小さな娼婦編 第49話
色々なショックからなんとか浮上して、セイラとクゥと一緒にギルド窓口のあるフロアへ戻ってきた。
先に仕事に戻って受付業務をこなすアトリをちらりと見た後、ミヤビのいるカウンターへと向かう。
まだ何となく、アトリと正面から顔を合わせるのが気まずかった。
助けて貰えなかったことを怒っているわけではない。
ただ、とにかく恥ずかしい……それだけなのだが、アトリは雷砂の態度をそうは取らなかったようだ。
目をそらした雷砂に気付いて、ショックを受けたように肩を落とす様子が視界の隅に映った。
だが、どうしても彼女の前に立つ気になれず、ごめんと心の中で手を合わせて、ミヤビの前に進み出た。
「こんにちは、雷砂。クゥ、良かったですね。雷砂が迎えに来てくれて」
ミヤビは雷砂に微笑みかけ、それから雷砂の服の裾をぎゅっと握っているクゥに話しかけた。
クゥは一晩ですっかりミヤビにもなついたようで、彼女の言葉に嬉しそうに可愛い笑顔を見せる。
そんなクゥの白い髪を撫でながら、
「クゥもすっかりミヤビになついたな。ミヤビ、色々気にかけてくれてありがとう」
柔らかく微笑んで礼の言葉を伝える。
それを受けたミヤビは、とんでもないとでも言うように胸の前で小さく手を振りながら、
「いえいえ。まぁ、仕事でもありますし、気にしなくていいんですよ?私もクゥと一緒に過ごすのは楽しかったですし」
そう、答えた。
雷砂は、そんなミヤビの嘘のない、素直な言葉に口元を綻ばせながら、
「うん。それでも、ありがと。で、依頼の報酬はもう貰えるかな」
小首を傾げて問いかける。
ミヤビはもう準備をしていたようで、カウンターの下から小さな小袋を取り出し、雷砂へと差し出した。
「ええ。準備できてますよ?大蜘蛛討伐の報酬が金貨30枚、冒険者を無事に救出した報酬が金貨20枚。併せて金貨50枚ですね。ちょっとかさばるので大金貨で用意しちゃったんですけど、良いですか?必要なら、ちょっとくずしますけど??」
「ん~。いや、このままで良いよ。じゃあ、もらっていくな」
答えて、ミヤビから小さな皮袋を受け取って踵を返すと、慌てたようなミヤビの声が追いかけてきた。
「あ、雷砂!伝言!!伝言がありました!!」
「伝言?誰から??」
「ミカさんから、です。雷砂が戻ったら会いたいって伝えてほしいって。本当は昨日伝えなきゃいけなかったのにうっかりしてて。すみません」
しょぼんと肩を落とすミヤビに、雷砂は気にしなくていいよと笑う。
「そっか。じゃあ、用事のついでに宿をのぞいてみるよ。大丈夫。ちゃんと昨日の内に伝言聞いたって事にしておくから安心して?」
「でも、それだと雷砂が怒られるんじゃあ……」
「ミカに怒られても怖くないから平気だよ。じゃあ、ミヤビ。またね」
そう言って数歩進み、雷砂は何かを思いついたように足を止めて振り向く。
「あ、そうだ。アトリに伝言をお願い」
「伝言?アトリに??」
聞き返しながら、ミヤビはちょっと離れた窓口でちらちらこちらの様子をうかがっているアトリを見た。
それから雷砂に目線を戻して首を傾げる。
「もしかして、アトリが何かしました?」
「ん?そう言う訳じゃないんだけど。アトリはオレが怒ってるって思ってるかもしれないから、怒ってないって伝えてほしいんだ」
「やっぱり、何かしたんですね??」
「うーん。アトリが何かをしたって訳じゃないんだ。どちらかというと、アトリも巻き込まれたほう、かな。ちょっと変なところを見られちゃったから何となく気まずいだけなんだ。次に会うときはちゃんと普通にするからって、言っておいて貰える?」
「ん~、とりあえず了解しました。詳細はアトリを後で問いつめておきますね。伝言も、きちんと伝えておきます」
「その、恥ずかしいからあんまり知られたくないんだけど」
「きっちりしっかり問いつめて聞き出しておきます!大丈夫ですよ。他の人には絶対に漏らしません」
安心して下さいと、ミヤビはとっても良い笑顔で微笑んだ。
なにを言っても聞きそうにないその様子に、雷砂はちょっとだけ困ったような顔をして、
「う……。まあ、いいや。とにかく、伝言よろしく。ミカの件は心配しなくて良いからね。じゃあね、ミヤビ」
でも最終的には諦めたように小さく吐息を漏らし、気を取り直したようにミヤビに微笑みかけて別れを告げた。
行こうか、とクゥの手を取り、少し離れた場所で待つセイラの元へと向かう雷砂の背中をミヤビはにこやかに見送り、自分の窓口へ『他の窓口へお願いします』の立て札を立てかける。
それから、まるで笑っていない目をアトリに向け、にこぉっと笑いかけると、
「アトリ、一緒に休憩取りましょうか」
と表面上はとても友好的に彼女を誘った。
アトリはそんなミヤビの様子に震え上がったが、彼女の誘いを正面から断る勇気はなかった。
「えっとぉ……」
救いを求めて周囲を見回すが、普段温厚な分怒るとものすごく怖いミヤビをよく知っている職員達は、仕事を理由に顔を上げるそぶりすらない。
結局、誰の助けを得ることも出来ず、
「……うん。休憩、いこっか」
がっくりと肩を落として、ミヤビに連行されていくアトリを職員たちは気の毒そうな眼差しで見送った。
ミヤビに連行されながらアトリは思う。
きっと、さっきの雷砂も求めた助けを得られずにこんな気分だったに違いない、と。
瞼の裏に焼き付いて離れない雷砂のあられもない姿にほんのり頬を染めつつも、アトリは助けるべき時になにも出来なかった自分の失態を心から反省するのだった。
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