小さな娼婦編 第47話

 艶のある真白の髪に、紅玉の様な双眸。

 人間離れした美しさの整った顔の少女は、雷砂と並べるとまるで一対の人形のよう。


 雷砂の顔見知りらしいギルド職員の女性に案内されて部屋に入ると、その少女はぱぁっと顔を輝かせ、雷砂に飛びついた。

 白く整いすぎた顔は美しい人形の様だったが、笑うと年相応に可愛らしい。

 少女の素直な笑顔が雷砂を好きで仕方ないと言っている様で、何とも言えず微笑ましかった。


 多分、恐らく、彼女はセイラのライバルの一人になると半ば確信していたが、その開けっぴろげな愛情表現を見ていると、毒気が抜かれ、何とも憎めない気持ちにさせられた。

 まあ、とはいえ、今後増えるであろう恋のライバル達をことごとく蹴落とそうなどという気持ちはセイラにはない。


 誰が雷砂に想いを寄せようと、そんなことは重要ではないのだ。

 大切なのは、雷砂がセイラを好きで居てくれること。

 そして、自分が心から雷砂を愛し続けること、それだけだ。

 まあ、時には焼き餅を焼くこともあるかもしれないが、それくらいは勘弁して欲しい。

 自分は聖人などではなく、どこにでもいるようなただの女なのだから。


 飛びついてきた少女をしっかりと受け止めて、雷砂は彼女の髪を優しく撫でる。

 少女は嬉しそうに笑い、それからちらりとセイラを見上げた。

 この人は誰だろうと言うように。純粋な好奇心に満ちた目で。

 その視線に気づいた雷砂が微笑み、少女の手を取ってセイラに対面させる。



 「セイラ、この子がクゥだよ。人としての常識にはまだ疎いから、色々教えてやってくれると助かる」



 まずはセイラにそう言って、今度はクゥへ。



 「クゥ、セイラだよ。ほら、挨拶してごらん?」


 「挨拶?」


 「うん。こんにちはって」



 雷砂に促され、クゥはセイラの顔を見上げた。



 「えっと、こんにちは?」



 微妙に疑問系な挨拶だったが、それを受けてセイラはにっこりと微笑んだ。



 「こんにちは、クゥ。セイラよ。よろしくね?」


 「セイラ?」


 「ええ。仲良くしてくれたら嬉しいわ」


 「仲良く?」



 クゥが戸惑ったように雷砂の方を見れば、雷砂はその頭にぽんと手を置いて、



 「セイラはオレの大事な人なんだ。だからクゥが仲良くしてくれたら嬉しいな」


 「雷砂の大事なら、クゥも大事にする」



 雷砂の言葉にクゥは神妙に頷いて、紅い瞳でセイラの顔を見上げた。



 「よろしく、セイラ。クゥ、セイラと仲良くする!」



 そう言って、にぱっと笑う。

 綺麗に整った顔が無邪気に笑う様は何とも可愛くて、セイラはクゥをきゅうっと抱きしめた。



 「ふふ。可愛い」


 「セイラとクゥが仲良くしてくれると、オレも助かる。出来ればロウとも仲良くしてくれると嬉しいんだけどなぁ」


 「狼の時はいいんだけど、女の子のロウはちょっと生意気なんだもの」



 そんな雷砂の言葉を受けて、セイラは少し唇を尖らせた。

 セイラの言葉に雷砂も思わず苦笑を漏らす。

 人間形態になったロウは、とにかく雷砂にべったりなのだ。

 セイラも、隙あらば雷砂にべったりしていたい人なので、ロウとは自然と雷砂の取り合いになってしまう。

 別に仲が悪いわけでは無いとは思う。

 雷砂を間に挟まなければ、それなりに上手くつき合っているように端からは見えた。



 「でも、まぁ、別に嫌いな訳じゃないから大丈夫。ちゃんと仲良くするわよ。その、そうしたほうが雷砂が喜ぶなら、ね」



 ちらりと雷砂を見て、セイラが答える。

 雷砂は微笑みを深めて、セイラの頬にそっと唇を寄せた。



 「ありがと。ロウもセイラを嫌いな訳じゃないんだ。ちゃんと、大切に想ってる。だって、オレがこんなにセイラを大好きなんだから」


 「あ~。ちゅう、いいなぁ」



 そんな二人を見て、クゥがうらやましそうな声を上げる。



 「オレが近くにいるときは、なにがあろうとオレがセイラを守る。だけど、たとえオレが側にいられないときでも、その時はオレの代わりにロウとクゥが、セイラを守るよ」



 雷砂は言いながらクゥの髪をそっと撫で、その瞳をのぞき込む。



 「な。クゥはオレの大事を守ってくれるよな?」


 「うん。守る!だから、あのね?」



 力強い宣言の後、クゥが何かをねだるように上目遣いで雷砂を見た。

 その白い指先が雷砂の服をちょいちょいと引き、内緒話をするように唇が耳元へ寄せられる。



 「うん?」



 小首を傾げてクゥの求めに応じると、



 「クゥにもちゅうして?」



 そんな囁きが耳に届く。

 どうしようかとちらりとセイラを見れば、彼女にもばっちり聞こえていたようで、仕方が無いなぁとばかりに苦笑を浮かべていた。

 雷砂は、うーんと首を傾げ、それから、まあいいか、とそっと白い少女の頬にキスを落とした。

 ぱっと顔を輝かせた少女の頬が紅に染まり、雷砂の腕に飛び込んでくる。

 その体を優しく抱き留めて微笑む雷砂を、セイラは何とも複雑な表情で見守るのだった。


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