銀の腕のダイタンオー
じんべい・ふみあき
巻之一 王子と女神と巨人は出会う
Beginning
「コスプレ?」
僕は
「聞いた事ないよ」
「言ったことないもん。
そこ、もーちょっとてーねーにやってね。神経通ってるから」
銀と白の羽衣を揺らして、彼女は僕の手をそっと誘導する。
頼めばシンディだってやってくれるだろうに、近ごろ彼女は僕に髪を手入れさせる。
僕の手が気持ちいいとか言っちゃって。
付き合う僕も僕だけど。
「異世界の服遊びだよ、コスプレ。
いろんな服を着て、英雄やお姫様、時には怪物になりきって遊ぶの。
ボクの力って、あんがいそういうのと一緒なんだよね」
「仮装行列みたいなもの?」
「ううん、そーいう感じじゃないなぁ。あっ、いまのすきぃ」
櫛がいいところを通ったのか、彼女が艶めかしい声で鳴く。
これが反応に困る。
こっちはまじめに髪の手入れしてるのに「うにゅぅ」とか「うにゃぁ」とか鳴くし。
僕だって真っ当な男なんだから、少しはいろいろ考えてくれたっていいじゃないか。
「えへへぇ、レイ君赤くなっててかわいい。ね、もうちょっとして」
「もうここまで、あとはシンディに頼みなよ」
「けちぃ。レイ君、意地悪だ」
人ならざるエメラルドの瞳が、僕を非難がましく見つめる。
取り合わないよ。
いつものことだし。これ以上はどうあっても隠せそうにないし。
「これ以上鳴かれると僕の……だし、ぼ、僕はもう寝るからね」
「にゃ、レイ君の何がどうなの?
そんな女の子みたいな格好して、何がどうなっちゃうのかな?」
「これを着せたのはカルネじゃないかぁ」
僕は立ち上がった拍子に、努めて目を背けていた鏡台を見てしまう。
ラベンダー色のドレスを着た少女が、ストロベリーブロンドの髪を垂らしてこちらを睨んでいる。
頬はうっすら上気して見え、スカイブルーの瞳には涙がにじんでいる。
いや、それは僕自身の姿だ。
男の。
十七歳の。
レイ・アルプソークの姿に他ならない。
「だって、レイ君
〈それ〉着たら誰でも上手になれるんだから」
「だからってこんな姿……ひゃっ!」
鏡の中の少女に、銀髪の少女が抱きつく。
いつの間にか着ていた羽衣はなく、鏡の向こうでは白い背中がロウソクの炎を受けて妖しく揺れる。
目を落とすわけにはいかない。
だって今下見たら、その……
「にゅふふふふ。いいじゃん、キミとボクの仲なんだし」
「どの仲だよ!?」
「女神と御使いの仲に決まってんじゃん。
さーて、レイ君のお荷物はどこかなぁ」
そう言って緊張にこわばる僕の素肌に手を滑らせる少女。
「ちょ、やめ、どこに手を入れて、だめだって、カルネェ」
間違ってもこんな姿二人にはに見せられない。
そう僕が唇を噛んだそのときだ。
「レイ、それにカルネ。明日の馬車なんだが……」
部屋の戸を何気なく開いて入ってきた、褐色肌の女軍人が固まる。
彼女は絡みあう僕らを上から下まで眺めたあと、僕にではなく銀髪の少女に怒りの目を飛ばした。
「……なに、して、くれてるんだ……貴様ァ!」
「なにって…………ナニ?」
「だろうな……やはり異界の女神など信用できん、今すぐこの場で叩き切ってやる!」
「おー、やる気なのアデルちゃん? でもそんなヘボ刀でボクを切れるの?」
「言わせておけばこの下郎が! うちの若旦那にそんな格好」
「どんな格好なんですアデル様?」
女軍人の背後から、堂々たる背丈のメイドが部屋をのぞく。
来てしまったか……
「わ、レイ様……すっごくお似合いです!」
長身メイドは女軍人を突き飛ばして部屋に乱入。
ただでさえ気まずい姿勢と服装の僕を後ろから抱きしめ、頭に容赦なく大きな胸を押し当ててくる。
「んー、このまま一緒に寝ましょうレイ様。
私一度でいいから〈そういう事〉をしてみたかったんですよぉ」
「ど、どういう事ですかね、シンディさん?」
「そーだよ、レイ君は今日ボクとソファーで寝るんだから、ほら、でっかいのは寂しいベッドに帰った帰った」
「ま、いくらカルネさんでも聞き捨てなりませんよ。レイ様をかけて勝負です!」
「方法は?」
「もちろんレイ様に決まってます!」
「よし乗った!」
いつから僕の名前は決闘の種目名になったんだ?
などと思う間もなく前は全裸のカルネから、後ろは豊満なシンディから手が伸び、僕の身体をまさぐってくる。
「やめ、てぇぇ、そこ、だめだってふたりとも、あぁれぇぇぇぇっ」
僕が悲鳴を上げ、蹴り転がされたアデルがため息をついたそこへ、宿の支配人が上がってくる。
「あんまり騒がしくせんでくれんか……」
組んずほぐれつの美少女三人(?)を見た支配人は、処置なしと床に座りこむアデルに訳知り顔で親指を立てると、いい笑顔で静かにドアを閉めて去っていった。
若干二名、性別を取り違えられたな、これは……
僕は悲鳴にため息を混ぜ、明日も寝不足な旅になると覚悟した。
***
これはあの出会いの日々と、その後の物語の幕間劇。
おそらく僕らが最も幸せだったころの、一夜の幻。
全てはあの夜に始まり、そしてまだ旅は続いている。
しばし夜に想いを馳せよう。
これは、僕と女神が出会う物語。
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