水魔の村編 第22話

 思い詰めた顔でじっと自分を見つめてくる2人の眼差しに、雷砂らいさは少し困った顔をして頬をかいた。

 元々、村長を怪しいとは思っていたし、村長が犯人と告げられても今更驚きはしない。


 だが、村長が水魔を殺したとして、すなわちそれが原因でこの霧が発生したとも考え憎い。

 雷砂が見た村長は、胡散臭い嫌な感じはあったものの、ただの人間だったと思う。

 こんなでたらめな霧の檻を、只の人が作り出せるとは思えない。


 この霧が殺された水魔の呪いとでも言うのなら話は別だが、呪いだとすると解除する方法を知らない雷砂ではお手上げだった。

 1度村に戻って、イルサーダに相談しないといけないだろう。



 「あのさ、怒らないで聞いて欲しいんだけど」


 「はい」


 「村の周りの妙な霧は、殺されたアスランのお父さんの呪いだったりする?」


 「ちょっと!!」



 アスランは怒らなかったが、イーリアは怒った。

 詰め寄ってくるイーリアの剣幕に、雷砂は首をすくめて申し訳なさそうな顔をする。



 「嫌な質問だって事はオレも分かってる。でも、オレは知らなきゃいけない」


 「イーリア、いいんだ。雷砂は僕らの村を助けようとしてくれてるんだから、協力しよう。ね?」


 「でも……」


 「それに、雷砂はこの霧の原因が父さんだって決めつけてる訳じゃない。ただ、可能性として質問をしただけだ。僕は怒ってないから、イーリアも落ち着いて?」


 「うん……」



 頷き、イーリアは雷砂から少し離れる。

 だが、目線はまだ鋭く雷砂を射抜いていた。

 アスランに言われたから文句を言うのは諦めたものの、雷砂の暴言に関してはまだ許してはくれないようだ。

 雷砂は困ったように眉尻を下げてイーリアを見つめ、それからアスランの顔を見上げた。



 「霧の原因が父にあるか、雷砂はそれを知りたいんでしょう?」


 「ああ。違うなら、ほかに原因を探す必要がある。この霧は、危険だからな」


 「確かに、この霧は危険です。魔素の濃度が濃すぎる。でも、こんな無差別な呪いを、父が行うとは思えない。能力的には可能なのかもしれないけど、僕は父が原因じゃないと信じてる。だけど、僕の意見だけじゃ足りないですよね、父が原因じゃないと断じるには」


 「まあな。だが現状、アスランの証言を信じる他ないだろう?この件に関して、アスラン以外に証言出来る奴がいるとも思えないし」



 雷砂は肩をすくめてみせる。



 「いますよ、もう1人だけ」


 「イーリアか?」


 「いえ、父本人です」



 アスランの突拍子のない言葉に、雷砂は軽く目を見開いた。



 「アスランの父さんは、死んだんだろう?」


 「ええ。死にました」


 「じゃあ、どうやって?」


 「この泉に残った、父の心、というか、残留思念に聞くんです」


 「そんなのが、残ってるのか?」


 「恐らく。僕も、最近になってやっと力の使い方が安定してきました。今までは出来なかったけど、今なら出来るでしょう。父は、村長の所から母を救い出し、なんとかこの泉まで戻ってきた。僕が父の思念を受け取って駆けつけた時にはもう、2人とも息を引き取った後でしたけど。その直後、僕は押さえつけられた何かが弾けたように、今の状態に変化したんです。恐らく、それまでは父が僕の能力を押さえていてくれたんでしょうね」



 アスランは辛そうに唇をゆがめた。

 そんな彼の辛さを分かち合うように、イーリアが傍らに寄り添う。

 そんなイーリアに微笑みかけ、彼女の手をそっと握って、



 「この泉の水にとけ込んだ父の心を、今までも感じてはいました。でも、はっきり聞くことは出来なかった。今日、それを試してみます。正直言って、父や母を死に追いやった村長の事は助けたくなんかない。でも、村には知り合いも居るし、この現状を何とかしないきゃいけないとは思っていたんです。でも、僕だけでは力が足りなかった」



 静かに、思いを語る。そして、強い眼差しで雷砂を見つめた。



 「でも、雷砂が来てくれた。雷砂が力を貸してくれれば、何とか出来る気がするんです。虫のいいお願いだって事はわかってます。本当は、僕らの力で解決しなきゃいけないことだと思う。だけど」


 「気にするなよ。どうせもう巻き込まれてる。アスラン達の問題は、オレ達の問題でもあるんだ。解決しなきゃ、ここから出られないしな。だから、オレにも手伝わせてくれ」


 「いいの?危険かもしれないのよ?」



 イーリアが心配そうに問いかける。

 いざ巻き込む段になって、雷砂の外見的な幼さが不安を呼んだようだ。



 「オレのすごさはイーリアがよく知ってるだろ?大丈夫、3人の中ではオレが1番強いんだから。イーリアもアスランも、まとめてオレが守ってやるさ」



 わざと生意気そうに笑ってそう言った。



 「ったく、生意気なんだから。でも、確かに雷砂が1番強いかもね。でも、私も負けないわよ?私は、アスランの巫女で守護者なんだから」



 ふんっと鼻を鳴らして、ほんのり膨らんだ胸を張る。

 アスランはそんな彼女を愛おしそうに見つめ、それから雷砂に頭を下げた。



 「ありがとう、雷砂。僕も力の限り頑張ります。村の為とイーリアの為に」


 「よし、じゃあまずはアスランの父さんを呼ぼう。村長をとっちめるにしてもまずは真実を見極めてからだ」



 にこりと笑い、雷砂はそう宣言する。

 霧の原因がどこにあるにしろ、アスランの両親を無残に殺した村長をそのままにするつもりは毛頭なかった。

 そんな雷砂の意を受けて、アスランとイーリアの瞳が輝く。

 そして雷砂もまた、色違いの双眸に強い輝きを乗せて、力強く2人を見つめ返すのだった。

 

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