第58話 闇落ちドルハンの脅威

 トーレスの町のベンダー子爵邸の敷地内、闇落ちドルハンのアジトの最奥の部屋に辿り着いたワタル達。

 ここまでは、怪我人も無く順調に進んで来た。


 しかし、問題はここからである。

 ドルハンの戦闘の実力は折り紙付きである。

 ルレインの剣術をも超えているというAランク冒険者で、しかも闇落ちしたことで更に戦闘力は上がっているはずなのだ。


 ラルフォードの時もそうだったが、ワタルのステルス頼りの戦法になるかも知れない。


 ルレインが最後のドアを袈裟斬りにしてから、前蹴りで蹴破った。

 ゆっくりと部屋の中に入るルレイン。


「うおりゃぁぁぁっ」


 部屋に入ったルレインに向けて、横から大きな斧が振り下ろされた。

 部屋の入り口の脇で息を殺していた冒険者の不意打ちである。


 だが、これはルレインにとっては想定内だったのだろう。

 斧が自分の頭に達する前に、スッと斧の冒険者の方へ体を寄せると同時に、剣をコンパクトに横薙ぎに振り抜く。


 ザシュッ


 胴体を上下に切り離された冒険者の上半身は、そのまま斧と一緒に前に転がり、下半身はゆっくりと後ろへと崩れて行く。


 これだけの近い間合いで、これだけの切れ味の剣技を咄嗟に披露出来るのは、ルレインの技量の高さ故である。

 剣の性質と刃の長さを知り、それに効率よく力を伝える技術、そしてそのスピード、どのピースが欠けても同じ結果は得られないだろう。


 パチパチパチパチ


 すると、部屋の奥で拍手をしている者がいる。


「相変わらずの切れ味だな。腕が鈍っていると聞いていたんだが……」


 銀髪というよりも白髪に近い髪の色をした浅黒い肌の男が、拍手をしながらルレインに話しかけた。

 この男がドルハンである。

 今回のミッションのターゲットであり、現在領内を荒らし回っている冒険者たちのボスである。

 いや、ある意味本当のボスは、ドルハンの斜め後ろにいる身なりの派手な男であろうか。

 いかにも貴族といった風体のこの男はベンダー子爵である。


 ドルハンが続けて口を開く。


「ここに来るということは、ラルフォード達は倒されたのか……いくらお前の剣でも荷が重いと思ったがな。騙されていた怒りで力が上がったのか?……それとも……」


 さすがにボスだけのことはある。

 今までのAランク冒険者よりも格段に上の気配である。


「ずいぶんと変わった仲間を連れているな。そいつらは気配通りの力では無さそうだ。どれ」


 ドルハンは、無造作に手にしていた剣を横薙ぎに振った。

 その剣は、明らかに普通の剣とは違っていた。

 刀身から柄まで真っ黒なその剣は、闇の魔力をまとっているのは明らかであった。

【漆黒の魔剣】とでも呼ぶべきその剣は、剣の長さから考えれば完全に間合いの遥かに外で振られているにも関わらず、剣先から黒い魔力が伸びて黒い刃となりワタル達を襲う。


 ドルハンは、それ程には気を入れて剣を振ってはいないようだったが、魔力の刃の威力は絶大だった。

 双剣を両方使って受けようとしたシルコを体ごと後ろに押し込んで、エスエスを巻き込み、ラナリアに抱き止められた。

 その前では、ルレインが自分の剣を両手で持ち、黒い刃を止めることに集中している。


 黒い刃は、ほんの少しの間、ルレインとシルコの合計3本の剣と拮抗していたが、すぐに黒い霧となって霧散した。


「ほう、この剣の斬撃を止めるのか……お前達の剣も普通ではないな」


 ドルハンは感心したように語りかけて来る。

 随分と余裕があるようだ。


「ならばこれならどうだ?はぁああっ」


 ドルハンは、今度は気合いと共に剣を3度振る。

 一瞬の間に、正面と左右の袈裟斬りである。

 その剣の軌道から少し遅れて、黒い刃がルレインを襲う。


 ルレインは自分の剣を横にして上に掲げ、両手で支えることで、この3つの黒い斬撃を耐えようとする。

 横っ飛びで避けることも可能だったかも知れないが、それだと後ろの仲間に被害が出る、との判断だった。

 しかし、先程の一撃の威力を考えると、とてもルレインの剣だけで耐えられるとは思えない。

 ドルハンは、切り裂かれるルレインの姿を確信していた。


 その時、ルレインの構える剣の直前で、黒い3つの斬撃が姿を消した。


「むっ」


 意外な結果に唸るドルハン。


【攻撃無効化結界】


 ワタルの漢字の魔法陣による結界である。

 何とか発動が間に合ったようである。

 最初のドルハンの斬撃を受ける作業に加わらずに、ワタルは独自に作戦を進めていた。

 仲間の力を信用して、自分の力を発揮する為の分業制である。


「結界を張ったのか……小癪な奴らめ」


 先程までのドルハンの余裕の表情に、僅かな焦りの色が混ざり始める。


「おい、ドルハン。さっさとかたずけろ」


 ドルハンの後ろにいたベンダー子爵が彼に声をかける。


「分かってますよ」


 ドルハンはそう答えると、更に気合いを剣に込める。


「はああぁぁぁっ」


【漆黒の魔剣】に闇の魔力が注ぎ込まれる。

 すると、魔剣の大きさが2周りほど大きくなったように見えた。

 そして、魔剣の刃の幅が広がり、見た目にも凶悪な黒い棘のような突起が数多く形成された。

 ギザギザの刃が大きくなったノコギリのような形をしている。

 更に、そのギザギザの刃の先から、闇の魔力を放出し続けているのが分かる。


「いくらなんでも、魔力が高すぎるでしょ」


 ラナリアが堪らず声を上げる。


「結界にもっと魔力を入れるんだ!破られるぞ!」


 珍しくワタルが大きな声を出した。

 ラナリアは慌てて、結界に魔力を注いでいるワタルに協力して、自身の魔力を結界の魔法陣に注ぎ込む。


 ドルハンは、自分の魔力で作った剣を一瞥してニヤリと笑うと、ワタル達の方へ近づいて来る。

 そして、自身の剣の間合いに入ると


「おりゃぁぁ」


【漆黒の魔剣】ノコギリバージョンを振り下ろした。


 ヴゥゥゥン


 結界に剣が触れた瞬間に、黒いノコギリの刃が消えて、魔剣が直接結界を叩く。

 結界が反応している音がする。


 魔剣の斬撃の威力で、少し結界にたわみが現れたが、すぐに修復された。

 ワタルとラナリアが2人がかりで維持している結界は、簡単には崩壊しない。


 攻撃を防がれたドルハンは、もう一度魔剣を振りかぶり


「おりゃ」


 気合と共に、ノコギリの刃を再生させた。

 そして、間髪入れずに剣を振り下ろす。


 ヴゥゥン


 再びノコギリの刃が消えて、魔剣のみが結界を叩く音がした。

 悔しそうな顔のドルハン。


「おりゃ、おりゃ、おりゃ」


 その後、何度も同じ攻撃を繰り返している。

 ワタルとラナリアも必死で結界を保っている。


「いったい、あいつの魔力はどうなってるのよ。あのギザギザを作る度に、相当な魔力を使っているはずよ」


 ラナリアが文句を言っている。


「これが闇の力の恐ろしさね」


 ルレインは、万が一、結界が破られた時の為にみんなの前に仁王立ちになり、剣で防御の構えを崩していない。


 こんな時でも冷静な対処をしているルレインは頼もしいな、とワタルは彼女のお尻を見ながら考えていた。

 床の魔法陣に魔力を注ぐために、しゃがんでいる体勢のワタルから見上げるルレインの引き締まったお尻は絶妙のアングルとなり、それを遠慮なく楽しむワタルであった。


 こんな時でもスケベな事を考えているワタルはバカなの?とシルコは彼のにやけている顔を見ながら考えていた。

 でも、平常運転のワタルを見ると、何故か安心していられるシルコであった。


 こんな時でもワタルの視線が気になっているシルコは仕方ないなぁ、とエスエスは彼女のジトっとした目を見ながら考えていた。

 ピンチではあるのだが、雰囲気がいつものハナビに戻って来た事を感じて、嬉しくなってしまうエスエスであった。


「ワタル、今のうちにステルスで何とかならないの?」


 ラナリアが小声で尋ねる。

 ワタルは少し困った顔をして


「実はもうやってみたんだよ。あいつの最初の攻撃の後に。でも、俺の腕前じゃあいつを斬れないんだ。あいつ、何だか黒いだろ。きっと魔力で身体を強化してるんだ。しかも、こっちの電撃も出ないんだぜ。闇の魔力が強過ぎるんだよ」


「それは困ったわね……何か手を考えないと……」


 ラナリアは何か思案している。


 一方ドルハンは、意地になって攻撃を続けたものの、さすがに魔力が切れて来た様子である。

 うつむいて肩で息をしている。

 真っ白だった髪の色は少しグレイがかってきて、浅黒かった顔色は肌色に近づいている。


 この僅かな隙をルレインは見逃さなかった。

 ワタルとラナリアに目配せして結界を解除する。

 その僅かな時間にルレインの剣は、ドルハンの鳩尾に強烈な突きを見舞う。


 ガキッ


 岩にでも当たった様な衝撃が、ルレインの腕を痺れさせた。

 ドルハンは体をくの字に曲げて、尻餅をつく。


「きさまァァ」


 ドルハンは、歯軋りをしながら立ち上がった。

 その鳩尾からは血が一筋流れている。

 その血を手ですくい自分の顔に近付ける。

 自分が流血した事を確かめると、ゆっくりとルレインの方を向く。


「きさまら、許さんぞ」


 ドルハンの目は、もう人のものとは思えない程の狂気を孕んでいる。

 思わずゾッとするルレイン。


(今のは私の渾身の一撃よ。あれで浅いっていうの)


 闇の魔力で、どれ程の身体強化が成されていればこうなるのか、ルレインには想像がつかなかった。


「くっそぉぉ」


 ドルハンがルレインに斬りかかる。

 ルレインと同じく剣術を使うドルハンのはずだったが、今のドルハンは猛獣の様である。

 ただ、力任せに剣を振っているのみである。


 しかし、そのスピードは常軌を逸していた。

 ただ斬りかかって来ただけの雑な剣筋にも関わらず、ルレインは躱して隙を突くことが出来なかった。

 自分の剣でドルハンの斬撃を受けるルレイン。


 その衝撃でルレインは跳ね飛ばされてしまった。


 ヴゥゥゥン


 その瞬間、結界が再起動しドルハンの追撃を遮断する。

 滅茶苦茶に結界に斬りかかっているドルハン。

 しかし、魔力を伴わない、強化されただけの斬撃ではワタルの結界は破れない。


 飛ばされたルレインは、ワタルが素早く動いて後ろから抱き止めて、結界の外に出ないようにしている。


「ありがとう」


 ワタルに礼を言うルレインだったが、その口の脇から血が流れている。

 剣で受けたはずの斬撃だったが、その衝撃はルレインの体にまで達していたようだ。


「うがあぁぁっ」


 結界が思うように壊れない苛立ちからか、ドルハンが奇声をあげている。

 そして、急に正気に戻ったかのように、髪を掻き上げて宣言する。


「お前らは必ず殺す。跡形もなく消し去ってやる」


 静かな決意表明は、余計に不気味である。

 闇の力の影響なのか、感情のコントロールが不安定に見える。

 それが返って怖いのだ。


「ま、魔力が足りねぇ……なっ」


 ドルハンはそう言うと同時に、近くにいた手下の胸に【漆黒の魔剣】を突き刺した。




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