第27話 樹のお家

『一家失踪!?』


 リサイクルの店を経営する俺は、よく空家あきやなどの片付けを頼まれる。

 住む人のいない古い家屋を壊す前に、物色しながらゴミを整理して、後は産廃業者に委託して大量のゴミを運び出すのだ。

 今回、依頼を受けた家は十年前に家族全員が蒸発したまま空家になっていたが、管理していた祖母が亡くなり、親族が古家を取り壊し更地にして売ることになった。


 地図を渡されて、ここだと思って来てみたら大きな木が一本立っていた。

 近くで車を停めて、よく見たら、包み込むように覆い茂った枝の間に、家らしきものが隠れている。青々と茂った葉っぱに、まるで養分を吸われたかの如く、家は朽ち果ててしまって……。

 電気が止まっているので、懐中電灯を持って建物の中に入る。

 侵入者に荒らされないように、扉や窓には板を打ち付け、有刺鉄線ゆうしてっせんなどを張り巡らしていた。玄関付近の板をバールで剥がして鍵を開けて中へ入った。

 突然の灯りに鼠たちが驚いて逃げ惑う、この廃屋に棲みついていたようだ。湿気でカビ臭く畳は腐っていたが、思ったよりも室内は荒れていない。

 窓が塞がって暗いのでバールで叩き割って光を入れた。どうせ、明日にはブルドーザーで全部壊されるのだから構わないだろう。

 目ぼしい物が見つかったら、こんな不気味な家から一刻も早く引き上げたい。

 まず親族に依頼されていた貴金属や通帳印鑑などを探す。居間と思われる部屋の箪笥たんすを探ると、いろんな書類が入っていたので、そのまま袋に放り込んだ。

 鏡台の引出しに貴金属や時計があり、家計簿の間から二千円札が数枚出てきた。主婦のヘソクリだろうか、ヘソクリまで置いて、この家族はいったい何処へ行ってしまったのか?

 今度はリサイクル店で売れそうな商品を探す。

 寄木細工よせぎざいくのオルゴール、ガラスケース入りの市松人形いちまつにんぎょう九谷焼くたにやきの花瓶などを物色中。やってることが泥棒と変わらないと自嘲じちょうしながら……サイドボードの上にはたくさんのフォトフレームが飾られている。

 女の子とその両親のようで、どれも楽しそうな家族写真だった。


 ――あまりに日常的なたたずまいに、釈然しゃくぜんとしない何かを俺は感じていた。


 その時、何処からともなくざわめく声が聴こえてきた。

 いきなり古いブラウン管のテレビが映った! ビックリして俺は尻餅をつく、電気は止まってる筈なのに……白い画面にうっすらと人影が浮かび上がる。


『あなたは誰?』


 十歳くらいの女の子が画面に現れた。

 俺は恐怖で声も出ない! 幽霊屋敷とは聴いてない――。家族が消えた十年前に大々的に警察の捜査が入ったが、たしか死体は見つかっていない筈だ。

「お、俺はこの家の持ち主に頼まれて片付けをしてる。ここを壊すから……」


『ここを壊す?』


 怖い顔で睨んだ――。

 ガタガタと急に家が揺れだした。

 窓を突き破って木の枝が室内に侵入するではないか! 次から次へと、窓からニョキニョキと青々とした枝が伸びて来る。樹々で室内が覆い尽くされていく……これは超常現象か!? 


『樹を切らないでください!』


 画面の中の少女が俺の目の前に立っている。


「き、君は……?」

『この家に住んでいた家族です』

 写真の女の子と同じ顔だ。

「十年前に消えた家族か? どこに居たんだ」

『この樹の中に同化して、肉体と魂は吸収されたのです』

「逃げよう!」

 事情は分からないが、少女の手を掴んで家から脱出しようとしたら、

『離して! お父さんとお母さんが樹の中にいるの』

 嫌々をして駄々をねた。

 その間にも枝はどんどん伸びて、まるで樹海のようになった。

 ぐずぐず言ってる場合ではない! 小さな手を引っ張って必死で外へ飛び出していったら、いつの間にか少女の姿が消えていた。

 家がバキッバキッと轟音ごうおんを立てて木に捻り潰されていく……。大きなほらが口を開けて、粉々になった家を吸いこんで入った。

 超常現象をの当たりにして、茫然自失の俺だったが、我に返って、車に飛び乗り急発進させた。

 振り返って見た時、家は消えて巨大な木が堂々とそびえていた。

 あの少女と家族はどうなったのだろうか? 考える余裕もなく、その場所から遠ざかっていった。


 事件の後、ショックで熱を出して俺は三日三晩寝込んだ。

 病気が治ってから、あの家のことを調べてみたら、その場所が戦国時代の古戦場こせんじょうだという事実を知った。斬首された落ち武者たちの生首を、木の根元に並べたといわれる。

 あの大木は多くの血を吸ってきたのだろうか、そして木の側に家を建てた家族も消えたという訳か。

 その後、ブルドーザーであの木をなぎ倒そうしたが、車体が横転したり、エンジントラブルを起こしたりで作業がはかどらない。ブルドーザーの運転手が突然心臓麻痺で亡くなったり、作業員がケガをしたりと不運続きで、ついに業者に断られたという。――なんと怖ろしい呪い木!

 あの木を切ることは絶対にできない、家族の魂が閉じ籠められているからだ。


『ねぇ、樹のお家へ行きましょう』


 そして、俺の指先には少女の冷たい手の感触が残っていて、今も樹の中へ引きずり込もうとしているのだ――。

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