おかえり

 新盆を実家で迎えるために、上り電車に乗ってやっと帰ってきた。

 仕事上のトラブルで致死的状況になったのが命取りとなり遠いところに左遷され、鬼のような上司と鬼のような先輩方に囲まれて地獄のような過酷な労働を休みなくさせられた。ブラック企業を通り越して暗黒企業というのだろうか。でも親会社は天国のようなところらしい。

 電車が最寄りのターミナル駅に着いた。ふと、反対側の下りホームを見ると山登りの格好の人や、なぜか車のハンドルを持った人、水着を着て浮き輪を背負っている子供もいる。夏休みの風物詩だ。

 僕は実家に帰るため、私鉄に乗った。料金はタダだ。鬼の上司がくれたICカードでスイスイだ。ICカードは嬉しかったが、全身白の着物をくれたのには参った。北島三郎みたいだ。鬼の上司はこれを着て行けと命令した。僕の他にも新盆に帰る人には全員、白い着物が支給された。我が社のユニフォームなのか。

 電車に揺られていると洋子に似た横顔を発見した。一応僕の彼女だ。全然連絡取ってないけれど。よっぽど声をかけようと思ったが、彼女は泣いていた。僕は泣いている女性に弱い。結局、声はかけられず仕舞いだった。電車は僕の実家の最寄りに到着する。洋子は電車を降りた。たぶん僕の実家に行くのだろう。

 僕はふらりふらりとした足取りで、洋子を追って実家に行った。

 実家には僕の顔写真が仏壇に飾られていた。

「おかえり」

 両親が言った。

「なんで死んじゃったの」

 洋子がまた泣いた。

 ごめんよ、仕事上の不慮の事故で死んだ、僕は地獄に落とされた。そして今日、自分の新盆を迎えるために、魂だけ帰ってきたのだ。

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