SS 雷砂、初めてのお酒の巻①
酒は別に初めてではない。飲んだことはあるが、美味しいと思えなかったからあまり飲まなかっただけだ。
だがこの日、ミカが一座に加わった歓迎会と称したどんちゃん騒ぎの時はちょっと勝手が違っていた。
まず、補給が済んだばかりで、酒などの嗜好品がそれなりに馬車に積み込まれていたこと。
イルサーダに言わせると、これがないと騒ぐ酒好きがそれなりにいるから、いつも補給の際はきちんと仕入れることにしているらしい。
まあ、これはいい。仕方がない。
一座のみんなだって、たまには酒の飲みたい夜もあるだろう。
第二に、酒好きのミカが、一座への手みやげとして相当量の酒を持ち込んだこと。
彼女としては、世話になる以上何か用意しないととそんな気持ちで持ち込んだのだろうが、何故酒を選ぶのか理解に苦しむ。
恐らく、一座の半数以上は喜ぶだろうが、雷砂のように酒を飲まない人間に言わせれば、旨い食べ物の方がまだましだと思う。
が、まあ、仕方がないと言えば仕方がない。ミカなりに新入りとして気を使った結果なのだから。
第三に、何故かガッシュまでもが酒を持ち込んだ。
妹が世話になるからとそれはもう大量に。
何で酒なんだ?と問いかけたら、ガッシュは答えた。ミカが必要以上に飲むから、足りなくなったら悪いと思ったのだ、と。
雷砂はため息をついた。ガッシュは、雷砂が思う以上に妹に甘い男だった。
そんな訳で、酒の在庫は潤沢にあり、酒を飲む口実も揃っている。
これで宴会にならないわけがないと思っていたら、案の定そうなった。
旅の序盤も序盤。出立したその日の夜の野営地で。
ご丁寧にも魔物や獣除けに、イルサーダの結界を張っての、全員揃っての大宴会。
本当に、ご苦労なことだ。それが雷砂の正直な感想だった。
その夜の宴で、最初に雷砂の元へ酒を持ち込んだのはジェドだった。
奴は麦酒という黄色くて泡がしゅわしゅわした、ちょっと苦みのある味が特徴の酒を浴びるように飲み、その勢いで雷砂に絡んできた。
「よーう、雷砂ぁ。お前、ちゃーんと飲んでんのかぁ??」
酔っぱらい特有の間延びしたしゃべり方のジェドをちらりと見て、雷砂は自分のグラスを掲げる。
そこには、アルコールの一切入ってない果実水が入っていた。
一応雷砂は未成年なのでそれで正解のはずなのだが、酔っぱらいに常識など通用しない。
それじゃあダメだとばかりに、二つ持っていたジョッキの一つを雷砂に押しつけてきた。
雷砂は嫌そうな顔をしつつ、だが断りきれずにそれを受け取って鼻を近付ける。
アルコールの臭いはそんなに強くない。
だが、美味しそうな臭いもしないし、正直あまり飲みたい代物では無かった。
しかし、ジェドは飲めと言う。
まあ、高々一杯飲んだところで大して酔いはしないだろうし、仕方がないと諦め、雷砂はジョッキを口元に持って行って一気にあおった。
その液体は、苦くて、ちょっと酸っぱくて、正直ぜんぜん美味しくなかった。
雷砂は思わず涙目になりながら、空になったジョッキをジェドへと突き返す。これで気が済んだだろうとばかりに。
だが、ジェドはどうやら雷砂の飲みっぷりにいたく感動してしまったらしい。
目を輝かせて、もう一個のジョッキを押しつけてくるので、どうやって断ろうかと思案していると、不意に後ろから肩を抱き寄せられた。
驚いて横を見ると、そこにいたのはほんのりと目元を赤くしたアジェス。
「雷砂、飲んでるか?」
そんな問いに、
「ジェドに飲まされてるよ」
ちょっとうんざりしたように返す。
アジェスはジェドの持つジョッキに目をやり、ふふんと笑う。
そして雷砂に小さなグラスを突きつけた。俺の酒も飲めと言わんばかりに。
嫌々受け取り、アジェスを見上げ、まずは鼻を寄せて匂いをかぐ。
その酒はうっすら黄みがかっているが、ほとんど無色透明で、何となく甘いような匂いがした。
「ちょっと、甘い匂いがする」
「ああ。それは穀物から作った酒でな。甘みもあるが、飲み口は意外に爽やかだ」
「苦くない?」
「ああ、苦くない」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
「……じゃあ、飲んでみる」
ジェドの酒よりましだろうと、雷砂はグラスに口を付け、これまた一気に飲み干した。
その飲みっぷりに、アジェスとジェドが感嘆の声を上げる。
今度の酒は、さっきの酒より格段に強いものだった。
一息に干した喉は焼けるようで、頭の芯がカッと熱くなる。
ジェドの酒よりまずくはないが、あまり飲むと危ないなーそう判断した雷砂は、さっさとグラスをアジェスへと返した。
「ん?気に入らなかったか?」
「ジェドのよりいいけど、ちょっと強いよ」
「そうか?この強さもこの酒の良いところなんだがな」
「うーん。分からないでもないけど、もうちょっと大人になったら付き合うよ」
雷砂が苦笑混じりに答えると、アジェスは渋々ながらも頷いて、その矛先をジェドへと変えてくれた。
「むぅ。まあ、仕方ない。じゃあ、ジェド。雷砂の代わりにお前が付き合ってくれ」
「え~、その酒飲むと、次の日が辛ぇんだよなぁ~」
「いいからこっちへ来い」
引きずられていくジェドを見送って、雷砂は小さく息をつく。
吐き出す息がすでに酒臭い。
雷砂は顔をしかめて、さっきまで飲んでいた果実水のグラスを探す。
だが、見つけた果実水はすでに別の相手の手の中にあった。
「それ、オレのなんだけどな、クゥ」
雷砂は困ったように笑って、自分より低い位置にある白い髪をそっとなでる。
クゥはきょとんと雷砂を見上げて、
「あ、雷砂。これ、おいし~ね?クゥ、喉が乾いちゃった」
答えにならない返事を返してにこっと笑った。
仕方ないなぁと小さく息をつき、クゥからグラスを取り戻すことを諦めた雷砂は、新たなグラスを求めて周囲を見回した。
そんな雷砂の目の前に、すっとグラスが差し出される。
差し出した相手を見れば、そこにはミカが機嫌良さそうに笑って立っていた。
「飲みもん、探してたんだろ?」
「いいの?」
「おう!」
雷砂はグラスを受け取り、ぐっとあおる。
果実水の甘さが喉にしみた。
お酒を飲んだ後だからか、なんだかいつもより美味しい気がして、雷砂は名残惜しそうに空になったグラスを見つめた。
「ん?もっと飲むか?かせよ。持ってきてやるから」
「うん」
素直にグラスを渡すと、ミカは酒を飲んでいるとは思えないような身軽な足取りでお代わりをつぎに行ってくれた。
そして、何個かのグラスを持ってきて雷砂の前にどんと置く。
「何回も取りに行くのも面倒だし、いっぱい持ってきたぞ。さ、遠慮せずに飲めよ、雷砂」
「うん……」
雷砂は素直に頷いて、次から次へとグラスを空けていった。
次第に思考にもやがかかり、体がふわふわしてきてやっと、雷砂は何かがおかしいと感じた。
とろんとした目でミカを見上げ、
「これって、果実水、だよね?」
「ん?似たようなもんだけど違うぞ?癖の少ない酒を果実水で割ったんだ。これなら雷砂も飲みやすいと思ってさ」
ミカが悪気のない顔でにかっと笑う。
雷砂は手の中にある杯を無表情に見つめ、もうどうにでもなれとばかりに、それも一気に飲み干すのだった。
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