水魔の村編 第27話
セイラがさらわれた。ただ1人の家族、大切な姉が。
座長はまだ倒れたままだし、ジェドもアジェスも固まったまま。リインはまだ震える足を踏み出して、ドアの方へと向かう。
誰も動けないなら自分が何とかしなくては。
村長からの迎えだったのだから、セイラはきっと村長にさらわれたのだ。
早く、助けに行ってあげないとー混乱した頭の中で、そのことだけが鮮明に浮かび上がっていた。
震える手で、ドアを開ける。
「あれ?リイン?」
そこには、今まさにドアを開けようとしていた
雷砂の後ろには、見たことのない顔が2つあったが、そんなことを気にしている余裕は無かった。
すがるように雷砂に抱きつき、その肩に顔を埋める。
「リイン、どうしたの?なにがあった?」
耳朶を打つ、雷砂の優しい声。そっと抱き返してくれる腕が暖かい。
リインは雷砂がそこにいてくれるだけでこみ上げてくるような安心感にほっと吐息をもらし、少し落ち着きを取り戻した。
そしてゆっくりと、雷砂がいない間、ついさっき起こった出来事について話し始めた。
今にも助けに行きたいと、飛び出して行きそうなリインをなだめて、まずは家の中に入った。イーリアとアスランも一緒に。
アスランは、少し懐かしそうに家の中を眺めている。
その横で、まずはジルゼを縛り上げ、イルサーダの体を揺さぶった。
そうしている間に、ジェドとアジェスも身体の自由を取り戻したようだ。
何も出来なかった自分を振り返り、何ともバツの悪い顔をしている。
だが、仕方がない。
リインの話によれば、相手は特殊な力を使ったらしい。
単なる肉弾戦ならともかく、そういった力に耐性のないただの人間が、根性で何とか出来るものでは無いのだ。
唯一対抗できたであろうイルサーダが無力化された時点で、勝敗は決していた。
相手が無意味な虐殺をしなかったのが幸いだった。
「う、ん……雷砂?」
「イルサーダ、大丈夫?」
「まだ、頭はふらふらしますけど、なんとか」
言いながら、イルサーダは周囲を見回す。そこに縛り上げられたジルゼの姿を見て、苦虫を噛み潰した様な顔をした。
「うかつでしたよ。見知った相手なのでなんの警戒もなく招き入れてしまいました。私もずいぶん平和ぼけしたものです。……セイラは?」
「連れ去られたみたいだ」
「そう、ですか。やられましたね」
イルサーダは大きく息を吐いて、天を仰ぐ。
雷砂と自分がいれば危険なく簡単に解決出来ると高をくくっていたが、思っていたより奥が深い事態だったようだ。
まんまと裏をかかれ、雷砂のいない隙を狙われた。
相手は、一番の脅威が雷砂だと気づいている。
それはいつからなのだろう。最初から、相手にはバレていたのだろうか。
雷砂の存在をカモフラージュしようと連れてきたジェドとアジェスの存在は無駄だったという事かーイルサーダは苦く笑って、床に座り込んだまま、雷砂の顔を見上げた。
「もしかして、落ち込んでる?」
「まあ、少々。雷砂の留守も守れないとは、ふがいなさすぎるなぁ、と」
素直にそんな言葉を吐き出したイルサーダに、雷砂は少し驚いたような顔をしたものの、ふっと口元をゆるめて彼の頭をぽんぽんと叩いた。
優しく、慰めるように。
「オレも、これほど村長が根深く関わってるとは流石に思ってなかった。それが分かったのはちょっと前。もう少し早く分かっていればセイラが連れて行かれる前に戻って来れたんだけど」
「雷砂……」
リインが不安そうに、すがるように雷砂の名前を呼ぶ。
雷砂はその声に答えるようにリインの側に行き、その身体を抱きしめてあやすように背中を叩く。
「大丈夫。セイラはオレが取り返してくる。心配しなくてもいいよ」
「でも……」
「リインが思っているよりオレは強いよ。信じて?」
「うん」
「それに、一緒に行ってくれる味方もいる」
「味方?」
雷砂の言葉に促されるように、みんなの目線が入り口近くにひっそり立っていたアスランとイーリアに注がれる。
人とは違うアスランの容姿を見て、イルサーダが軽く目を見開いた。
「魔族、ですか?」
「イルサーダは、魔族を知ってるの?アスランは人と水魔の混血なんだ」
「それ程詳しい訳じゃありませんが、魔族という種族が存在する事は知ってます。なるほど。水魔とは、魔族の中の1種族の呼び名なんですね。村長からは魔物か何かだろうと聞かされたので、ついそうだと思いこんでいました」
「村長は、オレ達とアスランが対立するように仕向けたんだ。アスランの父親でこの村の守り神のような存在だった水魔は、村長の罠にはまって死んだ。アスランの、母親もね」
「そう、だったんですか」
「アスランはまだ自分の力を制御できないんだ。イルサーダなら、何とか出来るんじゃないかと思って」
「力を、制御できるようにすればいいんですね?まあ、それくらいなら何とかなると思いますが」
「じゃあ、お願いできるかな?オレはその間にジルゼを締め上げて、情報を引き出せるか試してみる。準備が出来次第、出発しよう」
言いながらみんなの顔を見回す。
みんなも雷砂の顔を見返して、それぞれうなずきを返してきた。
「わかりました。では、アスラン、こちらへ」
イルサーダも頷いて、アスランを促し別室へ向かう。イーリアもそれについて行った。
そんな彼らの背中を見送って、雷砂はゆっくりとジルゼに向き直る。
まだ気を失ったままの青年を担ぎ上げてイスに座らせ、ジェドとアジェスに倒れないように両脇から支えてもらった。
目を閉じたままのジルゼの顔をのぞき込み、手のひらで軽く頬を張る。
するともう半ば覚醒していたのか、小さなうめき声と共に青年がうっすらと目を開いた。
彼はゆっくりと目を開き、目の前の雷砂の顔をぼんやりと見上げる。
それから少しずつ自分の状況が理解出来たのか、その顔から血の気が引いていく。
彼の瞳の奥の奥までのぞき込みながら、雷砂はにっこり笑った。
「さ、ジルゼ。吐けることは全て吐いて貰うよ。」
その言葉に、ジルゼの顔が更に青ざめた。
慌てて周囲を見回すが、ここにジルゼを庇うものなどいない。
そのことに気がついたジルゼは、あきらめの表情でがっくりと肩を落とすのだった。
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