第111話 キャベチ軍との戦闘

 森の小人族の村の結界は、キャベチ軍の兵士により壊された部分だけでなく、結界全体にひび割れが走り、その全てが消え去ってしまった。

 この村の結界を再構築するにはしばらく時間がかかるだろう。

 勿論その間、キャベチ軍が待ってくれる訳は無い。


「よし、進め!突撃せよ!」


 キャベチ軍の司令官の大きな声が響く。


「弓隊は矢を射かけよ。火矢は使うな」


 オオーッ


 槍を持った歩兵が村に向かって突っ込んで来る。

 村までの距離は約50メートル程なので、直ぐに村に侵入するだろう。

 そして、大量の矢が村に向かって放たれた。


 突撃している歩兵達の上を山なりに越えて、村の内部まで矢が届く様に射られている。

 その矢の数は軽く100本は越えている。


 突撃して来る槍歩兵の数も数十人は下らない。


 本来ならこの数の兵力だけでも、村を蹂躙するには十分である。

 しかも、その背後にはまだ数百人規模の兵力が残っているのだ。


 通常、こうした戦いは兵力の大小で決まる。

 兵力は、兵士の練度や士気、司令官の技量や作戦にも影響されるが、大勢を決めるのは兵士の数である。

 多少の事は、圧倒的な兵士の数で押し込んでしまえるのだ。


 魔物の襲来や、森の中の厳しい行軍で数を減らし、疲弊した軍隊と言えども、高々数十人しかいない森の小人族の村を攻めるには過剰とも言える数の兵士がいるキャベチ軍である。

 突撃命令を下した司令官は、勝利を疑ってはいなかった。


 しかし、この時、森の小人族の村を守っているのは、チームハナビである。

 この規格外のパーティーに数の論理は通用しない。

 その事をキャベチ軍は身をもって知る事になる。



「ヒマル、矢は任せたぞ」


「分かったのじゃ」


 ワタルの言葉にヒマルが風魔法を発動する。

 ヒマルはまだ少女の姿のままだが、放たれた魔法は強烈である。


 突風が巻き起こり、その風の渦は飛んで来る矢を全て絡め取って行く。

 風魔法に巻き込まれた矢は、その勢いを失い、風の渦の中でクルクルと回っている。


「お返しじゃ」


 ヒマルの操る風の渦は、すでに沢山の矢を含んだ凶悪な矢の渦と化している。

 その矢の渦はグンとスピードを上げて、キャベチ軍の弓隊の中心に突っ込んで行った。


 ぐあぁぁっ


 弓隊から悲鳴が上がる。

 風の渦が通り過ぎた後には、身体中に矢の刺さった弓兵達が残されている。

 矢を急所に受けて命を失った者多数、それ以外でも自分達が放った矢を受けて戦線離脱する弓兵が続出した。


 その間も、キャベチ軍の槍兵は村に向かって突っ込んで来ている。

 これを中央で迎え撃ったのはコモドであった。


「数多の兵をもって平和に暮らす村を襲うとは許し難し」


 コモドは、村に向かって来る槍兵達の中央に突っ込んで行く。

 コモドが槍を振るう度に、数人のキャベチ兵が吹っ飛んで行く。


「ええい、ドラゴノイドは遠巻きに囲い込め。全軍!大きく展開して進め!敵の守りは薄いぞ」


 キャベチ軍の司令官は、兵の数を頼りに押し込む作戦に出た。

 竜人のコモドと真正面から当たるのは不利と見て、戦線を広げるつもりである。

 ワタル達の人数の少なさを突いた手段としては悪く無い手である。


 しかし、チームハナビの戦闘力はその上を行く。

 ヒマルやコモドだけが強い訳ではないのだ。


 コモドを避けて左側に展開して行くキャベチ兵にはルレインが向かった。


 バシュッ ビィィィィィ……


 ルレインの持つ【炎の魔剣】が水平に薙ぎ払わられると、その尖端から熱線のビームが放たれた。

 熱線はルレインの立つ場所を中心に、扇形に広がりながらキャベチ兵に向かう。


 先頭を走って来た槍を構えたキャベチ兵と、その斜め後ろにいる兵の身体の中央に赤い線が走る。

 槍を腰だめに構えているので、胴体の前に槍と、それを支える腕があり、その腕や胴体は革製とは言え丈夫なアーマーを装備しているのだが、ルレインの放った熱線はそれらをまとめて上下に分断した。


 上下に綺麗に切り離された兵士の身体は、その断面から炎を発しながら崩れ落ちて行く。

 何が起こったのか分からないまま命を断たれたのだろう、切られた兵士は悲鳴をあげる事も無かった。


 ルレインは表情を変える事もなく、2撃3撃と連続して熱線の斬撃を放つ。

 その度に2人、3人づつまとめて兵士が葬られる。


【炎の魔剣】の熱線ビームの射程は7、8メートル位である。

 白兵戦では長い間合いを誇る槍と比べても遥かに長い。

 通常の槍を持つ兵隊では、ルレインに近付く事は出来ない。


 見た目は、細身の綺麗なお姉さんのルレインであるが、経験豊かな高ランクの冒険者である。

 かつてはパーティーとして戦争に参加した事もあるのだ。

 戦争において、敵の命を絶つのに躊躇いはない。


「何だ、あの女は」


「アレは魔法なのか?迂闊に近づくな!」


 ルレインはAランクの冒険者であり、それなりに顔も売れているのだが、ノク領で活動していた事もありキャベチ軍の中ではそれ程有名では無かった様だ。

 それでも魔剣を使ったルレインの剣技は、敵にとっては恐ろしい程の脅威である。


 キャベチ軍の左翼の突撃隊は、ルレイン1人を相手に足止めを余儀なくされてしまったのである。


 一方、右側に展開したキャベチ軍の突撃隊を迎え撃ったのはシルコである。

 両手に魔剣【疾風の双剣】を構えている。

 遠距離攻撃の斬撃や攻撃魔法を持たないシルコは敵の中に突っ込んで行く。


 そのスピードは、正に目にも留まらぬ速さであった。

 コモドに習った身体強化魔法の成果である。


 薄く魔力を身にまとったシルコの姿を目視出来る兵士は殆んどいない。

 ましてや、シルコが使っているのは【疾風の双剣】である。

 この剣速が大幅にアップする魔剣を、魔法で身体能力の上がったシルコが操っているのだ。

 彼女が繰り出す斬撃を、普通の兵士が見極められる訳が無い。


「ぐわぁぁっ」


「ぐえっ」


 シルコが駆け抜けた後ろで、兵士達の叫び声が上がる。

 シルコに斬られた事を認識出来た兵士は優秀な兵士である。

 殆どの兵士は、斬られた事も分からないままに倒されて行く。


 そして、エスエスの矢がフォローに回る。


 シルコの進行方向に邪魔になりそうな兵士を先回りして仕留めている。

 それだけでなく、シルコを視認しているレベルの高そうな兵士も優先的に倒しているのだ。

 遠距離攻撃の弓矢を使って、シルコの剣術のフォローをするエスエスの腕前は尋常では無いだろう。


 一方、ラナリアは、氷魔法を操っていた。


 ラナリアの風魔法による空気の槍が、彼女の上空に展開する。

 上空20メートル程の高さに、次々と数多くの空気の槍が作られ、それらが一斉に氷の槍に変化する。

 槍の長さはそれぞれ2メートル位で、太さは大人の胴回り位はあるだろう巨大な氷の塊である。

 その槍の先は硬く研ぎ澄まされて、陽の光をキラキラと反射している。

 魔法で作られた超高密度の氷は、革の鎧はもちろんのこと、金属の鎧であっても貫くだけの強度を持っている。


 その氷の槍は、まだ戦場に入り込んでいない、これから突撃しようとしている兵士達の元に高速で飛んで行った。


 正にこれから戦場に雪崩れ込もうとする兵士達の士気を挫く氷の槍である。


 ズドドドドォ


 氷の槍が戦場を分断する。

 このラナリアの攻撃により、村に向かって突撃した兵士達に後続の兵が続く事が出来無くなり、突撃隊は孤立する事になった。


 この孤立した兵士達に未来は無い。

 瞬く間にハナビのメンバーに殲滅されることになったのである。


「ええい!臆するな!敵の数は少ないのだぞ。取り囲んで殲滅しろ!」


 馬上の指揮官が叫んでいる。

 更に兵を投入しようとするが、歩兵達の動きは鈍い。


「止むを得ん。重歩兵と騎馬隊を出せ!」


 指揮官の命令により、軍勢の中央から馬に乗った騎士達と、頑丈そうな鎧に身を包んだ大柄の歩兵が前線に出て来た。

 これまで突撃して来た軽装の歩兵とは明らかに雰囲気が違う。

 その数は50名余り。

 騎馬と重歩兵が半々位である。


 寄せ集めの軍勢では無く、キャベチ軍の抱える生え抜きの正規兵である。

 その佇まいは自信に溢れている様に見える。


 キャベチ領には、数百人規模の正規の軍隊が存在する。

 その殆どはキャベチ公爵のいる首都に駐留している。

 兵の練度も高く、近隣の領との戦争となれば主力となって戦う兵士達である。


 今回の深淵の森への派兵には、その中から50名余りが従軍している。

 その他の正規兵は、首都にある程度残っているものの、その主力となる200名程がキャベチ公爵と共にチルシュの街に駐留していた。


 実際に小人族の村へ派兵されている数に比べて、キャベチ公爵の手元に残した兵の数が圧倒的に多いのは、彼の慎重な、いや臆病な性格故であろう。

 闇落ちしていても、基本的な性格は余り変わらないものらしい。


 そのキャベチ軍の精鋭の騎士の1人が前に出る。

 大きな馬に乗り、ゆっくりとした足取りである。


「我に続け!」


「オオォッ」


 キャベチ軍の士気が上がる。

 かなりの信頼と武力を持った騎士なのであろう。


 その騎士は、真っ直ぐにコモドの方に馬を進め、10メートル位の距離で立ち止まった。

 その後ろには騎馬が並び、重歩兵達もその後ろにいる。

 更にその後ろには軽装の歩兵達が詰めている。


 先頭の騎士が声を張り上げる。


「我こそは公爵様の臣下にして、領軍の副騎士団長を務める……っく、ぐおっ」


 この騎士が最後まで名乗りをあげる事は許されなかった。

 一気に10メートルの距離を詰めたコモドの槍が、馬上の騎士の胸板の中央を下から貫いたのだ。

 かなりの厚さがある金属の鎧で守られている騎士の心臓を、まるで薄紙を貫く様に槍が背中まで突き抜けている。


「盗賊紛いの賊軍に名乗りを上げる名誉など無い」


 コモドはそう言い放つと、槍を引き抜く。

 騎士の背中から鮮血が噴き出し、後ろにいた騎士や歩兵達に降りかかる。


 この光景に、後方の歩兵からは小さな悲鳴が上がったが、さすがに騎兵や重歩兵に大きな動揺は見られない。


「この礼儀を知らぬ蛮族が!」


 騎士の1人が怒りに任せて剣を振り上げる。

 しかし、この騎士も剣を振り下ろす事は無く、そのまま後ろにひっくり返って馬上から落下した。

 この騎士の顔を覆っている鎧の隙間に、深々と矢が刺さっている。


 コモドの後方にいるエスエスの弓矢である。

 いくら鎧で顔を覆っていても、視界を確保する為の隙間がある。

 エスエスにとって、数十メートルの距離からその隙間を狙うのは難しい事では無い。


「この様な大群で小さな村を襲うなど、礼儀知らずはうぬらであろう」


 そう言いながら、コモドの槍は次々と騎士と重歩兵を葬って行く。

 コモドの魔力を通した【古竜の槍】は、この世で貫けぬ物は無い、と言われている伝説のアイテムである。


 騎士の鎧だろうが、重歩兵の装甲だろうが、まるで豆腐の様に易々と貫いている。

 コモドにとっては、兵士の装備の防御力が如何であろうと余り関係が無い様子である。


 そして、正規軍と戦っているのはコモドだけでは無い。

 彼が戦闘を開始したタイミングに合わせて、ルレインもシルコも戦いを始めた。

 ルレインの【炎の魔剣】も、重歩兵の分厚い装甲を両断する。

 シルコの【疾風の双剣】は、鎧の繋ぎ目を正確に狙って斬撃を加えている。


 加えてラナリアの氷の槍が、正規軍の後ろにいる一般の兵士を蹂躙している。

 騎兵と重歩兵の登場に士気の上がった兵士達であったが、それを発揮する事も無く大混乱に陥っている。


 満を辞して登場した正規軍であったが、チームハナビを打ち破るには全く力が足りなかった様である。


「な、何ということだ……我が軍の精鋭が……」


 キャベチ軍の司令官は、目の前の出来事が信じられない様子である。


「や、止むを得ん。急ぎ奴隷兵を出せ!早くしろ!」


「いや、しかしアレは、非常用の対魔物用の兵器でありますから……アレを出したら、村人ごと全滅してしまいます」


 司令官の命令に、副官らしき男が進言する。


「ええい、うるさい!今がその非常時である!この戦いに勝つ事が先決だ!」


 司令官が怒鳴り散らす。

 すると、司令官の後方の兵士の中から、鎖に繋がれた大柄の半獣人が連れて来られた。

 その半獣人は4人。

 猿、犬、牛、熊の半獣人である。

 ボロボロの衣服をまとい、鎖と繋がった大きな鉄の錘を引きずっている。


 それぞれ、違う動物の特徴を持つ半獣人達だが、大きな共通点がある。


 胸に真っ黒な奴隷紋が刻まれている事。


 そして、その肌の色が揃って黒ずんでいる事だ。


 黒く濁った瞳には意志の力は感じられない。

 そして、その身体からは隠しようも無い闇の魔力が立ち昇っている。


 彼らは、闇落ちした戦闘奴隷である。

 今は、大人しく鎖に繋がれているが、その圧倒的な存在感は周りの者達を圧倒している。


 その奴隷達に司令官は冷たい視線を向けている。


「この様な穢らわしい者達を使う事になるとは……いや、この際そうも言ってはおれん」


 司令官はそう呟くと、大声で命令する。


「奴隷共の鎖を外せ!この者共を解放しろ!」


「……うるさいぞ」


 その時、キャベチ軍の司令官の後ろから声がして、司令官の首が突然刎ねられたのであった。





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