第85話 奴隷解放の奇跡
イーサンの村では、まだワタル達一行が出発してからそれ程の日数が経過した訳では無いので、早過ぎる再来訪と言えるのだが、その割には大歓迎のムードになっていた。
闇の奴隷組織と、それに連なる人攫いの盗賊の壊滅の情報が伝わっていたからである。
この村では高い防御力と獣人達の努力により村内での被害は防いでいたものの、一歩村から出れば危険であり、その事は村の発展にとっても頭の痛い問題であった。
それに、獣人奴隷の悲惨な末路を知る者にとっては、闇の奴隷組織など憎んでも余りある存在であった。
その組織を壊滅させた者達の来訪である。
そのニュース性と相俟って、大歓迎になるのも当然の事であった。
あれよあれよと言う間に話が進み、その日の夕食は村をあげての宴会になった。
血の気の多い獣人達が多く住む村である。
皆、武勇伝を聞きたがる。
そうなると人気があるのはルレインである。
彼女の周りは常に人集りになり、皆、話を聞きたがる。
美しい奇跡の戦姫である。
当然、戦力の中心となって活躍したと思われているのだが、今回は敵の主力とは戦っていない。
「私は町に入れて貰えなくて、その間にワタル達が解決しちゃったのよ……」
「またまた、御冗談を。そんな訳無いでしょう」
ルレインと話している獣人は、ワタルの方をチラッと見て、すぐにルレインの方へ向き直る。
やはり、ワタルが強そうに見えないのだ。
ワタルはエスエスと2人で、のんびりとお茶をすすりながら食事をしている。
ボーッとした雰囲気の2人は、どう見ても戦力外にしか見えず人気が無い。
たまにシルコにエッチな事を言って怒られているのを見れば、何故ここにいるのか分からないと思う者も多いだろう。
それから、美しいラナリアと可愛らしいシルコは人気がある。
これは、武勇伝を聞きたい、と言うよりもお近づきになりたい者が多いのだ。
まさか、自分達が何十人でかかっても叶わない程の強さだとは思ってもいないのだろう。
そして、意外に人気があるのはトカゲ獣人のトカちゃんであった。
このメンバーの中では、見た目は最強である。
それに、実際に強者のオーラをまとってもいるのだ。
ワタル達が規格外で理解されないだけで、一般の村人から見れば、分かりやすく強そうである。
しかし、このトカちゃんもルレインと同じで、大事な時にいなかったのだ。
それでも屈強な獣人達に囲まれて、武勇伝をせがまれて大変そうである。
大柄な獣人達と比べても頭一つ大きなトカちゃんは熱苦しそうでは無いのだが、話をするのは苦手な様である。
「いや、我は皆の補助をしていたに過ぎんのだ。我の力位ではとても主達には及ばん。修行あるのみだ」
「またまた、謙遜なさっていらっしゃる。そんな訳が無いでしょう」
トカちゃんと話していた獣人は、ワタルの方をチラッと見てから視線を元に戻した。
その時ワタルはダランとした姿勢で椅子に寄りかかり、エスエスと笑い合いながらお茶をこぼしたりしていた。
やはり、とても強そうには見えないのは無理もない。
ワタルもエスエスも全く気にしていないのだが……
「主、助けてくれ」
トカちゃんがワタルに助けを求めている。
どうしても納得して貰えないようなので困っているのだ。
助けを求められても、分かって貰えないのはワタルも同じである。
自分で何とかしろよ、と言わんばかりにトカちゃんの方を見もせずに手をヒラヒラと降っている。
このワタルの態度が気に障った獣人達がいた。
「ちょっと、アンタ。いくら主だからってその態度は無いだろう」
ワタルに対して声を荒げている。
「ん?」
ワタルにしてみれば、何を怒ってるんだ?、と言う感じだったのだが、これがまた火に油を注ぐ事になった。
弱いくせに舐めた態度をとっている、と思われたのだ。
自分は満足に戦えないくせに、獣人の奴隷が強いのをいい事に偉そうにしているだけの男に見えたのだろう。
更には、ラナリア、シルコ、ルレインといった美女達とパーティーを組んでいるのも気に入らないのかも知れない。
「アンタ、いくら従者が強いからといってな……奴隷にだって心があるんだぞ!」
この獣人の言っている事は正しい。
ワタルも全く同じ意見である。
ただ、怒りの矛先が食い違っているのだ。
「我が主に対するこれ以上の暴言は捨て置けないぞ」
とうとうトカちゃんが黙っていられなくなった。
文句を言っていた獣人が慌てて取りなそうとする。
「いや、アンタに文句がある訳じゃ無いんだ。でも、闇の奴隷組織と戦いに行ったパーティーが獣人奴隷をこき使っているのはおかしいだろう」
「我は主に仕えられて幸せなのだぞ」
「いや、奴隷は皆そう言うんだよ。だいたい、アンタのような戦士に『トカちゃん』って、舐めてるとしか思えないだろ」
「むぅ」
いや、言い負かされてどうするんだトカちゃん……
だんだん騒ぎが大きくなってしまった。
ワタルとしても、別に奴隷を連れて歩きたい訳では無い。
「分かった、分かったよ。トカちゃんを解放してみようじゃないか」
ワタルが何か言い出した。
慌てたのはトカちゃんである。
「あ、主。我はこのまま仕えたいのだ。我には何の不満も無いのだ。是非、これからも傍に置いて欲しい」
土下座する勢いでトカちゃんがワタルに縋り付く。
何やら壮絶な雰囲気になって来た。
「いや、奴隷という身分が問題なんだろ。奴隷から解放して、俺たちのパーティーに入ればいいじゃないか。それなら文句も出ないだろう」
ワタルの言葉にハッとしたトカちゃんは、改めて姿勢を正す。
「有難きお言葉、恐悦至極」
「うん、硬いな。じゃあ善は急げだな。チャチャっとやっちゃうか」
唖然としてワタルを見上げるトカちゃん。
周りの村人達も同じ様な反応である。
え、今やるの……と、目が語っている。
そんな周りの様子を気にすることもなく、ワタルはラナリアに話しかける。
「なあ、シルコの時の見てたよね。あれやってみるからフォローしてくれない?」
やれやれ、といった雰囲気でラナリアは了承する。
「分かったわ。まあ、今更驚かないけどワタルなら出来るかもね。あれ、思ったよりも簡単そうだったものね」
ワタルとラナリアは軽く話しているが、本来はとんでもない話である。
規格外魔法使いの2人だから簡単に見えただけで、奴隷魔法は十数年の修行の後に、適性のある者だけが行う事の出来る高度な魔法操作なのである。
だから、奴隷商人は地位が高いのだ。
それに、奴隷紋の解除は更に難易度が高い。
だからこそ、シルコの為に外国まで苦労して旅をしてきたのだが、そんな事はすっかり忘れてしまっている。
奴隷商人の刻んだ奴隷紋を勝手に外せるのなら、この国の……いや、ランド全体の奴隷制度が崩壊してしまう。
そんなとんでもない事を、気軽にやろうとしている2人であった。
「じゃあ、トカちゃん、そこに寝て」
トカちゃんは神妙な顔で横になる。
「じゃ、やるよ」
ワタルは、トカちゃんの胸の奴隷紋に【エルフの杖】をかざす。
すると、ワタルの魔力に反応してトカちゃんの奴隷紋が光り出した。
そして、杖を少し上に上げると、奴隷紋が光りながら3層に分かれて浮かび上がった。
シルコの時と同じである。
真剣な顔のワタル。
奴隷紋の光がワタルの顔を下から照らしている。
夕暮れ時で少し周りが暗くなって来た事もあり、荘厳な雰囲気になっている。
【エルフの杖】を微妙に操作しながら、ワタルは奴隷紋を回転させて行く。
上層の奴隷紋が少しづつ回転して、ある所に来ると光の粒子になって霧散して消えた。
ワタルはそのまま、中層の紋も回転させる。
上層の時よりも重く回転させ辛い。
ここでラナリアが手を貸し始めた。
彼女はワタルの後ろから、ワタルの肩の上に顎を乗せて顔を出している。
そして、自分の杖で魔力操作をフォローし始めた。
すると、中層の奴隷紋もスムーズに回転して、やはり霧散して消えた。
下層の奴隷紋は更に動きが重い。
ワタルとラナリアは息を合わせ、杖の先を合わせている。
2人の魔力が影響し合い、溶け合って力を発揮する。
ラナリアの身体はワタルの背中に密着して、ラナリアの大きな胸がワタルの背中に押し付けられているのだが、ワタルにそれを喜んでいる余裕は無い様だ。
どんな時でもスケベを忘れないワタルにしては珍しい事である。
それだけ難しい魔力操作なのだろう。
それでも、2人の協力体制は強力で、トカちゃんの奴隷紋はゆっくりと回転して光りの粒子となって消えていった。
周りで固唾を飲んで見守っていた仲間達、村人達から歓声が上がる。
そんな中、トカちゃんがゆっくりと起き上がった。
「気分はどうかな」
ワタルの問いかけに
「上々である。何やら心の重石が抜けて、晴々とした気分である。主には感謝の言葉も見つからぬ」
トカちゃんはワタルに向き直り、ワタルの前に傅いて告げる。
「我は奴隷の身では無くなったが、貴兄を主と仰ぐ意志に違いはござらん。是非、このまま臣下として末席に加えて下され」
「分かった、分かった。チームハナビのメンバーとして歓迎するよ。これからも宜しくな」
ワタルの返事にトカちゃんは顔を上げて、本当に嬉しそうにしている。
トカゲだから分かりにくいけど……
「それで、もう奴隷じゃ無いんだから自分の名前を名乗っても良いんじゃないの?」
「我が種族の者は、己が決めた主君に名を与えられるのが掟となっている。是非、我に名を与えて下され」
「そうなの?まあ、トカちゃんじゃニックネームだもんなぁ。よし、では改めて……」
ワタルも姿勢を正し、告げる。
「貴公を我が臣下とし、名をコモドとする。以後、務められよ」
「ははっ。有難き幸せ」
トカゲ獣人は、改めてコモドと名付けられた。
地球にいるコモドオオトカゲから取った単純な発想だが、異世界では分からないだろう。
ワタルにしてみれば半分は勢いでやってしまった臣下の契りであるが、これがとんでもない効果をもたらした。
トカちゃん改めコモドの身体が光りを発し出した。
片膝立ちの姿勢で傅くコモドは、みるみるうちに光に包まれて行く。
そして、コモドの身体は一瞬だけ弾ける様な強い光りを発して、その光はゆっくりと収まって行った。
何だか、つい先日に見た様な光景である。
光が消えると、その光源になっていたコモドの様子が変わっている。
ゆっくりと立ち上がるコモド。
「あれは、竜人か?」
「まさか、ドラゴニュートなのか!」
周りの村人、特に獣人から声が上がっている。
2メートル以上あった身長は2メートル弱位に縮まっているが、まとっている雰囲気が全く異なっている。
トカゲの獣人の時も強かったが、恐らく今は桁違いの強さだろう。
姿も人族に近くなっている。
鼻が高く切れ長の細い目、よく見ると爬虫類独特の縦に割れた瞳孔を持っているのが分かるだろう。
引き締まった顔付きに長く黒い髪。
そして、首の後ろ側や背中、腕の後ろ側、脚の前側には黒っぽい鱗が生えている様だ。
太く大きな尻尾も健在だ。
ぱっと見はトカゲの半獣人の様でもある。
「凄いな、コモド。驚くほど強くなってるぞ」
思わず声をかけるワタル。
シルコに続いて2人目の変身なので、周りの見物人よりも落ち着いていられる様だ。
変身後の自分の身体を確かめる様に動かしているコモド。
尻尾を地面に打ち付けた時に、地響きと共に凄い音がして村人から歓声と悲鳴が聞こえた。
「ふむ。どうやら我はドラゴニュートに進化した様だ。我は竜人の血を引く一族故、ごく稀に進化する者がいると聞く。真の主人を得た者のみが、その主人を守る為に竜人の力を得られると伝えられている。我が強くなったのは、主が強いからだ。主よりも弱ければ主を守る事は出来ない故……」
「そ、そうなのか……まあ、よろしくな」
「御意」
いくら強くなってもコモドは臣下であるらしい。
頭を下げるコモドに、突然後ろからシルコが抱き付いた。
かなりの勢いだったがコモドはビクともしない。
「よろしくね。いくらカッコよくなっても私にはトカちゃんだけどね」
「うむ、その名も嫌いでは無い」
ラナリアとルレインも声をかける。
「いくら強くてもアタシの方が先輩だからね」
「私も守って貰えるのかしら」
「承知。主の仲間は皆、我の守護する者なり。我は貴嬢らに敬意を持つ者なり」
恐る恐るエスエスも声をかける。
「ボ、ボクも……?」
「若、自信を持たれよ。若の力は決して弱きものでは無いぞ」
「えへへ、若だって」
エスエスはニコニコしてコモドの腕にぶら下がった。
こうしてこの日、チームハナビに新しいメンバーが増えたのであった。
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