第15話 新たな力

 早朝の保健室。消毒液と日光の匂いがするそこに、今は六人の人間がいた。怪我の療養をしているアラン=フリーマン、艶のある黒髪に、スカイブルーの瞳の少年。同じく、ステラ=ローズ。茶色くグラデーションが入ったセミロングの金髪、狼のような鋭い眼光をした妙齢の女性。二人の見舞いに来た、サラ=アーメッジ、ルリア=ミルドット、ジョー=ロックウェル、ローランの四人だ。サラとルリアはベッドで上半身を起こしているアランの近くへ、ジョーとローランは少し離れたところへ立っている。


「怪我は大丈夫?カーリーちゃんはどうしたの?」


 心配そうな表情で若干うるんだ眼をしたサラが、アランにそう問う。いつもの元気さはなく自慢のポニーテールもしょんぼりとしおれている。


「今はここにいないけどすぐに迎えに行くよ」


 それを聞くとサラは数瞬アランの眼を見つめ、何かに納得がいったという表情をし一つ頷いた。その手のひらは祈るように合わさっている。


「……うん……私、まってるから」

「ああ、ところでルリアはどうして?」


 アランが、若干気まずそうなもじもじとしていたルリアに聞くと、彼女はしばしもごもごと黙ったのちに意を決したように話し出す。ツインテールにされた金髪がぴょんとはねその顔はほんのり朱に染まっている。


「その、昨日はすみませんでしたわ。それと、助けてくれてありがとうございました。それだけは言っておきたくて……」


 彼女がそう言うとアランは納得がいったように頷き彼女を許した。もともと彼は、自身の源泉値が低いことでああいった面倒が起こることを覚悟していたからだ。それに、これは後からわかったことなのだが怪獣に寄生された人間全員が、妙な気分の変調を訴えていた。だから一概に騒動の全てがルリアの責任とは言えないと思ったのだ。


「いいって、ああいうことはあるだろうと思ってたんだ」


 その様子にサラは微笑みアランに告げる。サプライズを明かすその表情は明るくいつものように笑顔をいかべていた。


「まだアラン君とカーリーちゃんにはいってなかったんだけど。今度、四人の歓迎会をやることになったんだ……だから」

「必ずカーリーと一緒に参加するよ」

「……うん」


 それから二~三たわいないことを話し彼女たちが離れると、今度はジョーとローランが近づいてきた。金髪碧眼女顔の少年ジョーと銀髪長耳幼女のローランはそれぞれに口にする。


「こちらの準備は出来ている」

「万端」


 そっけない風に言うジョーと親指を突き出して言うローラン。その言葉にアランは頼もしさを感じるのだった。最初の出会いこそ血みどろの戦闘だったがその強さは身をもって知っている。味方として考えればジョーとローランの加勢は単純に有り難かった。


「ああよろしく頼む」


しばらくして四人が保健室を去る。すると学園長は待っていたようにベッドを出るとアランに声をかける。彼女はギプスを外し二~三度、調子を確かめるように腕を動かすと全身を猫のように伸ばす。


「よし行くか!」

「行くかってどこへです?」


 不思議そうにそう聞く彼に彼女は得意げに答える。その目はらんらんと輝きを放ち口元は牙をむいていた。


「決まってるだろ。新しい力を取りにさ」

「新しい力?」


 保健室を出た二人は長い廊下を歩きだした。



 学園長に案内されアランは学園の地下工房にやってきていた。そこは様々なブースが存在する整備課の生徒が機人の整備改造を行う場所だ。中には軍からの要請で実験機の開発をしているブースも存在した。実際にいまも大勢の人間が行き来し急ピッチで機人の整備を行っている。


「怪我はもう大丈夫なんですか?」

「ああ。相手の攻撃をかわすときにちょっと無理してヒビが入っただけだ。へーきへーき。それよりおーいダァーン!」


 指紋認証、網膜認証、音声認証、源泉認証をへて、分厚い合金製の扉を開いたステラ。工房入り口にかけられた工具をガンガン鳴らしながら、大声である人物の名前を呼ぶ。ダン=モーロウ、短く刈りつめた黒髪をうっとおしそうに掻く、作業ズボンにタンクトップ姿の黒人の男性。聖騎士訓練学園の工房長であり、この工房の実質的支配者だ。


「おいおいステラ。いい加減それをやめろ。うるさくてかなわん」

「だったら私が来たら一秒ででな!」


 若干うんざりしたような表情で、クマがある目を細めてあきれるダン。彼はブラフマーがあらわれドゥルガーが奪われた時から、急ピッチである作業を行っていたのだ。


「はー、まあいい。それより君がアランか?」

「はい、アラン=フリーマンです」

「そうか、俺はダン=モーロウ。ここの工房長をしている。よろしくな」


 白い歯を出して笑顔を見せるダンに答えるアラン。握手したその手は、厚く皮が張り力強さを伝えていた。


「はい」


 ダンは数秒アランを観察すると、責めるように学園長を問い詰める。彼が想像していたアラン=フリーマンは、もっと屈強でいかにもアメリカの兵隊ですといったような、ムキムキマッチョのナイスガイだったのだ。彼はとてもではないが、アランがアレに耐えられるとは思えない様子だった。


「ほんとうにこんな坊やをアレに乗せるのか?」

「ああ体をよく見てみろ。結構いけるぜ」


 何か面白いことを思いついたように言う学園長。それを受けたダンもまた、面白いとばかりに話に乗った。明らかに徹夜明けのテンションである。それもダメな方向に傾いた。


「ほお!よし、脱いでみろ」

「へ?」


 突然の要請に一瞬呆然とするアラン。彼は思わず一歩後ろに引いていたが、背後には学園長が立ち、肩に手を置いて不敵な笑みを浮かべている。逃げ場はないのである。


「いいから脱げ!」

「いやちょっと……」

「脱げ!」

「脱げ!脱げ!脱げ!」

「あっはい……」


 ぐいぐい押してくるダンと学園長にしぶしぶといった風に従うアランだったが、どこか薄ら寒いものを感じたのか若干鳥肌が立っていた。引き締まった腹筋に、盛り上がった上腕二頭筋、背筋は鍛え上げられ鋼のようになっている。鍛え上げられた肢体が晒されると当然周囲からうける視線も倍加する。


「兄ちゃん良い体してるじゃねえかぁ!」

「だろ!着やせするタイプなんだよそいつ」


 激しく同意とばかりにうんうん頷く学園長とダン。二人はアランの体を一通りまさぐるとよっしゃとばかりに互いに腕を組む。


「あの……なんでそんなこと知ってるんですか?学園長」

「職業上の特権ってやつだ」


 アランは何も言えなくなって学園長に白い目を向けた。明らかにダメ人間を見る眼であったが、学園長はそんなことは気にせずひょうひょうとしている。


「よし。兄ちゃんこれきて見ろ」


 すると何やらロッカーをあさっていたダンから、ごつごつとした要所要所に金属製のパーツが付けられたスーツを渡されるアラン。意外と重いそれを一瞬取り落としそうになりつつ疑問の表情を浮かべる。ある種、西洋甲冑にも似たこれはいったい何なのだろうと。


「これは?」

「試作品の耐Gスーツだ。それをもってついてこい」


 先導するダンに続いて歩くことしばし一行は一つのブースに来ていた。人間が踏み入れたことで照明がついたそこには一機の機人が鎮座している。漆黒の装甲を纏ったそれは、元の形状がわからないほどごてごてとした装備を付けられているがヘッドパーツを見ると確かにベースは第一世代型機人クレイモアだとわかる。自慢げにそしてどこか誇らしく解説を始めるダン。それは、まるで自分の子供を自慢するようでもあった。


「試作第一・五世代型機人フルアーマー・クレイモアだ。もともとは、量産型の第一世代をベースに、源泉値が低いものが聖騎士になることを想定して改造していたものだ。今は決戦ということもあってありったけのオプションパーツをのっけてはいるが、本来はもっとスマートなんだぞ」


 そう言って資料を手渡してくるダン。そこにはオプション装備のバンカーシールド、ファランクス、超電磁砲、マッシブチェーンソー、マイクロミサイル、バルカンポッド、チョバムアーマー、プロペラントタンク、フレキシブルブースター、外部バッテリーパック等の装備の詳細が記されていた。戦力過剰というか、もはや戦艦である。


「源泉とバッテリーのハイブリット機体のこいつなら、源泉値が低いお前さんでも問題なく動かせるはずだ。遠慮せず持っていってくれ」


 それを聞くとアランは何か言いたそうに押し黙った。若干伏せられた目はもの言いたそうに学園長のほうを見ている。


「何か言いたそうだな」


 それまで黙っていた学園長が口を開く。


「なんでここまでしてくれるんですか?」


 それは当然の疑問だった。今のアランはただの学生、カーリーの居ない彼には彼女たちが自分にここまでしてくれる理由が解らなかったのだ。

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