第8章 第10話
旅立ちの朝。
サライの村人や獣人達に見送られ、一座の馬車は出発した。
みんな
そこにいないのは1人だけ。シンファだけは、やはり間に合わなかった。
雷砂は割り当てられた馬車の中、後部にある窓から見送りの人達を見つめていた。
来なくていいと伝えてあったのに来てくれた。その気持ちが嬉しかった。
シンファに直接別れを告げられなかったのは残念だが、これで一生会えない訳では無いのだからと、自らに言い聞かせる。
すぐにではないが、きっとここに帰ってくる。この場所は、自分の故郷でもあるのだから。
人々の姿はずいぶん遠く、小さくなってきた。もうすぐ、見えなくなる。
彼らからはもう、雷砂の姿など見えないだろう。
なのに、誰1人帰る人はいない。みんな、じっとこちらを見つめて立っていた。
雷砂は窓から身を乗り出すようにして、彼らに向かいそっと手を伸ばす。
(いつかきっと帰ってくる。大切なものをすべて守れるくらい強くなって)
そんな想いと共に。
(でも、それにはあいつを何とかしないといけないんだろうな)
脳裏に浮かぶのは1人の青年。
黒髪に紅い瞳。今回の一連の事件の黒幕とも言える男。
彼は恐らく、雷砂を手に入れるために今回の事件を起こした。
どうしてそこまで執着されるのか良く分からないが、彼はまた同じ様な事をしてくるかもしれない。無関係な他の人間を巻き込んで。
今回も、たくさんの人が死んだ。
キアルの母親も、巻き込まれさえしなければもっと穏やかな最後を迎えられたはずだ。
それを思うとまだ胸が痛い。
もう、こんな事を許してはいけない、そう思う。
だが、もっと力を付けなければ同じ事を繰り返すだけだということも分かる。
だから、努力をするつもりだった。自分に与えられた力を知り、使いこなす努力を。
幸い、この一座には龍神族であるイルサーダがいる。
一座と旅する間は、彼が力の使い方について教えてくれるだろう。
それから先は、また考えればいい。
当面の目的地は龍神族の里だから、そこに行けば更に己を鍛える術もきっと見つかるだろう。
イルサーダも、里には自分よりそういうことに長けた者がいるようなことを、言っていた。
里にはきっとしばらく滞在することになる。己を磨きながら、行方不明の守護聖龍の手がかりを得るために。
そこから先は、そこで得た手がかり次第だ。
最終目的は、もちろん守護聖龍を見つけだすこと。
その旅の途中で、きっと再びあの青年とまみえることだろう。
しつこそうな奴だから、倒さなければきっと何度でもやってくるに違いない。
だから、早く強くなって、早く倒さなければいけない。そうしなければ、無用な犠牲が増えるだけなのだから。
それはわかっている。良く、分かっているのだが・・・・・・
(なんでだろうな。なんだか、憎めないんだよな)
酷いことをされたし、酷い奴だとも思う。
腹も立つし、怒っているのだが、なぜか憎いという感情はわいてこないのだ。
それがなぜなのか、自分でも良く分からないのだが。
「でも、次に会ったら絶対倒す」
小さく呟く。
そう、倒さなければいけないのだ。大切な人を守り、巻き込まれて犠牲になる人を出さないために。
憎いという、思いはなくとも。
「雷砂、何か言った?」
そんな雷砂の呟く声が聞こえたのだろう。すぐ隣からセイラの声。
雷砂は、もう見送りの人達がすっかり見えなくなったのを確かめてから、馬車の中へと身体の向きを変えた。
「ううん。何でもないんだ」
言いながら座席に座り直すと、セイラの手が伸びてきて雷砂の手を握った。優しく、労るように。
「やっぱり、さみしいわよね」
「うん。少しはね」
セイラの問いに素直に頷く。
「でも大丈夫だよ。1人じゃないし」
微笑み、セイラの手を握り返した。
すると、反対側の手も誰かの手に包まれた。少しひんやりした手は、雷砂の左側に座るリインの手。
リインは身を乗り出すようにして、もう片方の手で雷砂の頭をよしよしと撫でながら、
「私もいる。さみしい時は、いつでも、甘えて」
そんな言葉と共にニコッと笑ってくれた。
「うん、ありがとう」
「え~。雷砂を甘やかすのは私の役目だから、リインはだめっ」
雷砂の言葉にかぶせるように、セイラのそんな言葉。
リインは駄々っ子の様な姉に、じとっとした視線を送る。
「独り占めは、ダメ。私だって、雷砂を可愛がりたい。セイラが雷砂の恋人だから、私は雷砂のお姉さん」
「ん~……しょうがないなぁ。じゃあ、ちょっとだけよ?」
「ん。恋人の領分は侵さないように気をつける」
「うん。リインだけ、特別ね?」
なぜか雷砂の意見はまったく聞かず、そんな取り決めをする2人。
雷砂は反論しても無駄と分かっている為か、苦笑を浮かべて大人しくしていた。
「雷砂」
名前を呼ばれ、リインの顔を見る。無表情に見えるが、どことなく嬉しそう。
なんだか微笑ましくて、雷砂は口元をほころばせた。
「ん?」
「おねえちゃんって、呼んでいい」
セイラよりやや控えめな胸を張ってそう言われた。
「えっと、リイン?」
「おねえちゃん!」
「……お、おねえちゃん?」
リインの迫力に押し負け小さな声でそう呼ぶと、リインは満足そうに頷いた。誇らしげな顔で、セイラを見る。
セイラはなんだか羨ましそうにリインと雷砂を見て、
「いいなぁ。ね、私の事もお姉ちゃんって呼んでみて?ほら、セイラお姉ちゃんって」
そんな事を言い出した。
「セイラは恋人なんだからダメ」
「えー?一回くらいいいじゃない」
しかし、すぐにリインのダメだし。唇をとがらせ、駄々をこねるセイラ。
そんな姉に、リインのクールな視線が突き刺さる。
「お姉ちゃんは、エッチな事、できない。それでもいいなら交代する?」
それは究極の選択だった。
お姉ちゃんと呼ばれて雷砂を甘やかし倒すか、恋人としてエッチ込みで雷砂に甘えるか。
もちろんセイラは後者を選んだ。
「う……恋人でいいです」
がっくりうなだれるセイラ。そんな姉を見ながら、
「ん。それでいいの」
と、リインは満足そうに頷いた。
そんな3人を、同じ馬車に乗る一座の女の子達が砂を吐きそうな顔で見ていたことを、セイラとリインだけが気づかない。
雷砂は何とも言えない顔で2人の間に挟まれ色々と世話をやかれながら、初めての馬車の旅をそれなりに楽しむのだった。
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