小さな娼婦編 第56話

 好きーリインにそう告げられて、雷砂は嬉しそうに微笑んだ。

 無防備に、あどけなく。



 「ありがと。すごく、嬉しいよ。リイ……」



 最後まで言葉を紡ぐことなく、唇が柔らかな何かで覆われる。

 近すぎるぐらい近くにリインの顔があって、雷砂は驚きで目を見開いた。

 触れあうだけの短いキス。

 恥ずかしそうに目元を染めて、だが真っ直ぐに自分を見つめているリインを、雷砂はぽかんと見返した。

 頭が混乱していて、思考が追いつかない。



 「えっと、あの……リイン?」



 その行為の答えを求めるように、リインの名を呼ぶ。

 だが、それに答えることなく、再びリインの唇が雷砂を求めた。

 今度はさっきよりも少しだけ深く、長く。


 リインはセイラの妹で、雷砂にとっては可愛らしいお姉さんの様な存在で、口移しとか添い寝とかはしたことが無いではないが、こんな風なキスは初めてだった。

 戸惑いはあったが、嫌ではなかった。リインは、大切で心から大好きだといえる人だから。

 だが、その行為がセイラの目の前で行われていることに抵抗があった。

 彼女の妹とはいえ、他の人とキスをしているところを見せるのはどうかと思う。

 なんといってもセイラは雷砂の恋人なのだ。


 どうしていいか分からずに視線を泳がせると、こちらを見ているセイラと目があった。

 困ったように、助けを求める様に彼女を見つめる。

 だが、セイラも困った様な笑みを返すだけで、いつものように間に入ってくることは無かった。

 怒らせて、見限られてしまったのかと一瞬不安になる。

 だが、セイラが怒っているようにも見えなかった。



 「雷砂。私を見て」



 唇を離したリインが雷砂の頬を撫でた。

 その声に慌ててセイラからリインへと視線を移すと、彼女は少し切なそうに雷砂を見ていた。



 「セイラが、気になる?」


 「……うん」


 「雷砂の一番がセイラだって事は分かってる。私は一番じゃなくてもいい。雷砂が、好き」


 「お姉さんとして、だよね?」



 思わず問い返す。

 セイラが恋人なら自分は姉に。以前にリインが言い出した事だ。

 だが、リインは首を横に振った。



 「お姉ちゃんでいいと思ってた。セイラが雷砂の唯一の人だと思っていたから。私じゃ、セイラにかなわない。でも、他の女が雷砂に近付くのなら、話は別」



 他の女と、彼女が言うのはミカの事だろう。

 それが今回のきっかけになったのだとしたら、それは雷砂の自業自得だ。

 全て雷砂が、ミカを拒絶しきれなかったせいなのだから。



 「私だって雷砂に甘えたいし、もっと甘やかしたい。一緒に寝たいし、もっとべったりくっついたりしたい」


 「それだったら、お姉さんのままでも出来るでしょ?」


 「エッチなことも、したい。セイラと雷砂がしてるみたいな」


 「……」


 「これは、恋人じゃなきゃ、出来ないこと」



 リインは、懇願するように雷砂を見つめた。



 「私じゃ、イヤ?恋人にしたくない?私の事、キライ?」



 矢継ぎ早の質問に、雷砂は唇を噛みしめる。

 その問い方は卑怯だと、上目遣いにリインを軽く睨みながら。


 リインの事はもちろんイヤでもキライでもない。

 恋人にはしたくないんじゃなく、大切な恋人がもういるだけだ。



 「さっきも言ったけど、リインの事をキライなんてあり得ない。イヤだとも思ってない。ただ……」


 「じゃあ、好き?」



 その問いかけは卑怯だ、ともう一度思う。

 その問いに対する答えなんて一つしかない。リインだって、本当はそれを分かっているはずなのに。



 「好き、だよ」



 絞り出すように答える。

 どう探したってそれ以外の答えなど、雷砂の中には無いのだ。だったら素直に答えるしかないではないか。



 「嬉しい」



 リインが笑う。頬を染めて、幸せそうに。



 「私を、雷砂の恋人にして。きっと、幸せにする」



 いいながら、雷砂の体をぎゅーっと抱きしめてくるリインを、押しのける事なんて出来なかった。

 その背中にそっと手を回して抱き返す。

 そして目を閉じて、大きく息を吐き出した。諦めるように、心を決めるように。

 雷砂は心の中でセイラにごめんと謝りながら、



 「……うん」



 小さく小さく答えを返した。

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