Chapter7 ②


宴の翌々日。


晴れて事が片付いた僕らは、今は〈学校〉への帰り支度に忙しい。


「私が引退する前に勉強を終えてこい」との母の言葉を受け、今朝から総出で荷物整理に走り回っている。

返りは行きほど急がないので、各地の領主に顔出しも必要だろう。

服の量をうっかり減らせない。


離れの応接室を借りて僕とアデル、そしてカルネは袋と長持チェストに荷物を振り分ける。


そんな折、その優男がふらっと姿を現した。


「やあ、みんな元気にしてたかい?」


「出たな、妖怪二枚舌!」


カルネが腕を振り回して彼に突っかかっていくが、スラッと背の高いブロンド貴族は長い腕でその頭を押さえて笑う。


「元気そうでよかったよカルネさん。

 あのときはどうもありがとう、おかげで命拾いしたよ」


「ジョンふっざけんな! 女王にボクのことペラペラしゃべりやがったクセにぃ!」


「しょうがなかったんだよ。

 喋らないと首を切られるかベッドに連れて行かれそうだったし。

 ま、それは置いておいて」


ペイッとカルネの方向を反らしてから、ジョンは紫色の上着から手紙を取り出す。


「レイ君、これ君あてだよ」


驚くほど白い紙に鮮やかな黄色の封蝋が光る封筒。

受け取って確かめると、押されている紋章は象牙の塔と二匹の竜。


「アイレグニル皇室の紋だな」

アデルが横から首を突む。


「ということは……ニカからか」


「そうみたいだね。これはライツェンから遊山ゆさんに来たご婦人から預かったんだ。

 しかしやれやれ、僕を郵便配達人代わりに使わないでほしいよね」


「どうせ鼻の下伸ばしてホイホイ受け取ったんだろう?」


「違うよアデル。

 熱い一夜の対価として丁重に仰せつかったんいだだだだだだっ!」


アデルが気取った色男の手を掴み、容赦なく逆にねじり上げた。


「貴様のような軟派ナンパ男がどうしてリリィと私の親友なんだろうな?

 不思議には思わんか?」


「同じ泉に入った仲じゃないかアデル! あ、だめ、肩はずれちゃうから」


「のぞきに来て泉に落ちた奴の肩など外れてしまえ!」


仲がよさそうな二人は放っておいて、僕とカルネは手紙を開ける。


「これ何語?」


「ライツェン語。僕が読んであげるよ」




拝啓イニス・プリダイン王子、レイ・アルプソーク様。


この度は突然のご帰国、さぞ大変だったろうとお察し申し上げます。

わたくしヴェローニカも女皇陛下より帰国を命ぜられてからはや半月……もう従者が見てないのでここからは砕けていきますの。


そちらの首尾は如何ですの?

レイ兄さまのことですから心配はしていませんが、ちょっと優しすぎるのでやっぱり心配ですの。

カルネ様もよもや暴走して周りに迷惑をかけていないかひっじょーに心配ですの。


こちらは謹慎中で退屈ここに極まれりですの。

城下のうわさ話ぐらいは耳にできますけれど、帝都から出られないのではやることなんてありませんの。


うわさ話と言えば、最近帝都では魔導師の行方不明事件が頻発しておりますの。

それがすこし妙な話で、誘拐現場で巨大なクモを見た人がいるらしいですの。

いくら何でもあり得ないと思いたいですの。


……話が逸れましたの。


この手紙をしたためたのは、母がレイ兄さまをお招きしたいと言っているのをお伝えするためですの。


表向きは私の謹慎についてですけれど、どうも母は機装や〈神衣〉に関心を持っているみたいですの。


というのも、母の手のものがライツェン領内に落ちた〈神衣〉を回収してまわってるみたいなんですの。

カルネ様に頼まれた〈神衣〉探しとはもちろん別件ですのよ?


そういうことですので、もしそちらが片付いたなら是非みなさん〈学校〉へ戻られる前にライツェンに寄って欲しいですの。

この手紙をもっていれば、国境まですぐに迎えに行けますの。


ご来訪、お待ちしておりますの。


ライツェン魔導帝国第三帝位継承権者。

ヴェローニカ・ライツェン・アイレグニルよりですの。




「こんな感じだね」


「……レイ君わりと演技派だね」


途中で平文に戻ったのをニカっぽく翻訳してみたんだけど、カルネどころかアデルやジョンまで目を丸くして僕を見ている。


「し、しかし」

アデルが咳を打って首を傾げる。

「まさかライツェンに来いとは。あの国は滅多なことで外国人を招かん。

 いくら皇女の知己ちきとはいえ、にわかに信じ難い話だ」


「そうだね。

 ニカはともかく彼女のお母さん――ゾフィー女帝の方はどうかな。

 〈神衣〉に関心持ってるってのも気になるし」


直接の面識はないがニカに聞くかぎり厳しく野心的だとか。

僕の母にも通じる典型的な統治者タイプらしい。

とすれば、僕を招きたいという言葉を額面どおりに受け取るのは不用心と言える。


手紙を前に考え込む僕の袖を、ちょいちょいっとカルネが引く。


「そっちの事情はよくわかんないけどさ、ボクとしては寄った方がいいと思う。

 人間が〈神衣〉に関心を持つのはいいことじゃない」


カルネの言いたいことはわかる。

〈神衣〉はあくまでカルネの一部、形は違えど機装と同じで、この世界には本来なかったものだ。

彼女が「人間のあるがまま」を尊重するなら、いたずらに人の手に残しておくべきではない。


「だけど、訪問となるとちょっとした国事だよ。

 僕らの一存ではどうしようも――」


「行ってくればよい」


突然投げられた言葉に全員が応接室のドアを見る。


荷物を抱えたシンディを従え、腕を組んだ母がそこにいた。

慌てて礼をとるアデルたちに「いらん」と手を振り、母は僕の手から手紙を取る。


「ふむ…………ゾフィーとは知らん仲ではない。

 あれは食えない女狐だが私の息子と知って罠にかけるほど愚か者でもない。来いと言うからには理由があろうな。

 不安なら一筆書いてやろうか?」

そう言ってアデルにジトッと目を向ける母。

冷や汗をかいたアデルに「違うサインが来ては困るだろうな」と底意地の悪い顔をしてから、母は僕の背を叩く。


「行ってくるがいい。

 お前にはやるべき事があるだろう。足踏みをする暇などあるまい?」


ハッと顔を上げる僕に、母はぎこちないウインクを作る。

若干、獲物を前にしたライオンの舌なめずりにも見えるが。


「心配するな、老いたとはいえ私は女王だ。

 お前が帰ってくるまでこの国を引っ張るぐらい造作もないわ」


「あ、ありがとうございます母上!」


「お前にしか歩めぬ旅路をしかと歩んでくるがよい。

 アデル、エースィル、それと女神。レイを頼んだぞ。

 あとジョン、お前はこっちへ来い」


手紙を僕に返し、ジョンと交換にシンディを残して女王は部屋からスタスタと出て行く。


あれが母の照れ隠しなのだと何となく気づき、僕は苦笑を隠せない。

不器用な女性ひとだ。


「人のこと言えねーよ」


ため息をつくカルネ、でもすぐにアデルたちと笑顔になる。


「じゃ、次の行き先はライツェンでオッケー?」


「ああそうだ。北回りの船を手配せんとな」


「向こうはずいぶん涼しいらしいですよ。

 荷物に長袖を増やさないといけませんね」


そして三人は一斉に僕に顔を向け、黄色の、茶色の、そしてエメラルドの瞳で僕を見つめる。


「「「王子?」」」


決断を。その呼びかけに、僕はアゴを引いて応えた。


「行こう、次の旅が僕らを待ってる」

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