星占いの少女編 第8話
以前も利用したことがある、魔道具の店で、セイラとリインは雷砂への贈り物を注文して、ほくほく顔で店を出た。
品物の作成と調整には少し時間がかかるとの事だったので、受け取りは明日以降にし、今日は早めに宿に戻ることにした。
彼女達とは別に外出をしている雷砂とミカより早く戻らないと、雷砂が心配する。
雷砂を心配させたくない、それは姉妹の共通の思いだった。
しかし、物事というものは中々思ったようにはいかないものだ。
宿へと急ぐ二人の前に、柄の悪そうな数人の男が現れて道をふさぐ。
妹を背中に庇うように足を止めたセイラは、にやにや笑う男達の顔を一別し、すぐに別の道を選ぼうとした。
しかし、それすらも阻まれる。後ろからも、別の男達が現れて、彼女達の退路を遮った。
「用事をすませて宿に帰るところなんだけど、道をあけてもらえないかしら?」
無駄だと思いつつも、一応そう声をかける。
だが、案の上、男達はにやにや笑うばかりで道をあける様子はなかった。むしろ、少しずつ距離を詰めてくる。
(大きい街でそれなりに治安がいいからって、ちょっと油断しすぎたかしらね)
セイラは背中に庇いながら、何とか逃げ道はないかと周囲を見るが、男達は隙間なく二人を囲い込んでいた。
「用事があるなら、私とお話しましょうよ。妹は人間嫌いだから、見逃してくれないかしら?」
「人間嫌いだって構いやしねぇさ。第一、俺達全員をあんた一人で相手をしたら、あんた、壊れちまうぜ?」
男達の一人が、下卑た笑いとともにそんな答えを返す。
その内容から、男達がこれからなにをしようとしているのかが容易に推測が出来て、セイラは思わず唇をかみしめた。
リインの手が、すがるようにセイラの服を掴む。
なんとかして、妹だけでも逃がしてやりたかった。
だが、暴れるにしても相手の人数が多すぎる。
荒事になれていないセイラ一人が暴れたところで、すぐに押さえつけられてしまうだろう。
ここにいるのがもし、ミカであれば話は変わってくるのだろうが。
「……やっぱり、戦えるって大事よね」
今度、絶対ミカに戦い方を教えてもらおうと思いつつ、セイラはぼそっとつぶやきをもらす。
そして、妹の耳元に唇を寄せると、
「リイン。私があいつ等に飛びかかって隙を作るから、リインは逃げて助けを呼んできて?」
「それなら、私がおとりになった方がいい。セイラの方が、足が速い、でしょ?」
「ダメよ。私の方がリインよりもちょっぴり強いもの。こういう時は、強い方が戦うものよ」
小声でそんなやりとりをし、
「じゃあ、いくわよ。いい?」
妹にそう声をかけると、正面の男に長い足でしなやかな蹴りを放つ。
セイラは舞いを生業にしているだけあって、それなりに身体能力は高い。
今回も、体重を乗せた、スピードのあるいい蹴りを放てた、そう思った。
しかし。
彼女の足は、男の顔に届く前に大きな手の平に受け止められてしまう。
そしてそのまま、ぐいと足を引かれて地面に引き倒されてしまった。
リインの方も、逃げようと動きだそうとした瞬間に、背後の男に羽交い締めにされていた。
せめて大声で助けを呼ぼうとしたのだが、その前に意識を刈り取られてしまった。
地面に倒れ込んだセイラは、ぐったりとして男に担ぎ上げられようとしているリインを見て、唇をかみしめる。
それから、自分の足を掴んだままの男を睨み上げた。
「色っぽい格好だなぁ、ねーちゃん……いや、舞姫さま、だったかな?で、そっちの寝ちまったねーちゃんが歌姫さま、か。こんな綺麗な女を好きに出来るなんて、俺達も運がいいや。そんなに睨むなや。うーんと可愛がってやるからよ」
そう言って、男が厭らしく笑った。
(この人達、私達の事を知ってる!?あえて、私達を狙ったの?)
そのことから導き出せる答えは一つ。
これも恐らく雷砂への攻撃なのだ。雷砂の心を、徹底的に痛めつけるための。
雷砂を傷つけるために、己の存在が使われる。
その事実はあまりにも耐え難く、無駄だと分かっていながらも、暴れずにはいられなかった。
「離して……離しなさいっ!!」
「……活きがいいのは結構だが、あっちの歌姫さまみてーにもうちょっと大人しく出来ねぇもんかな?」
じたばたもがき、抱え上げようとすれば爪を立ててくる様子に、男は辟易したような声を上げ、
「傷は付けたくなかったんだけどなぁ。仕方ねぇ」
そう言うと、大きな手を振り上げて、セイラの頬に叩きつけた。
たったの一撃で、意識を半ば刈り取られたセイラは、ぐったりと地面に伏した。
男はやっと大人しくなった彼女を抱え上げ、リインを抱えた男やほかの仲間とともに移動を始める。
男の肩に担がれ揺られながら、朦朧とした意識の中、セイラが最後に見たものは、楽しそうに笑いながらこちらを見ている一人の青年。
彼は少し離れた場所からこちらを見ていた。
まがまがしくも美しい、血のような赤い双眸で。
「見つけた!!」
そんな風に声をかけられたのは、ミカと一緒に思う存分買い食いを楽しんで、ぼちぼち宿へ戻ろうかと、そんな話をしている時の事だった。
なんだか聞き覚えのある声に、思わず振り向いた雷砂は目を見開く。
そこには、ここ数日、昼夜問わずに探し回ってもなお見つからなかった存在が立っていた。
ずっと走り回っていたのだろうか。
薄墨色の髪の少女は、肩で息をしながら雷砂の方に近づいてきた。
「知り合いか?」
「うん、まあ」
ミカの問いに短く返し、雷砂は少女へきちんと向き直り、彼女の顔をじっと見つめた。
数日前、占ってもらった時の彼女は、表情の薄い、顔立ちの整った人形のようだった。
だが、今は違う。
その面に浮かぶのは焦燥。彼女は酷く焦ったような表情をしていた。
「よかった。やっとみつけた」
血の気を失ったような色の薄い唇からそんな言葉がもれ、彼女の表情にわずかな安堵が混じる。
雷砂は小首を傾げ、
「オレを、探してたの?」
短く問う。
少女は頷き、お願いがあるのだと雷砂の顔をまっすぐに見つめた。
「もう一度だけ、あなたを占わせてください」
薄墨色の真摯な瞳が、雷砂の色違いの瞳を捕らえる。
別に構わないけどと答えようとした雷砂の隣で、
「占いって、あんたが雷砂に変な占いをした占い師か」
占いというキーワードから、そのことに思い至ったのであろうミカが、尖った声を出した。
己を糾弾する声を受けて、少女が俯く。
だが、少女は震えながらも再び顔を上げた。
目を逸らさずに自分よりもはるかに高い位置にあるミカの顔を見上げる。
「確かに、前回の占いはその人を傷つけるような内容だったかもしれません」
「そうだぞ。その占いのせいで、雷砂は暗い顔ばっかしてて、見てるこっちのほうも辛かったんだぞ!?」
「それは、本当に申し訳なく思います。でも、あの占いは偽りではありません。正真正銘、わたしが、己の力で占ったもの。占った経緯はどうであれ、真を得ている内容を、覆すことは出来ません。でも……」
ミカの強いまなざしに負けることなく少女は己の言葉を告げ、そして再び雷砂を真摯な瞳で見つめた。
「今度の占いはあなたを守るため。これ以上、あなたを傷つけないために、どうしても必要なんです」
「そんなの、信じられるかよ」
少女の言葉を受けて、ミカがそんな言葉をもらす。
しかし、その語調は弱く、彼女自身、少女の言葉に嘘はなさそうだと、感じているようだった。
「お願いです。占わせて下さい」
少女は深々と、頭を下げた。
「どうしてそこまで?」
そんな少女を見つめながら、雷砂は短く問いかける。
彼女とは、一度会っただけだ。
占い師とただの客、そんな関係にすぎない。
彼女がそこまで雷砂にこだわる理由は、なにも内容に思えた。
戸惑う雷砂のまなざしを受けて、少女は淡く笑う。
「あなただけです。意にそまぬ占いの結果を受けてなお、わたしに優しく接してくれたのは。わたしはただ、見たくないんです」
「なにを?」
「あなたが悲しみの淵に沈み、苦しみ絶望する姿を」
少女ははっきりとそう答え、そっと雷砂の手を取った。
「占いの方法は前回と同じです。すぐ終わりますから。占わせて、もらえませんか?」
請い願うように少女は雷砂を見つめた。
断る理由もないと雷砂が頷くと、彼女は本当に嬉しそうに微笑んで、そして静かに占いを始めた。
占いの手順は前回と同じ。
まずは手の平の相を余すことなく見て、そして雷砂の顔の相をみる。
それからゆっくりと目を閉じる少女を見て、雷砂もまた目を閉じた。
額にこつんと、少女の額が触れてくる。
すると、前回と違い、雷砂の脳裏に古ぼけた家、というか、倉庫のような建物が浮かんだ。
そしてなぜか、その倉庫が街の東の外れの一角にある建物だという事が分かる。
それはとても不思議な感覚だった。
「見えましたか?」
少女の声に、雷砂はゆっくりと目を開ける。
「ああ、見えた」
「そこに、あなたの大切なものが捕らわれています。まだ、間に合います。まだ、手遅れにはなっていないはずです。急いで、下さい」
その言葉を伝えた後、少女はずるずると地面に座り込んでしまった。
「おい!大丈夫か?」
「わたしは平気です。少し休めば元に戻りますから。それより、早く。手遅れに、なってしまう前に」
雷砂は頷いて、ミカを見上げた。
「オレはその倉庫に行ってくる。ミカはこの子と一緒にいてあげて。それで、彼女が回復したら、彼女の案内で追ってきて欲しい。場所は、分かるんだよな?」
最後の問いは座り込んでしまった少女に向かって。
血の気を失い青白い顔をした少女は、雷砂の問いにこくりと頷いた。
「一人で、平気か?」
「大丈夫。それに、オレ一人の方が速いしね。じゃあ、ミカ。この場は頼んだよ?」
心配そうなミカを安心させるように微笑み、雷砂は走り出す。
が、少し進んだところで立ち止まって振り向くと、自分を見送る少女に向かって、
「そう言えば、君の名前をまだ知らない。次に会ったら名前を教えて。オレのことは、雷砂って呼んでくれればいいから。それじゃあ、またな!」
そう言い置いて、再び駆けだした。少女の答えを待つことなく。
「……わたしに名前はありません。もう、忘れて思い出すことすらできない」
そんな雷砂の背中を哀しい瞳で見送りながら、少女は小さく小さくつぶやく。
その哀しいつぶやきは、誰の耳にも届くことなく、風の音で打ち消され消えてしまった。
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