第74話 ロック鳥を撃ち落とせ
ロック鳥は、戦えない者たちにとっては、恐怖以外の何物でも無い。その脚に掴まれてしまえば、そのまま圧力で殺されてしまう。運良く生き残れる掴まれ方をされたとしても、逃げ出す術はまるで存在しない。
ロック鳥は、恐れおののくグランメリスの者たちに、狙いを定めているように見えた。
高い位置から急降下してくるロック鳥を、地上から攻撃して倒すのは至難の業だ。まずは地に足を付けさせなければならない。これまで、このような役割はバラルがしていたから、これからはマーシャの役目になる。
「マーシャ、ロック鳥の羽根をまず焼こう。降りてきてくれないと倒せない。降りてきたら僕が引き受ける」
「わかった、やってみる!」
ジャシードの言葉を受けて、マーシャは杖を掲げた。
杖の先端から、炎の球が出現し、それはどんどん大きさを増していく。その大きさは、マーシャの身長よりも大きな直径を持つまでに至った。
「あ、あんなに大きい炎を作ったら、あの子、一気に気を失うんじゃないの?」
様子を見ていたミアニルスは、マーシャの魔法を見て呆れていた。あの子は、配分を知らないど素人だ、とミアニルスは思っていた。
「マーシャ、それ、熱くないの?!」
ガンドは両手を顔の前にかざして、熱と光を防ごうとしている。
「私は炎との間から、雨を振りかけているから熱くないわ。心配ありがとう、ガンド」
マーシャは余裕の表情で、ガンドにウインクした。
「さあ、行くわよぉぉぉ!」
マーシャは、そう言いながら杖を少し引いてから一気に振り上げた。
巨大な炎は、ロック鳥に向かって飛んでいく。しかし当然ながらロック鳥はその炎を回避し、マーシャの方向へ向きを変えて降下しようとしていた。
「あんな下手くそな魔法使い、初めて見るわ!」
ミアニルスは心の底から呆れて言った。
「ミ、ミア。よく見ろ」
ナザクスは、炎の成り行きを見ていたが、その炎はただ単に飛んでいったわけではなかった。
マーシャの放った巨大な炎は、空中で無数に分割され、四方八方に散らばった。
「おお、きれい!」
スネイルはその様子を見て感激している。
「な、何なのあの魔法……見たことない……」
ミアニルスは、ただ口をあんぐり開けていた。
無数に分割された炎は、マーシャがそれぞれ操作をして、あちらこちらからロック鳥に向かって飛んでいった。
ロック鳥は、炎を回避しようとしたようだったが、時既に遅し。無数の炎は、降下中のロック鳥を逃げ場無く取り囲み、そして包み込んだ。
キィャァァァァァ!
そんな鳴き声を上げながら燃え上がるロック鳥は、激しく翼をばたつかせながら、地面に降り立った。羽根の炎は概ね消えたが、多数の箇所が焦げ、所々羽根が焼き切れて穴が空いている。
「さあ、次は僕が相手だ!」
ジャシードがウォークライを放つと、ロック鳥の怒りがその身に降り注ぐのを感じ取った。
「ジャシードも化け物じみているが、彼女もとんでもない使い手だ……ヒートヘイズ……何者なんだ……」
ナザクスは、マーシャの魔法を見て驚愕していた。
ガンドとスネイルは、ロック鳥が地面に足を付ける前に、側面と背後へ向かって走り出していた。彼らの頭の中にあるのは、もちろんワイバーンとの戦闘だ。
「ナザクス、ロック鳥はどんな攻撃をしてくるか、知ってるかい?」
ジャシードはロック鳥のくちばしを避けながら言った。
「今聞くのかよ!? くちばし、脚、それから翼で突風を起こす!」
ナザクスが大声を出す。
「え、それだけ? 火を噴いたりしないの?」
ジャシードは、拍子抜けしたような声を上げた。
「強いて言えば、めちゃくちゃタフで、チカラがある。見りゃ分かるだろ」
ナザクスは呆れた様子で言った。
『それだけ』でも、ロック鳥は多くの冒険者を、人々を死に追いやってきたのだ。ジャシードはロック鳥をなめているとナザクスは感じていた。
それは命取りになり得る。一撃でも攻撃を食らったら、もう命はない。それがロック鳥だ。
「マーシャ、翼の付け根を狙って。出来れば羽根は回収したい」
「切り取れるかは分からないけど、やってみる!」
マーシャは、何やら空中を指差しながら準備を始めた。
「スネイル、ガンド。爪はなるべく傷付けないように!」
「ガッテン、アニキ!」
「了解!」
スネイルとガンドは、ロック鳥がジャシードの攻撃に気を取られている間に脚へと近づいていく。
「何を言っているんだ。なりふり構わず無我夢中で戦え! そう言う相手なんだぞ!」
ナザクスはイライラして叫んだ。彼らの勝敗は、自分たちの命に直結している。是が非でも勝って貰わねばならないのに、その緊張感が無いようにすら見える。
ロック鳥は、ジャシードをくちばしで捕らえようと躍起にやっている。しかし突っつけども突っつけども、ジャシードはサラリと躱して、くちばしを攻撃してくる。
ロック鳥からすれば、くちばしへの攻撃は、目の前を剣が通過していくものだ。少しでも剣が見えたら首を引っ込め、次の攻撃に備える。
ナザクスは目を見張っていた。ロック鳥の攻撃は、鳥が地面に何かを見つけ、くちばしで突く動作そのものだ。猛禽類ゆえに少しだけ遅いかも知れないが、だからと言って『遅い』などと表現できる速度ではない。
上から突然繰り出される高速な突きだ。避けるのは至難の業のはずだが、ジャシードには当たる気配が無い。
ジャシードを襲った時もそうだった。攻撃を当てようとするならば、追い詰めなければならなかった。そして追い詰めたら……。
ジャシードの近くの地面は、ロック鳥が突いて抉れてきた。しかしジャシードは巧みに居場所を変えながら、スノウブリーズにも近づけないよう、自分の居場所を作っている。
そしてロック鳥の足元を見ると、ガンドが長棒を振りかぶっているところだった。
「鍛えてきた腕力をぉ、思い知れぇっ!」
ガンドはタイミングを見計らって、ロック鳥の左踵、スネイルが指示したところに鋼鉄でできた先端を振り抜いた。
キィャァァ!
骨と鋼鉄が当たる、得も言われぬ音を立て、ロック鳥は鳴き声を上げながら勢いよく脚を振り上げた。
ガンドはその動きを予測して、脚の動きにくい側面にいたため、大量の土煙を浴びたのみだ。
そしてロック鳥の右脚には、一本足で立つ瞬間を狙っていたスネイルが、ワスプダガーとゲーターを両手に構えて待ち構えていた。
ロック鳥の全体重を支えることができる太い脚に、今まさに、その全体重が掛けられていた。
スネイルは、ここぞと見える腱の一点に、ワスプダガーとゲーターをぐいと刺し込んだ。更に捻ってから、横に切り裂きつつ退避する。ブチブチと音がし、ロック鳥の腱に確実なる傷を与えたと確信した。
ロック鳥は苦しみの鳴き声を上げ、翼を羽ばたいた。その翼で強風を撒き散らし、地面を離れようとする。その周囲には、ものすごい風が発生する。立っているのが困難なほどの風圧が体に掛かってくる。
「うわああっ!」
近くにいたスネイルが、風圧に負けてゴロゴロと転がっていった。
「あっ! 逃がさないわよ!」
離れたところから攻撃しているマーシャは、風圧に負けることはない。素早く両手を上げ、ロック鳥に向けて振り下ろした。
上空の何もない空間から雷が二本出現し、飛び上がろうと羽ばたくロック鳥を、轟音とともに打つ!
ロック鳥は痺れて翼を上手く動かせなくなり、地面に落下した。ロック鳥が地面に衝突する音と共に地鳴りが響き、もうもうと土煙が上がった。
何とか起き上がったロック鳥は、地面に衝突した時に打ち所が悪かったのか、左側の翼が折れている。
「そこ! 見つけた!」
マーシャは、準備していた魔法を、翼が折れている箇所に向かって放った。
小さな光たちが、一直線にその場所へと向かっていく。そして到達した瞬間、激しく爆裂した。と同時に、ロック鳥の悲鳴が上がり、翼が地面に落ちた。
その様子を見ていた商隊の面々から、おおっ、と感嘆の声が上がった。
「やったあ! ジャッシュ!」
マーシャは無邪気に両手を上げて跳び上がった。
「さすがマーシャ! カッコいいなあ!」
ジャシードはそう言い残して、ロック鳥の方へと走って行く。
ロック鳥は、脚をひょこひょこと引き摺りながら、背を向けて逃げ出そうとしていた。しかしいくら逃げようとも、翼をもがれた鳥の末路は知れたものだ。
「ロック鳥が……逃げ出すなんて……」
ナザクスは、ジャシードたちにロック鳥が『料理』されていく様を、口をあんぐり開けたまま見守った。
さすがにとどめを刺すまでに、ロック鳥はかなりの抵抗をしたし、非常にタフであったことは間違いない。しかし、相手が悪かったとしか言いようがない結末だった。
ヒートヘイズたちは、そこらの鶏でも狩るように、ロック鳥を狩った。
◆◆
ジャシードたちはロック鳥の羽根を、綺麗なものからたくさん採取し、岩のように硬い爪とくちばしを切り離して袋にしまい込んだ。ついでに肉もたくさん切り取って、食材の袋に入れた。
積み荷はあっと言う間に山のようになり、ヒートヘイズたちのラマは少しだけ重そうにしていた。
この戦いの後、商隊たちの緊張感は一気に薄くなった。グランメリスまで、無事に帰ることができる希望が湧いた。ヒートヘイズたちは、明らかにスノウブリーズより強い、商隊たちはそう感じた。
「おれは見くびってたよ。ヒートヘイズを」
ナザクスは、完全に白旗を揚げていた。
「怖さが増しただけよ……化け物じゃないの……」
ミアニルスは、より恐怖感を強くしていた。
「ふん。本来ロック鳥は、群れで行動するものだ。たった一体倒しただけで調子に乗るものじゃない。ナザクス、お前情けないな」
シューブレンは、ナザクスを一瞥して言った。
「シュー。おれたちであんなにやれたか? やれるのか? まず、空から下ろせたのかよ……」
ナザクスは溜息をついた。
「お前はおれの実力にケチを付けているのか、あ?」
シューブレンはナザクスに食ってかかった。
「そうじゃない。ただおれたちで、あんなに上手くやれるのか、自信は無いと言ってんの」
「同じことだ。そうか、よく分かった」
シューブレンは、そこらに唾を吐いてから引き下がった。
「……何だか、仲間割れしてない?」
ジャシードと二人、荷台を押しながらガンドが囁いた。
「何で仲良く出来ないのかしらね」
「彼らは、寄せ集めだって言ってたからね。僕たちとは違うよ」
ジャシードがマーシャに小声で言った。
「おいらは、自慢のアニキとアネキを持って幸せ。アネキの魔法、すごかった。おっちゃんより凄いかも」
先ほど転がったせいで、そこら中、砂で汚れたスネイルが言った。
「あら、スネイル。嬉しいことを言うじゃないの。でもまだ私は、風の魔法も覚えないといけないの。バラルさんを越えるための道のりは遠いわ」
マーシャは遠くを見つめ、小さく溜息をついた。
◆◆
ウルート橋を渡り、一行はフーリア平原に入った。ロック鳥の仕業なのか、フーリア平原の怪物の数も減っているような感覚を受ける。
辺りを見回してみても、もうロック鳥の姿はない。一行は、フーリア平原を安全に進むことができた。
エルウィンへ向かうときに使った山の麓で夜を明かし、一行はレムリスへと歩を進めていた。
「久しぶりにレムリスに帰れるわね」
マーシャは、街道から街の壁を見つけていた。この辺りは、ほぼ真っ直ぐに街道が抜けていて、レムリスを見ながら進むことができる。
「みんな元気にしてるかな、特にフォリスさん」
「あはは。きっと平気よ」
ジャシードのちょっとふざけた心配を、マーシャは笑い飛ばした。
フォリスは長い間、レムリス衛兵の司令塔が一人として働いている。フォリスはきっと元気だろう。そうでなくては、レムリスの防衛に穴が空く。
「ソルンおばさんに、また料理を習わないと」
「晩ごはんしかチャンスはないよ」
「あ、そっか。すぐに発つのよね。ついつい、レムリスでゆっくり……なんて考えちゃった」
マーシャはちろっと舌を出して笑い、ジャシードはその姿に、小さな頃のマーシャを重ね合わせて微笑んだ。
しばらく歩いていくと、街の北門が見えてきた。北門の脇にセグムの姿が見えた。セグムもジャシードたちに気づいて片手を上げた。
「いよう、久しぶりじゃねえか、我が息子よぉ。逞しくなりやがって。マーシャも、スネイルもおかえり。ガンドはなんだ、ちょっと痩せたか?」
セグムは、ジャシードの背中をかなり強く叩いた。マーシャとスネイルの頭に手を当て、ガンドの腹を突っついた。
「ほんでまあ、たくさん連れてるなあ?」
「今回は、彼らの護衛なんだ。仕事だよ」
「なにい、仕事だと? お前、ほっといても勝手に冒険者やってんだな。さすがはおれの息子だ! わっはは!」
セグムはまたしても、ジャシードの背中をバンバン叩いた。
「セグムおじさん、おいらたちは、昨日ロック鳥を倒してきた。肉いっぱいだぞ」
「おじさんじゃあねえだろ、セグム父さま、だろうが! お前もう、うちの家族なんだから容赦しねえぞ!」
「まだ、慣れてないから、次からね。次から……」
スネイルは、セグムの勢いに負けて、ややたじろいだ。
「しかし、ワイバーンの次はロック鳥か……。ホントにすげえな、お前たちは……。武勇伝はソルンとフォリスに話しておいてくれ。おれはあいにく、夜の当番なんでな。肉も残しておいてくれよ!」
セグムはそう言って、一行を街へと招き入れた。後ろ手に手を振るセグムは、少し寂しそうにすら見えた。
スノウブリーズたちと商隊は、翌日の出発時間を決め、宿屋へと向かっていった。
その夜は娘が帰ってきて、感激して半泣きになっているフォリスと、息子の成長に感動したソルンを囲んでロック鳥の肉を味わった。
肉は残念ながらちょっと癖があって硬かったが、ヒートヘイズの武勇伝を聞いて酒を酌み交わし、おおいに盛り上がった。
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