Chapter6 ④


ペンヴリオの市街地を更地に変えながらヴンダーヴァッシェは大地を転がる。


空からの奇襲に、僕らは完全に先手を奪われていた。

闇色の機装は僕らに立ち上がる隙を与えず、何度も上空に舞い上がっては落下の勢いを乗せて馬上槍ランスを叩き込んできた。


僕はカルネのシートにしがみつき、彼女をかばうように衝撃に耐える。


手足に機装の感覚がない。

操縦の切れたヴンダーヴァッシェは四肢を投げ出して敵のなすがままにされている。


「遊んでんのかチキショー!」


僕の腕の中でカルネが吠えた。

確かに黒騎士は、おそらくあれに乗るのは黒騎士だろうが、槍で殴るだけで一向にトドメを刺しに来ない。

そう、遊ばれてると感じるのは僕も同じだ。


もしかして時間を稼いでいる?


ふと抱いたその疑問に、めまぐるしい視界の端で答えが出る。

例の双胴船がいかりを上げる姿が乱れ飛ぶサイトの一つに映りこんだからだ。


出港する? こっちの混乱に乗じて兵士を収容していた?

なら――


「カルネ、ちょっとでいいからチャンスを作って」


「なに!?」


「僕に考えがある!」


そう言って僕はカルネから手を離す。


途端に中空に投げ出された僕の手足を、重い操縦感覚がすぐに掴み、途端に地を転がるヴンダーヴァッシェからのフィードバックが襲いかかってくる。

身体がバラバラになりそうな衝撃を何とかこらえて着地。

受け身が取れたおかげで衝撃は少ない。


「うし、緊急スラスターを使うけど三秒までだからね」


空を飛べないヴンダーヴァッシェにもスラスターはある。らしい。

三秒は姿勢を保てるとカルネが確約してくれた。


再度突っ込んでくる槍にタイミングを合わせ、僕は全力で大地を前に蹴る。

それに鋭く反応し、黒い槍は持ち主ごと正確に僕の胴を狙いに来た。


「今だ!」


銀機装の太ももが展開し、隠れていたスラスターが轟然と火を吐く。

頼もしい推力に押し上げられ、槍の軸がヒザまでずれる。


焦らず足を引きつけ相手のランスを蹴し、そのままバク転の要領で後ろへ。

最後は身を翻して着地。足下で石畳が弾けるが気にしてはいられない。


相手がいったん上空に上がるのを確かめ、僕は今まさに碇を上げ終わった敵の船に狙いを定めた。


「カルネもう一回!」


「これで最後!」


再び噴いた補助スラスターの勢いに乗って、僕はヴンダーヴァッシェと共に飛び上がった。

船までは一マイル足らず。

一回の跳躍で飛びきれるかは怪しいが、このままなにもせずに打たれるよりはマシだ。


あの夜に立ち止まった神殿の尖塔を飛び越し、僕らは町を横切って防波堤に着地。

そして敵のコウモリを警戒しつつすぐさま次の跳躍。


僕の狙いに気づいたカルネが「なるほど」と手を打つそばで、僕は目的の場所に着地、いや着艦した。

そう、敵の兵士でごった返す船の甲板へと。


「兵を逃がす気なら、この船は沈められないよね」


「さすがいぢわるレイ君、よくもまぁ思い付くよね」


五日前の爆発の跡も抉れたままに、鋼鉄張りの甲板がヴンダーヴァッシェの重量を支える。

機装を運ぶための船だから、当たり前といえば当たり前か。


周囲で悲鳴を上げて敵の兵士が散る。踏まないように気を使わないと、彼らを捕虜にしないことには本国とやらの情報が取れない。


さて、あとはどうやってあのコウモリに対応するかだけど。


「嘘でしょ……」


カルネの呆然とした声に引っ張られて、僕は正面に目を戻した。


直上、ちょっと離れた所に闇色の機装が滞空する。

その胸部が大きく口を開け、中央に紫の瞳とそれを取り巻く円形の光が輝く。


背筋に氷のような予感が走った。

ここにいるのはマズい!


とっさに駆け出したその上で竜のあぎとから光輪が放たれ、巨大な船を丸ごと取り巻いた。

輪は閃光を発して見えない空気の壁となり――爆轟、そして暴散。


たった一瞬、そのわずかな時間で、城のごとき船は幾千の破片と山のような水柱に変わり、この世から消え去った。


轟々たる水柱に跳ね上げられ、何とかギリギリで岸壁に着地したヴンダーヴァッシェ。

その中で、僕らはなにが起こったのかわからずに立ちつくす。


味方の船を、それも本陣であろうモノをなんの躊躇もなく……


バラバラと落ちてくる無数の鋼材や木材に混じり、手や足が、赤黒い何かが降り注ぐ。

泡立った海面が黒いのは少なからぬ血が混じっている証か。


理解などできようもない所行。


そして理解しようとする時間もなかった。


逃れたヴンダーヴァッシェを追ってコウモリ機装が羽根を畳み、背面のスラスターから紫煙と蒼炎を迸らせる。

殺気を増した重い突撃に、僕は構える暇すらなくまた叩き飛ばされた。



 ***



港でいったい何が起こったのか。


アデルは河岸に通じる坂道を馬で駆け下りながら、突然立ち上がった水柱、いや水の山に目を走らせる。


場所としては敵の本陣、黒の双胴船があった付近か。


船を破壊したのがレイたちの仕業なら、捕虜を取るという方針から外れている。

だいたいあの二人がそんな暴挙に走るはずがない。


とすれば敵か……いや、その方が不合理だ。

アデルには自軍の船を沈める理由など思いつかない。


とにかく、今はこちらに集中するべき。


港から途切れなく聞こえる音がレイが敵を圧しているものだと信じて、彼女は手綱を慎重に手繰る。

間近に聞こえる重い足音に対し、付かず離れずの距離を保って移動せねば。


すでにシンディとは相談を終えている。


部隊は散開して移動中。

シンディはアデルの横を離れ、連係を取るために伝令として飛び回っていた。


アデルの後ろを付いてくるのは、大量の荒縄を担いだ十二人の巨人たち。

速歩の馬に楽々と追従する彼らだが、その顔にはいずれも緊張と覚悟が見てとれる。


彼らはこの〈決死隊〉を募った時に、何も言わずに挙手で答えた者たちだ。

初めて機装を肌で感じ、恐怖を植え付けられてなお立ち上がるその闘争心。

歴史に残る巨人の勇猛を、アデルはこのとき初めて頼もしいと思った。


彼らと一緒に戦えるのがどれほど心強いことか。


それだけに、彼らを無駄に死なせるようなマネはしたくない。

慎重に、あくまでも慎重に。

こちらを追撃してくるあの化け物を引きつけたままにする。


東と南を丘に、西を港湾に囲まれたペンヴリオ。

ならば北は? 北は港に注ぐ大河に面していた。

北城門の先に中州まで架かる大橋があり、川岸には漁港が広がっている。


アデルたち〈決死隊〉の役目は、その港まであの術士巨人、イン・ディーセンと呼ばれていたが、とにかく奴を引っ張っていくこと。

それも味方の展開が終わるまで時間を稼ぎながら。


幸いなことに相手はこちらを舐めきっているらしい。

町ごと焼けばアデルたちを簡単にいぶり出せるだろうに、ただ追いかけてくるだけで攻撃をする気配はない。


誘導するのは難しくない相手だ。


河岸に面した広場を動くアデルの耳に、背の高い住居の壁を縫って微かな笛の音が届く。


準備完了。

確かに聞いたぞシンディ。


「諸君ここからだ。あのおごった唐変木とうへんぼくに目にものを見せてやろう!」


はい女卿イェス・ダァム!』


アデルは馬を襲歩に命じ、巨人たちは足音高くそれに付く。


命に代えても、あの機装はここで沈めてやる!

それまでどうか頼むぞ、レイ。

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