第64話 ヴァーラン
ひんやりとした空気がテントに居座る、寒い朝を迎えた。凍えるほどの気温は目を覚めさせもしたし、あと少し寝たいと言わせもした。
「よし、これから中に入るが、中は怪物がたくさんいる。草原と同じような動き方はできないから、気をつけるように。特に背後を取ろうとする行動は、慎重にやらねばならん。背後を取ろうとするばかりに、奥へ行きすぎると怪物を更に寄せ付ける結果になる。だから、怪物はなるべく少数のみ孤立させ、広場から離れたところで戦うようにするといい。ジャシード、お前の位置取り一つで、全員の命を危険に晒すこともある。心に刻んでおけ」
「うん、わかった。バラルさん、ありがとう」
ヒートヘイズの一行は、ヴァーランへと踏み込んだ。明かりが一つも無い世界は、心に不安を灯す。
「久しぶりに、僕の出番だ」
ガンドは、手の平を上に向けると、程よい光を放つ光の球が現れた。それはふわりと浮き上がり、皆の足元や周囲を照らす絶好の位置に固定された。
「本当に上手くなったよね」
「うんうん、アニキの言う通り。本物のぴっかりん!」
「練習の成果だ!」
ガンドは胸を張った。
四人並んだら一杯になる横幅の通路を進んでいく。通路の傍らには、骨が崩れて折り重なったようなものがある。
「スネイル! 近づいてはダメだ!」
ジャシードは声を上げたが遅かった。スネイルが骨の近くに寄った瞬間、崩れていたように見えた骨の山がフワリと浮かぶように動き出し、一人分の骨格が出来上がった。
「あいたっ!」
次の瞬間、スネイルは骨太な手に頭を叩かれた。次に来る平手打ちは、身体を屈め回避する。
「スネイル、そいつがスケルトンだ。相手が武器を持って無くて良かったな。ちなみにこう言う奴らは、火にとても弱い」
バラルは火球を作ってスケルトンに放つと、スケルトンは激しく燃え上がって消し炭になった。
「次から気を付ける」
スネイルは、頭をさすりながら、悔しそうに言った。
「スネイルは、気配を読めるんじゃないの?」
ガンドは不思議そうにしている。気配が読めるなら、今の一撃は、放たれる前に気付いていたはずだ。
「多すぎて、知らなすぎて、どれがどれだか分からない」
「そうだな……スネイルの言うとおり。僕たちの能力は、自分の未体験のものには通用しづらいんだ」
オーリスがスネイルを弁護した。
「ジャッシュは分かってたみたいだけど」
「アニキは特別だよ。おいらなんかよりスゴイんだぞ」
スネイルはなぜが自慢げに言った。
その後も、スケルトンの攻撃が何度もしつこく続いた。総計二十体ほど倒した頃、変な歩き方をする、肉がただれてちぎれそうになっている人が歩いてきた。
「アレがゾンビだ」
バラルはのったりと歩いてくるゾンビを指さした。
「ゾンビの類は、骨に魔法の影響を受けるものの、腐った肉には影響が無い……と思われている。つまり腐った肉は、ただの邪魔なものだな……そのために速く動くことができない。それを計算に入れて戦うことが大切だ。たくさん来ているとき、敢えて後回しにするとか、あるいは後から追加されることを考慮するとかだな。そしてこいつもまた、火に弱い」
バラルは余裕たっぷりだ。バラルの最も得意とする火の魔法に弱いと言うのは、彼の心に余裕をもたらしていた。
皆はゾンビが寄ってくるのを待った。
「うわあ……き、気持ち悪い」
マーシャは、闇から現れ光に照らされたゾンビを見て、顔を歪めた。
近くに寄ってきたゾンビは、嗅ぐに臭く、見るに醜いものだ。肉が腐って溶け落ちそうになっているが、何故か溶け落ちることはない。
ジャシードは、ファングを大きく振りかぶって、ゾンビに振り下ろした。ゾンビは避けることもせず、真っ向から剣の一撃を受け、バラバラになった。
「弱い……」
ジャシードはつい、つぶやきを漏らした。
「お前が強くなっているとも言える。訓練を積んでいない者は、一撃で倒すのが難しかったりする。腕を斬ったり、脚を斬ったり。そんな事をしても、ゾンビは倒れない。骨の中……確か背骨のどこかに、全体を動かしている骨が幾つかある。その骨を破壊しないといけない」
バラルは、骨の中から少し色の違う物を見つけ出し、杖で選り分けた。
「これ、部品にならないかな」
「ジャシード、それはやめておけ。肉体を支配されるやも知れんぞ。ヴァーランから持ち帰る物は、出自を説明できる物だけにしろ」
「そっか、残念」
ジャシードは、骨を投げて踏みつけた。
◆
更に奥へと進むと、広場が見えてきた。広場の奥までを見ることはできないが、たくさんの怪物の気配がする。
スネイルがそろそろと進んでいき、スケルトンとゾンビを数体引き連れて戻ってきた。
それをジャシードが一旦ウォークライで引き受け、バラルやマーシャの火炎魔法で焼き、ガンドの棒術で砕き、ジャシードは一刀両断にした。
オーリスは突きで対応しようとしていたが、相手が骨であるために突きだけは有効な攻撃になりづらく、オーリスはレイピアから短剣に切り替えて攻撃していた。
かなり素早く始末できてしまうため、スネイルは怪物たちを連れてくる事に専念しなければならなくなった。
しかし、二十体ほどスケルトンとゾンビを倒した頃、スネイルがレイスを連れてきたことで少し状況が変わった。
「寒い! 寒い!」
スネイルはすでにレイスの冷気魔法を受けて、吐く息が白くなっていた。魔法を受けたスネイルの体温が下がり、気温との差が大きくなったためだ。
「すぐ治してあげる!」
マーシャは、魔法を打ち消す魔法を使った。アンチマジックと呼ばれるその魔法は、使用者の能力を超えない範囲の魔法効果を全て打ち消す。
スネイルを冷やしていた冷気魔法は、ガラスが割れたように消えて無くなった。
「ありがと、アネキ!」
スネイルはマーシャに両手の親指を立てて、二本のダガーを引き抜いた。
レイスをジャシードが引き受けると、レイスの魔法はジャシードへと向けられた。
最初に放たれたのは、冷たい濃霧の魔法だ。極小の氷の粒子で構成された冷たく濃い霧は、ジャシードの身体を包み込み一瞬で体温を奪って行き、その身体の動きを緩慢なものへと変えていく。
「それには、こいつだ」
バラルが熱風を起こし、ジャシードの周囲にある氷の粒ば吹っ飛んでいった。ジャシードの血色も良くなる。
「魔法戦かっこいい!」
「まだまだ、こんな物は魔法戦ではないわい」
興奮しているスネイルにバラルが言う。
ジャシードは、二人が話している間に、フォーススラッシュをレイスに叩き付けた。
レイスはしゅうしゅうと音を立てながら、何かをコロリと地面に落とすと雲散霧消した。
「これ、マナの欠片だ!」
ジャシードは、地面に落ちた物を拾い上げた。
「これはいい傾向かも知れないね」とオーリス。
「もりもり、出てくる!」
スネイルはまた、両手の親指を立てている。
「あっけない方がありがたいわね」
「うむ。この調子で手に入れられれば、後が楽になるし、マナの欠片の収集方法を確立できるやも知れん」
「今まで確立できていなかったの?」
「マナの欠片に関しては、ごく一部の者たちにのみ、その性質や使い方が伝承されてきていた。つまり一般には、ただのきれいな石として扱われていた。だが近年の研究により、魔法効果を定着させる効果があることが分かってきた。街道に掛かっている魔法は、マナの欠片を大量に使ったものだと言う分析もある。それを怪物どもが持っていると言う事実は、怪物どもを倒しても倒しても湧いてくることに、何か関連があるかも知れない」
バラルはジャシードに言った。
「何か難しい会話してるね」
ガンドは惚けた顔をして聞いている。
「ガンド、お腹空いてる時の顔と同じ顔をしてるよ」
「えっ! ジャッシュ、ま、まだ空いてないよ!」
「冗談だよ。さ、次行こうか!」
「くっ! まるで僕が食いしん坊みたいじゃないか!」
ガンドがそう言ったので、五人から次々と突っ込みを喰らった。
広場に殆ど怪物どもが居なくなったため、一行は広場に突入し、残りのスケルトンやゾンビを撃退した。
直径で言えば二十メートルほどの楕円状の広場には、打ち捨てられた、押し車だった物が朽ち果てていた。付近にはキノコが生えている。
「この辺では、鉱石は採れないのかな?」
オーリスは周囲の壁を調べ、短剣の鞘で壁を突いたりしている。
「この辺りでは採れたとしても、通常の鉄鉱石だろうな」
「そうか、残念」
オーリスは、バラルに淡い期待を打ち砕かれた。
一行は更に奥へと進んでいった。その先には更に二つの広場があり、それぞれの広場にはレイスがいて、その度にスネイルとジャシードは肌が凍るような思いをした。
それでもバラルやマーシャの魔法支援により、概ね問題なく進んでいくことができた。
しかし、マナの欠片に関しては、最初に一つ発見できたのみだった。
「さてここからが本番だ」
バラルは三つ目の広場にいる怪物どもを倒してから言った。
「ここから先には、ボーンゴーレムやらフレッシュゴーレム、ファントムも多くなってくる。だからと言って、今まで出てきた怪物どもが減るわけではないが、気を付けないといけない」
一行は、その広場で軽く食事をとってから更に奥を目指して出発した。
通路には、相も変わらずスケルトンとゾンビが多くいた。
しかし、広場の怪物どもは一変した。
「あれはボーンゴーレム?」
スネイルは、ガンドが照らす光の向こうに、骨の集合体を見つけて言った。何故スネイルが聞いたかというと、その形状が、スネイルが思っていた『人型』ではなかったからだ。
ボーンゴーレムは、骨を丸めて作った団子のような形状をしている。それが、地面を転がって移動している様子が見えたのだ。
「そう、ボーンゴーレムだ。ゴーレムは必ずしも、人型をしているわけでもない」
「そうなのか。おっちゃんありがと」
スネイルはそう言い残して、広場へと近づき、ボーンゴーレムだけを引き連れてきた。
ジャシードがボーンゴーレムを引きつけると、骨が本体から多数高速で射出され、さしものジャシードも避けきれず骨に滅多打ちにされた。
一つ一つの骨の痛みや傷は大した物では無いが、小さな傷も集まると大きくなる。ジャシードの顔は、細かい傷だらけになった。
ジャシードに向けて、ガンドの遠隔治癒魔法が放たれ、ジャシードの顔は速やかに治療された。
ボーンゴーレムは、更に厄介な怪物であることが分かった。ジャシードが剣を振り下ろすと、剣が通過する部分の骨が割れて、骨に剣が当たらないように工夫してきた。
しかしながら、ヒートヘイズも一人ではない。四人で取り囲んで、斬る打つ突くでいろいろな部分へ、間髪入れずに攻撃すれば小細工はできないと言うことも分かった。
次にスネイルが連れてきたのはフレッシュゴーレムだった。スネイルが連れてくる間に、スネイルは魔法で攻撃され、地面に足を固定されてしまった。
しかしマーシャが、その地面に水の魔法で水分を追加し、スネイルの足を固定していた地面をぬかるみに変えた。スネイルは足を汚しながらも脱出し、仲間の元へと帰ってきた。
フレッシュゴーレムは人型で、外側を人間の皮のような物で覆われていて気味が悪い。人型だから殴ってくるかと思いきや、攻撃は主に魔法主体だった。土の魔法が好きなようで、石ころを魔法で発射してきた。
ジャシードは石ころを器用に避け、フレッシュゴーレムに攻撃し続けた。これを難なくやってのけているが、他の五人には真似できそうになかった。
「普通は盾が欲しいところを、よくもまああれほど連続して避けられるものだ。天賦の才か?」
バラルは火炎魔法で支援しつつ、素直に感心していた。
当のジャシードからすれば、集中していれば時間の流れが遅く感じるため、それほど難しくも無い。だが、それはつまり天賦の才と言えよう。
このフレッシュゴーレムはかなりタフで、全員が攻撃してもなかなかその身を維持する魔法が失われなかった。
スネイルお得意の必殺の一撃も、フレッシュゴーレムには繰り出すことができなかった。魔法で構成されている怪物には、弱点がないこともある。
しかし粘ってこれを倒すと、ぼろぼろ崩れる皮の間からマナの欠片が一つ発見された。
「ふう、強かったし、一つくらいあっても良かったな」
久々にレイピアが活躍したオーリス言った。
「こんなのが集団で襲ってきたら困るね……」
ガンドは少し疲れているように見える。
「これほど倒れないものは珍しい。だが、長いこと放置されていると、魔法的な怪物は強化されていたりするとこもままある」
バラルは近くの岩に座り込んだ。
「ちょっと休憩しない? クッキーがあるわ。手を洗ってあげるから順番に手を出して」
マーシャの提案に、全員が喜んで手を洗い、バターが香るクッキーを味わった。
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