星占いの少女編 第4話

 「なあ。今日はみんなどこかへ出かけるのか?」



 朝食の席で、雷砂は同じテーブルにつくなじみの面々にさりげなく尋ねた。

 最初に答えたのはジェドだった。



 「ん?一応、アジェスと一緒に街に出るかって話してるけど。なんだ?雷砂も一緒に行くか?」



 首を傾げて問い返してくるジェドに、雷砂は首を横に振る。俺は昨日、リインと色々見て回ったからいいよ、と。

 それから他の面々にも話を聞いていくと、セイラとリインは宿でのんびりすると言い、ミカはちょっと買い物に行ってくるとのことだった。

 最後に、ロウとクゥの二人に話を振れば、



 「マスタと一緒にいる」


 「クゥも、雷砂と一緒にいる~」



 当然の如く、そんな返事が返ってきた。

 そんな二人の様子に苦笑を漏らし、雷砂はしばし考え込む。


 ジェドとアジェスは二人で出かけるからまあ、放っておいても危険は少ないだろう。

 問題は一人で出かけるミカだが、彼女も身を守る術は心得ているだろうから、守りはきっといらない。

 そうは思ったものの、一応念のためだとばかりに、ミカにロウとクゥを押しつけた。

 ミカと一緒に買い物をしておいでと、二人それぞれに少なくない額の小遣いを渡してやりながら。



 「ミカ、二人をお願いできるかな?まだ、一般常識に疎いから、買い物の仕方とか、教えてやってくれると嬉しい」


 「おう、いいぜ。雷砂は来ないのか?」


 「今日は、宿にいることにするよ」


 「ふぅん。そっか」



 雷砂の返事に、ミカは少しだけ寂しそうな顔をする。

 それに気づいた雷砂は微笑んで、



 「今度、別の日に一緒に買い物に行こうな」



 と返した。

 それでミカはとりあえず納得したらしく、それはもう、嬉しそうな笑顔を浮かべた。



 「じゃあ、雷砂は今日、私とリインにつき合ってくれるの?」


 「うん。邪魔じゃなければ、だけど」


 「ばかねぇ。雷砂が邪魔なわけないでしょう?」



 セイラは微笑んで雷砂の頬に小さなキスを落とすと、今日は何をしようかしらね~、と今日の予定の算段を始める。

 その様子を微笑ましく眺めながら、雷砂はさりげなく周囲へも気を配った。

 他のテーブルでは、一座の面々が雷砂達と同じように食事をとっていて、今日の予定や明日の予定についての話をしている。


 雷砂はその話し声に耳を澄ましながら、単独行動をしそうな者はいないかのチェックを行う。

 幸い、雷砂が聞くことの出来た範囲では、単独で出かける者はいなそうだ。

 雷砂は周囲に気づかれないように、小さく小さく安堵の息をもらす。

 そんな雷砂を、リインだけが少し心配そうに見つめていた。







 その日は結局、セイラやリインと、何をする出もなくまったりと過ごした。

 ロウやクゥと一緒に買い物に出たミカも無事に戻り、内心ほっとしていた雷砂は、夜近くになって帰ってきたジェドとアジェスを見てその表情を凍らせた。



 「どうしたのよ、ジェド。その足」



 最初にそう声をかけたのはセイラ。

 うわぁ、痛そう、と呟きつつ、ジェドのために食堂のイスを引いてやる。



 「おう、悪いな、セイラ。助かるぜ」



 ジェドは、アジェスの肩を借りながら、イスに腰を下ろしてほっとしたように息をつく。

 その足には痛々しくも真っ白な包帯が巻かれていた。



 「ジェド、怪我、したの?」



 尋ねる雷砂の顔色は驚くほど悪い。

 ジェドはそんな雷砂の顔を不思議そうに見返しつつも、



 「ああ。まいったぜ。ちょっとどじ踏んじまってな」



 苦笑混じりにそう返した。



 「なにが、あった?」



 短く問うと、ジェドはアジェスと顔を見合わせた後、それがよくわからねぇんだよなぁ、と大まじめに首を傾げた。



 「今日は、アジェスと街中をぶらぶらしてたんだけどよ。夕方近い頃かな、不意に前から黒っぽい動物みたいなのが走ってきて俺の足下を通り抜けてったんだ。おいおい、危ねぇなぁって思ったら、足にすげえ痛みが走って、よろけたところの地面に穴があいてたもんだから、見事なまでにそこに足をつっこんじまってな。で、足首をぐきっとやっちまったって訳だ。ちょっと骨が心配だったし、アジェスにつき合って貰って一応医者に行ってきたんだ」


 「黒い、動物?」


 「ああ。それが不思議な話でな?俺ははっきりその動物を見たんだが、どうもアジェスは見てないらしい。アジェスの話じゃあ、俺がいきなり叫んで、勝手によろけて、穴に足をつっこんで怪我したようにしか見えなかったみたいなんだよなぁ。結構でかいやつだったんだけどな」



 しきりに首を傾げながらジェドが語る話に耳を傾けてから、アジェスの話も聞こうと目線を向ければ、彼も実に不思議そうな顔をしていた。



 「ジェドが言うように、俺はジェドの足を怪我させたって言う黒い動物なんて見てない。別によそ見をしてたわけでも無いから、見逃すはずもないと思うんだが。しかし、その動物は実際にいたはずなんだ。ジェドの足に、ちゃんとその証拠を残して帰っているからな」


 「証拠?」


 「おう。みてみるか?」



 言いながら、ジェドは己のズボンをまくり上げ、その足下を見せてくれた。

 足首の辺りまで巻かれた包帯の少し上、ふくらはぎの内側の辺りに、赤い筋がすうっと通っていた。



 「大して血も出なかったし、きれいな傷口だから消毒だけで大丈夫だろうって医者が言うからそのままにしてるんだけどな。でもな、不思議なのはアジェスが黒い奴を見てない事だけじゃねぇんだ」


 「どういうこと?」


 「この傷口さ、こんなに見事に切られてるのに、なんでか知らないけどズボンは切れてなかったんだよなぁ。実際に黒い奴がいたとして、一体どうやって、この切り傷をつけたんだろうなぁ」



 ジェドは、心底不思議そうに首を傾げた。



 (このままでは、貴方はいずれ、周囲の者に不幸をもたらす……)



 雷砂の脳裏に、星占いの少女のか細い声が響く。

 今までこんな事は無かったのになぜ急に、とは思う。だが同時に、やはりと言う思いもあった。

 急に、ではない。今までが、ただ幸運だったのだ。


 妙な奴に目を付けられているのにも関わらず、彼らと行動し続けたつけが、回ってきただけのこと。

 敵を侮って、のうのうと旅を楽しんだ雷砂へのつけが、これから他の人達に降りかかるかもしれないーそう考えるだけで心底恐ろしかった。


 一座の人数はそれなりに多く、一塊になって旅をしている間と違い、街中に散ってしまえば全てを守るのは難しい。

 かといって、全員を宿屋に閉じこめたままにすることも出来ないだろう。

 全てを守りたいなら、選べる方法は限りなく少ない。

 雷砂は、ジェドの足下に目を落としたまま、ぐっと拳を握り込む。何かを決意するように。



 (とにかく、旅の支度を急ごう)



 雷砂は思い、それからゆっくりとこの短い旅の中で出来た、自分の大切な者を順繰りに見つめた。

 彼女たちの平和な日常を守りたい。

 だが、その為には雷砂がここにいてはいけないのだ。今は、まだ。



 (永遠の別れって訳じゃない。ただ、今は、離れなきゃダメなんだ。出来るだけ、早く。)



 そんな雷砂の心の内を、セイラが知ればきっとものすごく怒る。

 そして哀しい顔をするだろう。

 だから雷砂は胸の内を慎重に押し隠す。少しでも表情に漏れ出ることが無いようにと。


 だが、それが逆に不自然なことに、雷砂は気づかない。

 表情を押し殺して隠す雷砂を、リインがまたしても心配そうに見つめ、セイラもまたそんな二人をじっと見つめる。

 後で色々聞き出さなきゃならないことがありそうね、とそんなことを考えながら。


 セイラの目には、雷砂とリインが何か悩んでいることなど、はっきり言って丸わかりだった。

 本当は、今日一緒に過ごした時間に聞き出そうかとも思った。

 だが、あえて雷砂やリインの方から言ってくるのを待とうと思ったのだ。


 しかし、どうやら事情は変わったようだ。ジェドの怪我が事態を急変させた。

 隠していても、雷砂の顔が色を失い表情が思い詰めているのは分かるし、リインはあからさまに雷砂を心配している事が伝わってくる。



 (これは今晩にでも話を聞き出してみないといけないかもね)



 だが、その晩、セイラは雷砂から話を聞くことは出来なかった。

 夕食の後、ちょっと出てくると一人外出した雷砂は、深夜を過ぎて朝日が昇る頃まで、宿へ戻ってこなかった。







 まるで味のしない食事を終えた後、雷砂は何か話をしたそうなセイラを振り切って夜の街へ出ていた。

 そうして街の中をあてどなく歩きながら、昨日の少女の姿を探す。

 こんな夜に、彼女が仕事をしているはずも無いことは分かっていたが、それでも動かずにはいられなかったのだ。

 彼女にもう一度話を聞いてみたい、その思いに背中を押されるままに、雷砂は夜の街をさまよい歩いた。


 だが、夜の闇が薄れ、空が白み始める頃になっても、雷砂は少女の痕跡さえも探し出すことは出来なかった。

 そうなって、初めて気づく。あの少女の異常なまでの気配の薄さに。

 いま思い返してみると、彼女の顔立ちすら思い出すことが出来ない。

 覚えているのは綺麗な顔立ちだったなという印象と、髪と瞳が薄墨色をしていたと言うことだけだ。


 雷砂は、登り始めた朝日が星の輝きをかき消し始めた空を見上げ、小さな吐息をもらす。

 そして、少女を捜すことを諦めて、宿へ向かって歩き始めた。

 宿に帰って仮眠をとって、それからもう一度彼女を捜しに出ようと考えながら。

 昼間であれば、昨日彼女が居た場所に再び店を開いている可能性も高いだろう。



 (会って何が解決するって訳でもないんだけどな)



 だけど、気になるのだ。彼女の存在が。

 なにか引っかかる。


 彼女を捜しながら、旅に必要な買い出しも平行して行えばいい。

 そして、準備が整い次第、旅に出よう。

 いつかまた、セイラのもとへ、大切な人達のところへ戻ってくるために。



 (明日はロウとクゥに街の中をそれとなく見回って貰おう。広い街だから、それで何もかもを防げるとは思わないけど)



 それでも何らかの抑止力にはなるはずだ。

 雷砂は一人頷き、家路を急ぐ。

 セイラ、心配してるかなぁと、彼女の顔をその脳裏に描きながら。







 「で、リイン。雷砂はどうしちゃったわけ??」



 夕食の後、部屋に戻ったセイラは雷砂が居なかったため、代わりに双子の妹を捕まえた。

 リインもそれは予測していたらしい。

 素直に頷いて、姉の求めに従った。


 語るのはもちろん、この街について最初の日に出会った占い師の事。

 そして、彼女が占い語った、その内容の事だった。



 「雷砂の光は強いから、闇を引き寄せて、その闇が周囲を不幸にする、か」


 「雷砂は気にしてないって言った。ただの占いだって。でも……」


 「まあ、雷砂の性格からして、気にしないわけ、ないわよね。ましてや、なんともタイムリーにジェドの奴が怪我なんかしてくれちゃったし」


 「ん。ちょっと、心配。顔色も、悪かった」


 「そうね……」



 頷きながら、セイラはジェドの怪我を見た時の、色を失った雷砂の顔を思い出していた。

 ほんの一瞬だけ見せた、泣き出しそうな思い詰めたような表情も。



 (どうしてこう言うとき、あなたは一人になろうとするの?今ここにいてくれたら、何も心配する事なんてないって抱きしめてあげるのに)



 セイラは心の中で、甘やかすのは上手なくせに甘えるのが下手な、誰よりも愛しい少女へ話しかけた。

 周囲から見れば、雷砂はとてつもなく強い存在に思える。だが、本当の雷砂はそれと同じくらいに脆くて弱い部分もあるのだ。

 セイラはそんな雷砂の弱い部分を今すぐにでも抱きしめて癒してあげたいと思った。

 しかし、雷砂は今、ここにはいない。

 全てを振り切る様に一人、宿を出てしまった。そのことを少しだけ、寂しいと感じた。



 「ジェドの怪我がたまたまなのか、それとも雷砂を狙った何者かのせいなのか、ちょっと判断は付きにくいけど、雷砂はきっと自分のせいだって思ってるわね。妙な事を考えないか、ちょっと心配」


 「妙なこと?」


 「ほら、この街を出るとき、雷砂は私達とは別な場所に行くって話、まえにちょっとしたでしょう?」


 「ん」


 「例えば、その出発を早めようとするとかね。私達に、何かが起こる前に離れようって、考えるかもしれない」


 「確かに、ありえる」



 セイラの考えを聞いて、リインは神妙に頷く。

 雷砂は真面目だから、そんな風に思いつめる可能性は高いように思えた。



 「いつか必ず再会するにしても、一度離れてしまったらしばらくは会えなくなる。それなのに、きちんとお別れも出来ないなんて絶対イヤ」


 「私も。少しでも長く、雷砂と時間を過ごしたい」


 「うん。その通りよ。私だって、時間が許す限り、雷砂と一緒にいたいわ。……よし、ちょっと座長に話を通してくる」



 言いながら、セイラは勢い良くイスから立ち上がった。

 それを見上げたリインが目をきょとんと首を傾げる。



 「どうして座長?」


 「どうしてか分からないけど、雷砂は座長に一目を置いてるからね。ここを離れるにしても、まずは彼に話を通すと思うの」


 「なるほど」


 「だからとりあえず座長には、雷砂がすぐに出発したいって言ってきても、つっぱねるように脅しをいれてくるわ」


 「さすがはセイラ!頑張ってきて」


 「うん。頑張ってくるわ。それにしても、雷砂、帰ってこないわね」



 言いながら、セイラは心配そうに窓の外を見た。

 雷砂が宿を出たときはまだ暗くなりきっていなかったのに、もうすっかり外は闇に沈んでいる。



 「ちょっと心配」



 リインも頷き、姉の視線に釣られるように窓の外へと目を向ける。

 そして、その暗さに眉をひそめ、それから小さく吐息を零した。心配そうに、ちょっとだけ不安そうに。



 「そうね。でも、とりあえず先に休んでおきましょう?帰ってきたら、有無をいわさずに抱きしめて、説教して、強制抱き枕の刑にするつもりだけどね」


 「抱き枕……それ、いい」



 姉の考え出したオリジナルな雷砂専用の刑罰に、リインはうっとりと目を細めた。

 セイラは、そんな妹を見つめて思わず笑みをこぼす。



 「うーん。独り占め、といきたいところだけど、まあ、いいわ。じゃあ、交代でね?」


 「やった。契約、成立」


 「んじゃ、リインもこっちの部屋で一緒に寝るわよ。雷砂がいつ帰ってくるか分からないし」


 「わかった。じゃあ、準備してくる」


 「それじゃ、一緒にでましょ?私は座長のところへ行ってくるわ」



 そうして二人は連れだって部屋を出た。

 色々話しているうちに、時間はいつのまにか深夜近く。

 イルサーダはすっかり夢の中なのだが、そんなことは知ったこっちゃない。

 セイラはイルサーダを叩き起こして自分の目的を達成し、リインと仲良く眠りにつくのだった。

 戻らぬ雷砂を待ちわびながら。






 少し空が明るくなり始めた頃。

 宿に戻って、いつもセイラと一緒に寝泊まりしている部屋に帰った雷砂は、ベッドの中で眠るよく似た二つの顔を見つけて、何とも言えない優しい笑みを浮かべた。

 二人を起こさないように静かにベッドに歩み寄り、それぞれの頬にそっと唇を落とす。

 そして、ソファーで寝るかときびすを返そうとしたが、ベッドから伸びてきた腕にあっけなく捕らえられた。

 そのまま抵抗するまもなく布団の中へと引きずり込まれ、お腹と胸に腕を回されてぎゅう~っと抱きしめられる。



 「ふふふ……抱き枕……」



 嬉しそうなセイラの呟きに、



 「セイラ?起きてるの?」



 雷砂は身動きできないまま問いかける。

 だが、返事は特になく、気持ちよさそうな寝息だけがただ聞こえた。

 なんだ、寝てるのかと、体の力を抜いた瞬間、今度は反対側からもぎゅむっと抱きつかれた。

 ほっそりした腕が頭にからみついて、正直体勢がきつい。

 だが、雷砂はふりほどこうとはせずに、



 「リイン?」



 小さな声で呼びかける。起きてるのか、と問うように。



 「抱き枕……私にも、分けて……」



 だが、帰ってきたのはそんな寝言だけ。

 雷砂は微笑み、目を閉じる。

 セイラとリイン、二人の寝息と鼓動に、耳を澄ませて。

 大切な人の体温に包まれ眠る、その幸せを噛みしめながら。


 別れの時は近い。

 きっと思っていたよりも、ずっと。


 でも、今だけは。


 今だけは、この穏やかな空気の中で、何も考えずに眠りたい。

 雷砂はそう思い、その思いのままにゆっくりと眠りに落ちていった。

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