小さな娼婦編 第38話
最初に攻撃をしかけたのは白い少女だった。
8本の蜘蛛の足を生かして、次から次へと太い足が雷砂を襲う。
だが、スピードとパワーだけの単純な攻撃が、そう簡単に雷砂を傷つけられるはずもなく、雷砂は攻撃を見極め、危なげなくかわしていく。
それを見た少女が微笑み、
「すごいね、雷砂。今までこれをよけた奴なんていなかった」
と誉めれば、
「オレをそこいらの魔物と一緒にするなよ?油断すれば痛い目をみる事になる」
ニヤリとわらってそう返す。
そんな雷砂の言葉に、少女はぽっと白い頬を紅に染め、
「私を心配してくれるの?やっぱり、雷砂は優しい」
嬉しそうに雷砂を見つめた。攻撃の手を、一瞬も緩めることなく。
雷砂には戦いの最中に相手を心配する趣味などないし、自分の言葉のどこをどうとって少女がそう思ったか分からずに、内心首を傾げる。
なんでそこで顔を赤くするのか全く分からないと思いつつ、雷砂は自分を貫こうと左右から迫る蜘蛛の足を剣でさばいた。
切り落とす事も出来ただろうが、敢えてそうせずに。
そんな雷砂の持つ剣に向かって糸が飛ぶ。
剣をからめ取られた雷砂は妙に素直に手を離し、空手になったのをいいことに、再度迫った蜘蛛の足を両手で抱えて投げ飛ばした。
自分の数倍もある蜘蛛の巨体を軽々と。
投げ飛ばされて宙を舞う少女の紅い目がまあるく見開かれる。
雷砂はその瞳をみつめて、どうだとばかりににぃっと笑う。
それにつられるように、少女の唇も弧を描いた。
投げ飛ばされた巨体だが、そのまま大地に叩きつけられて大ダメージ、というわけにはいかなかった。
巨体に似合わぬバランスでくるりと回り、しっかりと足から着地した敵の姿を見て、
「もっとコンパクトに投げるべきだったなぁ」
と己の甘い攻撃に対する反省の言葉を漏らす雷砂。
「投げられたのは初めて。楽しいね、雷砂。もっと投げて?」
「……敵からそう言われて、素直にそうするやつなんていないと思うけどな」
楽しそうな少女の声音に苦笑混じりの返事を返して、雷砂は続けて攻撃するために距離を詰める。
どうにも調子が狂う感じだった。
死闘をしているはずなのに、どうにも緊張感が足りない。
相手にも……多分、自分にも。
雷砂を迎え撃つように伸びてきた蜘蛛の足をかいくぐり、まるっこい胴体へ右の拳で一撃。
その衝撃に、蜘蛛の巨体が一瞬宙に浮く。
そこへ追い打ちをかけるように左の拳、それから再び右の拳を思いっきり振り抜いた。
拳が堅い体表を貫く感触があり、大蜘蛛は今度こそ体液をまき散らしながら宙を舞い、地面へ叩きつけられた。
手応えはあったと、離れた場所から見守る雷砂の目の前で、むくりと蜘蛛の巨体が起きあがる。
少女は思った以上の雷砂の戦闘力に感心したように、キラキラした目を向けてきた。
その様子に雷砂は違和感を覚える。
蜘蛛の体に決して軽くはない手傷を負わせたはずなのに、少女が苦痛を感じている様子も、それを堪えている様子も感じられない。
(もしかして、蜘蛛の体を攻撃してもあまり意味は無いのか?)
そんなことを考えつつ、軽い攻撃を放ちながら少女の様子を観察した。
損傷した分だけ、蜘蛛の体の機動力は落ちているような気はする。
だが、やはりそれだけだ。
その傷も時間とともに癒えるようで、少したつと動きのぎこちなさも消えた。
元通りのスペックを取り戻した蜘蛛の攻撃を、いなしながら、白い少女の攻略法を考える。
どうやら、本体と言うべき少女と蜘蛛の体とは分けて考えた方が良さそうだ。
蜘蛛の体にいくら傷を付けても本体たる少女に痛手を与えることは出来ず、蜘蛛の傷は時間とともに癒えてしまう。
だが、直接少女を狙うには、ちょこまかと攻撃を仕掛けてくる蜘蛛の体が少々邪魔だった。
となると、とるべき戦法は限られてくる。
まずは蜘蛛の体を攻撃し、こちらを攻撃する余裕が無いくらい叩きのめす。
そしてそれから蜘蛛の防御と機動力を失った少女に直接攻撃をかけるのだ。
捻りはないが、無難だし確実な戦法ともいえる。
雷砂は頷き、その作戦を実行に移すことにした。
まずは蜘蛛の巨体から。
「ロウ、おいで?」
空手では効率が悪いと、蜘蛛の糸にからめ取られ、ぐるぐる巻きにされてしまった友人をまず呼び戻す。
雷砂の声を待っていましたとばかりに、幾重にも糸に巻き付かれた剣がまばゆい光を放ち、その拘束を一瞬で破って、主の元へ。
「おかえり、ロウ」
己の手に戻ってきた剣に笑みを投げかけ、それから少女を見上げた。
彼女は自分が取り上げたはずの剣を、あっさりと取り替えされてほんの少し不満顔だ。
「遊ぶのはこれくらいにして、決着といこうか」
「やだっ、まだ遊ぶっ」
雷砂の言葉に聞き分けのない子供のような返答を返し、少女はさっきよりも速いスピードで蜘蛛の足を繰り出した。
その攻撃を、一本一本潰していく。
文字通りの意味で、剣の刃で蜘蛛の足を切り落としながら。
雷砂の狙いに気がついたのだろう。
本数を減らした足で蜘蛛が慎重に距離をとる。
だが、回復の暇を与えるつもりはなかった。
地面を強く蹴り、急加速して蜘蛛に迫る。
雷砂の攻撃を退けようと襲いかかってきた足を再び切りさばき、蜘蛛の丸い胴体に今度は拳ではなく剣を突き立てた。
そして突き立てた瞬間、襲いかかってきた足から逃れるために、すぐさま飛び退き距離をとる。
蜘蛛の体は満身創痍だった。
蜘蛛の上から生えている少女の方はケロリとしているが、蜘蛛の機動力はしばらくの間使い物になりそうにない。
雷砂の狙い通りの展開だった。
狙い通りすぎて、少々いぶかしく思えるほどの。
だが、今は考えるより体を動かすべき時だった。
休む暇を与えずに倒してしまわなければ、また最初からやり直しだ。
蜘蛛を大地につなぎ止めたままの剣をちらりと見てから、蜘蛛の上にいる少女に向かって跳躍する。
少女を無力化してしまえば、取りあえずこの勝負は決着だ。
飛びかかってくる雷砂の姿を少女の紅い瞳が見ていた。恐れる様子もなく、ただじぃっと。
そして不意に、その唇が言葉を紡いだ。
「……ちょっと、お腹が空いてきちゃった」
場違いとも言える、そんな言葉を。
次の瞬間、雷砂の目の前から少女の姿が消えた。
己の下半身とも言うべき、傷ついた蜘蛛の体を残して。
どこへ消えたのかと、とっさに少女の姿を探そうとした雷砂は、己の背後に強烈な気配を感じた。
反射的に逃げようとした体を、ほんの数瞬何かが阻害する。
それが少女の放った蜘蛛の糸だと気づいたときにはもう遅い。
雷砂の体に少女の細い腕が絡みつき、そして、
「ふふ、雷砂の魔力は美味しそう。いただきまーす」
雷砂の首に、少女の牙が深々と突き立てられたのだった。
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