小さな娼婦編 第27話

 雷砂らいさがアゴルの話を聞いていると、アゴルの容態が安定したことに気づいたギルド職員がやってきて聴取を始めた。

 雷砂は大人しくギルド職員に場を譲り、傍らで聞き耳をたてる。


 アゴル曰く、



 ・鉱山の怪異は、見たこともないくらい巨大な蜘蛛の化け物。


 ・アゴルのクランと共に参加した[鋼の淑女]のリーダーとメンバーが1人、蜘蛛に連れ去られた。


 ・連れ去られた時点では2人とも大きな怪我はなく、生命に問題はないはず。



 との事だった。


 アゴルの、巨大蜘蛛はSランクオーバーでもおかしくないとの見解に、ギルド職員は顔を青くして早足にギルド内へ戻っていく。

 そして待つことしばらく。

 再びギルドの入り口が開け放たれ、今朝と同じように大きな立て看板を数人の職員が運んできた。


 内容は、鉱山に潜む巨大蜘蛛の討伐と、蜘蛛に捕らえられた冒険者2名の救出。

 依頼のランクはA~Sランクだ。

 報酬は、蜘蛛の討伐のみで金貨30枚。

 併せて冒険者の救出1人につき10枚上乗せされるらしい。

 ただし冒険者が死亡していて、遺品の回収のみの場合は、それぞれ5枚ずつとの注意書きがあった。


 その報酬が、依頼の内容に対して高いのか安いのか判断つかないが、この依頼を達成することが出来ればそれだけで雷砂の目標金額に届くことは確かだ。

 まあ、もしそうじゃなくとも、蜘蛛に捕らわれた冒険者達を放っておくつもりはなかったが。



 (とりあえず、何とかこの依頼を受けられないか相談してみるか)



 最前列で立て看板を見上げていた雷砂は、一つ頷くと後ろに出来ていた人垣を縫うようにして冒険者ギルドの入り口へと向かった。

 中にはいると、妙に人気がない建物内では、ギルド職員が数人、顔をつき合わせて深刻な顔をしていた。

 その中に見知った顔を見つけて、雷砂は気づかれないようにそっと近づく。



 「今、この町にSランクオーバーの冒険者なんていましたっけ?」



 ミヤビが隣にたつアトリに聞けば、アトリはうーんと首をひねりながら、



 「流石にSランクはいないでしょ。Sランクの冒険者なんて、そんな数がいるもんでもないし。Aランクの冒険者が2、3人ってところじゃない?」


 「ですよねぇ」



 ドライにそう答え、それを聞いたミヤビがはーっと大きなため息と共に肩を落とす。



 「確か、Aランクの冒険者の中でも、アゴルさんの実力って上の方でしたよね」


 「そうねぇ。剛剣のアゴルっていったら、そろそろSランクに届くんじゃないかって噂もぼちぼち流れ始める腕前のはずだけど・・・・・・」


 「そのアゴルさんでも歯が立たないんですよね?今回の討伐対象の魔物・・・・・・」


 「不意をつかれたせいだって思いたいけど、実際に彼を戦闘不能にしたのは確かよね」



 うんうんと頷きながらのアトリの言葉に、ミヤビはその幼げな顔を絶望に染めた。



 「実質、Aランクの中で一番の実力者のアゴルさんでも歯が立たない相手を倒せる人なんて、今のこの町にいるんでしょうか・・・・・・」



 ミヤビのその発言に、他の職員も困ったように顔を見合わせる。

 他の街の冒険者ギルドに救助要請を送ることも出来るが、それでは時間がかかりすぎる。

 それに、今この街は出入りが著しく制限されている状態だ。

 他の街へと続く街道には魔物が出現し、人を襲う。

 救助要請をしたところで、きちんと連絡が届くかも微妙なところだ。


 連絡員に冒険者をつければ何とかなるかもしれないが、往復の時間を考えると、捕らえられている冒険者達の生命が心配だった。

 それに、蜘蛛の化け物だって、いつ鉱山を出てこの街にやってくるかも分からない。



 「うーん。とりあえず、救助要請は出しましょう。これはBランク以上の冒険者に護衛依頼として募集をかけて、定員が埋まり次第出発でどうでしょうか」


 「そうね。それと併せて、念のため街の防衛も固めておかないと。こっちは冒険者に依頼を出すのと同時に、街に駐屯中の騎士団にも話を通しとこうか」


 「そうですね・・・・・・あの、そんな感じでどうでしょうか?」



 話が一通りまとまった所で、ミヤビがそんな風に声をかけた相手は、ちょっとふくよかで優しげな、どこにでもいるようなおばあさんだった。

 おばあさんはニコニコしながら頷き、



 「いいでしょう。みんな、そのように対応して下さいな。後は、蜘蛛退治に出かけてくれる強者がいれば助かるんですけどねぇ」



 そう言いながら、気配を消して職員達の話し合いを聞いていた雷砂をちらりと見つめた。

 少し驚いて目を見開くと、彼女はおいでおいでと雷砂を手招く。

 断る理由もないので素直に近づいていくと、そこでやっと雷砂に気づいたミヤビとアトリが目をまあるくする。



 「雷砂、戻ってたんですか?」


 「おかえり・・・・・・ってか、あれだけ山ほど受けてった依頼、もう終わったの!?」


 「あらあら、ミヤビとアトリはもうこの子と知り合いのようね。初めまして、小さなルーキーさん。あなたが、一日でDからCへランクアップした子でしょう?噂は聞いてるわ」


 「噂?」


 「ええ。小さくてとってもキレイで、しかももの凄く強い子がいるって。うちのギルドは今、あなたの噂でもちきりよ。お名前は?」


 「雷砂」


 「私はマーサというのよ。よろしくね、雷砂」


 「こちらこそ。ねぇ、あなたがこのギルドで一番偉い人?」


 「あら、何でそう思うの?」


 「えっと、なんとなく?」



 そう答えはしたものの、根拠はちゃんとあった。

 さっきの話し合いを見てれば誰でも分かることだ。

 職員が意見を出し合う中、マーサだけは特に口を挟まずにじーっと職員達を見守っていた。

 職員達の方も、時折様子を伺うように彼女の方を見ていたし、決め手はミヤビが最後に彼女の意見を求めたこと。

 そして彼女が頷くことで話し合いは終わり、具体的な対応に移ることになった。


 意見を求めて取りまとめ、それを許可して指示を出す。

 それは、その場の一番偉い人がやることだ。

 ということは、この場所で一番偉いのは目の前にいるどこにでもいるようなおばあさんーつまりマーサだと言うことになる。


 そんな風に考え、マーサは偉い人だという結論を出した雷砂だが、色々説明するのが面倒だったので、大幅にはしょって答えたのだ。

 普通なら、ただの子供が適当に答えたと思われても仕方がない。

 だが、マーサはそうはとらなかったようだ。



 「そう、なんとなく、ねぇ」



 言いながら、興味深そうに雷砂を見つめた。

 そして頷く。



 「まあ、でも、雷砂の言う通り、私がこのギルドで一番偉い人で間違いないわねぇ。それで、雷砂はその一番偉い人になにか用事でもあるのかしら?」



 悪戯っぽく問われて、雷砂は素直に頷く。



 「うん。ちょっと非常識なお願いかもしれないんだけど、いいかな?」



 そんな前置きをして、雷砂は可愛らしく小首を傾げる。

 そんな彼女を微笑ましそうに見つめ、マーサもまたおっとりと首を傾げた。



 「そうねぇ。聞き入れるかどうかは、まあ置いておいて、一応聞いてみようかしらねぇ。その非常識なお願いを」


 「ちょ、ちょっと待って下さい、ギルド長。雷砂の非常識なお願いを聞くなら心の準備が必要です」


 「存在自体が非常識な雷砂が非常識って言うくらいの非常識さ・・・・・・ちょっと楽しみだわ」



 ミヤビが少しひきつった顔をし、アトリはきらきらと目を輝かせる。

 雷砂はそんな2人の反応に少しだけ唇を尖らせ、だが昨日から2人を大いに驚かせた自覚はあるので文句を言うのは控えた。

 マーサはそんな3人の様子を面白そうに見守りつつ、



 「さ、いいわよ。言ってご覧なさいな」



 にっこり微笑んで、雷砂の願いを促した。

 そんな彼女に促され、一応非常識なお願いと前置きはしたものの、本人的にはそれほど非常識とは思っていないお願いを、雷砂はさらっと口にする。



 「えーと、立て看板の依頼を受けたいから、手っ取り早くオレをAランクにしてくれない?」



 可愛い笑顔を添えたそのお願いは、はっきりいって非常に非常識なお願いであった。



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