庫の中……。
全神経を索敵に集中しても、不穏な気配は捉えられない。
さすがに昨夜の
安堵の息を吐いた瞬間がフェイスハガーの見せ場だと知っている改は、油断せずに自販機の裏までチェックしてから席へ戻る。
兜代わりの
「最初の事件を担当したのは、〈タチバナ・インダストリアル〉さんです」
「タチバナさん、ですか。大手だったりしちゃいますね」
〈タチバナ・インダストリアル〉と言えば、改たちのスポンサーに比肩する大企業だ。〈
自販機にJKのスマホ、建設現場や路駐の車――と、雑に見回しただけでも、胸焼けがするほどハトのロゴが目に飛び込んでくる。
「派遣されたのは、モリヤさんって言う〈
「モリヤさん、ねえ。下のお名前は判っちゃわないんですか?」
「……〈
申しわけなさそうに
「大丈夫! 相手が何であれ、強い強い改ちゃんがやっつけちゃいますから!」
落ち込むハイネを前にした改は、子供っぽく豪語し、景気付けに手を叩く。
「で、そのやっつける方法なんですけどね、改ちゃん、どーもネズミさんの大群が苦手だったりしちゃうんです。ウシさんの串じゃ相性最悪なんですよ。墓石を粉砕するって言っても、所詮は点での攻撃だったりしちゃいますし」
「この間は〈
「ええ、ネズミ男さん程度の大きさだったりしちゃいましたからね。けど、あれで怪獣とかになられちゃったら、おナスじゃ太刀打ち出来ませんよ」
「追い詰められた怪人が巨大化するのはお約束ですしね」
腕を組み、目を閉じたハイネは、整った顔を難しくしていく。
「……日本にはいもようかんが山ほどあるし」
「いっそ自爆とかしちゃいます?」
機密保持及び万が一の安全を考慮して、
「あれは死ぬほど痛いからやめたほうがいいです」
やんわり止めると、ハイネは目を開き、力強く頷いた。
「クラークさんに連絡して、〈コリカンチャ〉の最終調整を急いでもらいましょう」
ハイネの言葉を耳にした改は、ペッ! と鼻の下に指を当てる。
「それはカトウチャ」
即座に指摘すると、ハイネは座ったまま軽くヒゲダンスを踊った。
「『コリカンチャ』――『ケチュア語』で『金に囲われた建物』って意味ですね。『ケチュア語』って言うのは、インカ帝国の公用語です。現在、ペルーの公用語はスペイン語なんですけど、山岳地帯の原住民さんたちは、今でもケチュア語を使ってます」
「また古代インカ帝国ですか」
半ばボヤくと、改は両手を組み合わせて「トモダチ」の形にする。
「『古代』って関するほど、インカ帝国は古くないですよ。第九代皇帝パチャクティが、本格的にアンデス山脈周辺の征服に乗り出したのが一五世紀頃。第一三代、最後の皇帝アタワルパが絞首刑に処されたのが、一五三三年八月二九日です。日本で言うと室町時代ですね」
「コンドル、アルパカ、コカコーラの『コカ』、全部ケチュア語です。有名な『マチュピチュ』も、ケチュア語で『老いた峰』って意味なんですよ」
「老いた峰」があるなら、「若い峰」もあるとハイネは言う。マチュピチュの西側に
「『コリカンチャ』はインカ帝国の首都クスコにあった神殿です。インカ皇帝サパ・インカが、太陽神インティを礼拝するために使っていた重要な施設ですね。
現在、コリカンチャのあった場所にはサント・ドミンゴ教会が建っている。インカ帝国時代の面影は、土台の石組みしか残っていないそうだ。
「帝国を侵略したスペイン人たちが、神殿を破壊し尽くしてしまったんです」
建物を壊したのは、キリスト教徒である彼等が異教に攻撃的だったのに加えて、壁の裏に財宝が隠されている場合があったからだと言う。一度に大量の金が運び込まれたヨーロッパでは、インフレが起きたそうだ。
「あれならやっつけられるはずです。ローランド・エメリッヒ版のゴジラくらいまでは」
鼻息荒くお墨付きを与え、ハイネは無駄に頼もしくファイティングポーズを取る。
「……国産が出て来ちゃった場合は?」
「無理です。
ネズミの怪獣さんがマグロ好きなのを祈ろう。
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