第3章 第3話
「サイ老師!!」
入り口の扉を跳ね除けるようにして駆け込んできた少女を、サライ唯一の薬師であるサイ・クーは大した驚きも見せずに、微笑さえ浮かべて迎えた。
「おやおや、今日も元気じゃのう。ほれ、ミル嬢ちゃん。一息ついて、この爺の入れた茶でも飲みなされ」
見事な白髪と長い髭の優しげな老人は、ニコニコしながら緑色のドロッとした液体の入った茶碗を差し出す。
それを見て、嫌そうな顔になるミルファーシカ。
だが、走り続けて来たせいでいい加減喉の渇きも限界を迎えていた。体はこれでもかと言うくらいに水分を欲している。
ゴクリと喉を鳴らして、恐る恐るサイ・クーの持つ茶碗に顔を近づけた。
極悪な見た目とは裏腹にそれほど嫌なにおいはしない。
むしろ爽やかな、胸がスーッとするような香りがして、ミルは栗色の瞳をまんまるくする。
そんな少女の様子があまりに可愛くておかしくて、老人は堪え切れずにホッホッホッと声を上げて笑った。
「なによぅ。そんなに笑わなくてもいいじゃない。仕方ないでしょ。ドロドロしてて、お話に出てくる毒薬みたいなんだもの」
そう言って、可愛らしいふくれ面を披露する。
サイ・クーはそんな少女をなだめる様に言葉を紡いだ。笑った拍子に目元に滲んだ涙をそっと拭いながら。
「この爺が大好きなミル嬢ちゃんに毒を盛るはずが無かろうが。わしの配合した、疲れが取れてすっきりする薬草茶じゃよ。ほれ、だまされたと思って飲んでみぃ。疲れがすっかりとれるぞい」
「疲れが?本当??」
好奇心旺盛な本来の性格が顔を出し、ミルは恐る恐る得体の知れない液体入りの茶碗を受け取った。
もう一度、そっと匂いをかいでみる。まずそうな匂いではない。むしろ美味しそうな匂いだと感じる。
ニコニコした老爺と茶碗の中身を見比べ、しばしの逡巡。
「新鮮な薬草じゃから、きっとうまいぞ?なにせ、
「雷砂が!!」
パッと少女の表情が輝く。
そして次の瞬間には、茶碗の中身は飲み干されていた。
爽やかな味がする液体だった。少し青臭い感じもしたが、雷砂が手ずから摘んだ薬草だと思えばちっとも気にならなかった。
傍らで再び笑い声を上げている老人の様子もまるで気にならない。気になる事はただ一つ。
「雷砂が来てたの?もう行っちゃった?どのくらい前にここを出たの?」
「そうさの。そう遠くには行っておらんとは思うが」
矢次早な問いかけに惑うことなく、さらりと答えを返す。
その答えを聞くや否やー。
「ありがとう!!!探してみる!!!!」
答える間も惜しむような返答を残し、少女は外へと飛び出していった。恐ろしいほどの勢いで。
その後姿を見送り、しばらくしてー。
老爺はよっこらせと立ち上がり、狭い店の奥にある大きな甕に向かって声をかけた。
「もう大丈夫じゃろ。出ておいで」
その声に答える様に甕の広い口から2本の手が伸びる。
その手は甕の口を掴んで、軽々と己の体を甕の中から外へと連れ出した。
小さなその身の丈を優に超える大きさの甕であったが、やはりじっとしていることは窮屈だったのだろう。
大きく伸びをして、金色の髪の凛々しい少年……いや、少女は、サイ・クーの方へ向き直り、にっこりと笑った。
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