第46話 2088年2月14日 日本国 京都府 舞鶴市 舞鶴睡蓮ホテル 大ホール

京都府舞鶴市、重要指定市 洋館に楼閣が幾重にも折衷される舞鶴睡蓮ホテル 客足も不自然に少なく 厳かな中庭を抜けては、尚もざわつく大ホール


5段の演壇から、ワンレングスの髪を束ねた薄紅色の着物の、鶴見

「投票結果を発表します、3号:121票、1号:56票、4号:24票、以下割愛します よって3号には米上さんの名代として全米連邦に渡って頂きます 尚3号の身上書は私となりますので、続きまして私の次の議長及びの専任を決議します」


大ホールは割れんばかりの拍手


一般席は、女性4人組のポーターの声が漏れ伝わる

「鶴見さんで、バレバレよね」

「でも以外と票が割れたのね」

「大方、年功の方々でしょう、鶴見さんに気を利かせて票を避けたのにね」

「ああ、それね、深いわね」

「まあ順当でしょう」

「でも、名物女将いなくなったら、どうするの」

「副島さんいるでしょう、」

「それもそうなんだけど」

「そう、年末の『あなたの向こうで』以来、苛ついてるのよ」

「それを言ったら、皆でしょうけどね」

「ああでも、全米いいな、行ってみたいな」

「駄目よ、都市部以外面白くないわよ」

「あら、夢が無いわね」


鶴見、粛々と

「方々、私事でお集り頂きありがとうございます ですが今回の車座、米上家の威信が掛かっています ここは暫し静粛にお願いします」

漸く静まる大ホールも、不意に立ち上がる幾人の古参従業員

「鶴見支配人、今あなたが抜けられたら、この舞鶴睡蓮ホテルが立ち行かなくなる よろしいか『あなたの向こうで』を見た常連さん達が、フロントに詰め掛けては、鶴見さんは如何かですよ お客様を失望させるのは非常に望ましくない」

「いいですか鶴見支配人、あなたが若くして支配人になってから、集客率が2倍になった、これは総合営業部全力を上げて反対の声を申し上げたい」

「私達もです、正直、仲居の中では若いと言うだけで、最初の頃は蔑ろにしていましたが、今は違います その終始一貫とした佇まいお見事です、どうか私達を見捨てないで下さい」


ついに咽び泣く古参の方々


鶴見、淡々と

「皆さん宜しいですか この舞鶴睡蓮ホテルの発展は、舞鶴がオールフェリー運航のターミナル拠点になった事に加え、福井衛星空港が本格開業した事で業績が伸びた事に尽きます 勿論皆さんの絶え間ない心遣いが有ればこその、常連さん達の賞賛もありますので、私一人の努力等微々たるものです 何卒、宿願を果たす為にも快く旅立たせて頂けませんか」不意に綻ぶ


遂に従業員達が堰を切り咽び泣く


間も無く大ホールのドアが開く

藍色の着流し・羽織・マフラーに尾長鶏の男

「間に合いましたか、あいや暫く、米上家のアメリカへの渡航は暫く控えて頂きたい」

鶴見、果敢にも

「これはこれは、堂上家の総代入江さん、堂上筋が詫びに来るのはかなり遅いと違いますか」


“ザー”一斉に刃の抜ける音が響く


入江、刃の中、尚も毅然と通路を進みながら

「皆さん、揃って臨戦体制とは頼もしい、さすが米上さんを嫁がせて頂いた上家だけはある」

鶴見、演壇からも尚も

「何の戯言を、すでに離縁状は頂いて、籍は抜けております 堂上家は今や怨敵ですよ」

入江、余裕の笑み

「つれないですね、鶴見さん 怨敵などご冗談を、仲良く行きましょう」

鶴見、不意に潤み

「己の都合で、米上さんを捨てる男は敵でしか有りません 堂上を庇うと入江もただでは帰せませんよ」

入江に慌てて付き添う井岡、辺りを見渡しぐるり回っては

「おお、怖っつ 演壇に佇むは鶴見さんですよね、それが、そうでもないんですね、堂上さん米上さんそのお二人全米でも式を挙げ、結婚証明書を発行されています」

鶴見、目を凝らし

「あなた、井岡でしょう、一端の名うての賞金稼ぎが何をしゃしゃり出て来てます」

井岡、懐からID手帳を広げ、只手を上げくるりと回る

「いや、ここだけの話、今はFBIの所属でして、私は表立っていませんが、堂上さん米上さんにはかなりの事件でお世話になっています」鶴見に深々とお辞儀

入江、目配せしては微笑

「井岡さん、結論は早い方がいいですよ」

鶴見、語気も厳しく

「FBIなら尚も好都合です 今、米上一族からの全米連邦への人材の派遣が決まりました、用が済みました、お引き取り下さい」


入江と井岡を見つめる視線が絶え間なく、そして尚も刃の中


入江、くすりと

「だから、井岡さんが言いましたよね、結婚証明書の件」

井岡、ただたじたじと

「いや、この殺気、怖いよ では結論を申します、堂上さん米上さんの離縁状は結婚許可証を頂いた全米のバージニア州のヨハネス教会に提出されていないので離婚は無効です」


不意にざわめき始める大ホール


鶴見、眉を潜め

「井岡、、今一度、何を言われましたか」

井岡、つい冷や汗

「ですから、離婚は無効、未だ夫婦です、ただこれ全米の話ですから、どうかな」

入江、悠然と優しい視線で鶴見を見つめる

「鶴見さん、『あなたの向こうで』を見たなら最後の方の司祭の茅野さんご存知ですよね、ローマへ茅野さんが渡り、堂上さん米上さんの結婚許可証の提示と人事啓発省の審議を受け、離縁状無効の確認は取れたそうです そう、カトリック教会である以上、ローマの人事啓発省を経由しています、オフィシャルですよ、未だ夫婦です、兄者もどこかネジ取れてますから甘いですよね、改めてそう思いません」

鶴見、鬼の形相を必死に押さえつつ

「うぐーーー、」演壇にただ爪を立てるも、マイクを掴み上げる「全会仕切り直し、同じく堂上抹殺指令撤回、全て仕切り直します、会員は今直ぐ部屋に戻り、堂上を僅かな手掛かりからでもいいです、何としても探し出しなさい、経費は米上家の資産を切り崩して迄も如何様に落とします、さあ早くです!」


一斉に大ホール入り口に殺到する米上家関係者全員


井岡、人の荒波の中慌てて退いては

「おお、統制取れてるな」

入江、くしゃりと

「団体戦なら右に出ませんよ」

鶴見、近付いては鬼の形相で

「入江、、」

入江、毅然と

「鶴見さん、堂上さんを抹殺とは穏やかじゃないですね、こちらも寡勢とは言え、むざむざ殺させませんよ」

鶴見、入江に額を近づける様に

「入江、貴様、知ってるなら、何故それを早く言わないの」

入江、この距離感を嫌がりもせず

「そんな事言われても、昨日井岡さんが来ては、人事啓発省の葛元さんとテレビ電話してはの、堂上家で詮議をかなり重ねて今日ですよ」

鶴見、見据えては

「井岡、先にこっちでしょう!」

井岡、お手上げの素振りで

「いやいや、敵にしたくないのは堂上家ですよ、なんせ地球上で斬れないもの無いんですよ」

入江、従容と

「いや、ここだけの話、大和の飛鳥さんも態々来られたのですから、畿内の総意を覆せますか、鶴見さん」

鶴見、目を見張り尚も

「ぐうっつ、日本も全米もテレビの見過ぎで惚けたか」

井岡、目を細め沁沁と

「鶴見さんも酷いものの言い様だ 武士にはただ尊敬の念しか有りません、ここまで己を捨てられるかとですよ 尚、そのテレビも全米のイーストビジョンは再放送2度目の検討に入っていますよ さて、その後任は大変ですよ、鶴見さん」

入江、微笑

「鶴見さんは正直じゃないな、兄者を認めているから捜索するんでしょう、それも力づくで ただですよ、堂上さんが力づくで米上さんの元に帰されたとあれば堂上家の沽券に関わる ここは心が痛みますが、ご所望ならここであなたを屈服させ捜索を撤回させたい」柄に手を掛ける素振り

鶴見、くすりと壇を下る

「それはまたの機会です、堂上家米上家共に義兄上の行方が未だ分からぬのであれば、お互い武門の名折れです 何より私は是非共義兄上を探さねばなりません、直接言いたい事が山ほど有りますからね」

入江、柄から手を放し一礼、微笑

「これはこれは、失礼しました 勝爺の今際の際の言葉を真に受ける程、兄者は浅はかでは有りませんが、まあ鶴見さんの優しい言葉があれば多少浮かれもしましょうか 紆余曲折あれど会われた際は兄者を労って下さいね」

鶴見、頬が緩み

「ふっつ、浮かれる姿も見て見たいものです ただ義兄上は入江と男っ振りが違いますよ、入江には入江の良さを磨きなさい」しなやかに入江の袖に手を入れる

井岡、一笑

「あの話の勝爺ですよね、堂上さんは羨ましいですね、鶴見さんも手籠めだなんて」

緊迫、

鶴見、素早く左に振る様に体を整え、右手を簪棒に伸ばし抜くと、仕込みが割れ現れる棒ナイフ、ワンレングスの髪が軽やかに舞う

井岡対峙、同時に横跳びしては、不利な右側面でも腰ホルダーからS&W:M629を正確に抜き打とうとするも

空気の擦れる音が確かに、いつの間にか、鶴見と井岡の間に立ちはだかる入江、既に抜刀済み

「仲間割れは行けませんね」

鶴見、毅然と仕込み棒ナイフを構える

「井岡、素性を偽る、女子を侮る言動等は、すでに筆舌にし難い どきなさい入江、井岡を成敗します」

井岡、語気も荒く、ハンマーを起こす

「どけ入江、さっきまでのあの喧騒、この瞬間湯沸かし器の鼻っ柱を折るべきだ」

入江、不意に井岡のS&W:M629を持った手に触れ降ろさせる

「ここで、皆の実力は測れたでしょう、ここまでです」

鶴見、憤るも構えを解き

「入江が中だてするなら、無粋な真似は出来まい 井岡、姉上の前では拗らせぬ様に願います」袖から袱紗を取り出し、仕込み棒ナイフを畳む

井岡、S&W:M629のハンマーを戻し、くるりと腰ホルダーに戻す

「もちろん 米上さんの一撃、防弾ベストが無ければ死んでましたよ」

入江、破顔、忽ち虎徹を鞘に戻す

「井岡さん、フォークで死んだなんて、あなた浮かばれないですよ」

鶴見、くすりと

「そこは同情もしましょう、何れまたお会いしましょう、皆さん」一人通路の先を進む


井岡、顔を改め

「改めて恐ろしいよ、上家衆とその筋、立ち会って生きてるのが不思議だよ、ああ寒っつ、」只身震い

入江、不思議顔で改まるも

「しかし、シオン福音国にしては手回しが悪いですね、自分達を頼るとは」

井岡、大仰に

「さあな、いざ任務に就いたら、アイコンがいない事に気が付いたようだ」

入江、くすりと

「ふっつ、上家衆は道化師じゃないですよ まあオオトリで湧いて出て来るシオン福音国らしいと言えば、それらしくもありますが」

井岡、嘆息

「そう言うな、広瀬さんそこにやっと気付いたから、遠回しに俺にお願いしたんだろ、堂上さんと米上さんを呼び戻せって そりゃ無茶だと断ったが、広瀬さんももう形振り構わないから、ここに至って入江と鶴見なんだろう コーディネートだけは一流だよ広瀬さんは」

入江、毅然と

「それで、自分はいつから全米に出向けば」

井岡、不意に

「それもな、堂上さんと米上さんお二人仲良く復帰で目出たしにしないか、第一鶴見には嫌われたし」

入江、淡々と

「嫌うも何も、鶴見がナイフを繰り出さないなんて余程の対峙ですよ、井岡さん あなたの抜き打ちもそれなりに認められてますよ それに、こちらの兄者が素直に、はいそうですかと、帰ってくると思いますか」

井岡、悩まし気に

「まあ、ありゃそうだな、」

入江、微笑

「分かれば結構です それに珍しくおとんの許しも出たし、行きますよ全米」

井岡、苦い顔で

「堂上家のおとんな、難しい人かと思ったら、飲んだら気さくだよな やはり膝付き合わせないと分からないものだね、深いね京都、」

入江、相槌しては

「井岡さんの、お土産のコロラドのスコッチがツボだった様ですよ、鮒寿司進みましたからね」

井岡、頻りに

「新興の蔵だったけど、おやっさんによく言っておくよ、京料理に合ったって」

入江、正しては

「但し全米派遣、上家衆と違ってボランティアでは有りませんよ」

井岡、苦笑しては

「分かってるって、衣食住の心配するな」

入江、溜息も深く

「やれやれ、その様子では居候扱いですか」

井岡、くしゃりと

「いや、成功報酬は、ちゃんと各方面から分捕るから心配するな」入江の肩を鷲掴みしては「で、これはラブレターか」入江の袖を手繰る

入江、不意に赤らみ

「ああ、ちょっと」

井岡、尚も

「照れずに見せろよ」

入江、仕方も無く

「これですよ、」袖の中に手を伸ばし包み菓子幾つかを差し出す

井岡、つい入江の包み菓子を啄む

「何だ、恋仲じゃないのかよ、微妙にやりずらいな」

入江、苦笑

「そこはお構いなく、義姉と違って奥ゆかしいんですよ、義妹は」包み菓子を啄む

見渡す大ホールは、幾重にもパイプ椅子がごろりと転がるのみ

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