第56話 クースミンの町へ
メルギルサの村の騒動の翌日の早朝、ワタル達チームハナビとその護衛対象の商隊は村を出発した。
村を出る時は、やっぱり「奇跡の戦姫」は大人気であった。
「ルレインさぁーん」
戦姫様、と呼んで怒られたワッツは名前を呼んでいる。
涙を流しながら手を振っているその姿は、本当に残念なビジュアルである。
「ルレインがあと2、3日村にいたら、あいつ結婚を申し込むんじゃないか」
村人を見ながら、ワタルがまた余計なことを言う。
「私は、自分よりも強い人じゃないと嫌よ」
ルレインも、どっかで聞いたことがあるようなセリフを吐いている。
それが、どれだけハードルを上げているのか分かっているのだろうか。
当分ルレインには恋人は出来ないだろう。
さて、商隊の馬車は街道を南下してクースミンの町に向かっている。
馬車で半日位の距離である。
首都のワンタレスが近いこともあり、人通りも多く安全な街道である。
魔物はもちろん、盗賊の類いもほとんど出ない地域である。
とは言うものの、中には訳の分からない輩もいたりするので警戒は怠れない。
メルギルサの村での騒動は一応解決したが、今回の任務のターゲットであるドルハンがまだ健在なのは、いただけない要素である。
没落貴族のベンダー子爵と連んでいるようなので、どんな手を使ってくるか分からないのである。
「今回の事でつくづく思ったけど、ワタルのステルスの威力は凄まじいわね」
馬車の幌の中で、みんながいる時にルレインが口を開いた。
「あれだけの強敵を、造作もなく瞬殺しちゃうんだもんね」
ワタルのスキル「ステルス」は、強力な認識阻害スキルなので、全く相手に気付かれることなく攻撃が出来てしまう。
ルレインは昨日のラルフォード達との戦いで、こちらの戦力を軽く凌駕する実力を持つ2人を、アッサリと倒してしまったワタルを頼もしい、と思う半面、畏怖の念も抱いてしまうのだった。
「それなりにドキドキするんだぜ。気付かれているんじゃないか、って」
ワタルは、実は怖いと思っているのだ。
いくら強力なスキルだと言っても、上手く発動しているのかどうかは、自分では確認出来ないのだ。
それに、ついこの間まで、唯のヘタレ高校生だったのだ。
決して大胆不敵な訳ではない。
数々の戦闘を経験して、随分変わってきてはいるのだが……
ここで、ルレインが今まで抱えてきた疑問を口にする。
「ワタルはさ……ステルスを使えば……あの……何というか……エッチな事やり放題なんじゃないの?」
ルレインは、大事な事に気が付いた。
「された事を認識されないのなら、誰の……オッパイでもお尻でも……触り放題……よね?」
ルレインは言いにくそうだが、ハッキリと訊いている。
ラナリアもシルコも、ハッとして、胸を押さえている。
何故かエスエスも股間を押さえている。
ワタルにそっちの趣味は無いぞ、エスエス。
これにワタルが答える。
「ステルスを使ってオッパイを触ったのは、シルコに1回だけだぞ」
「ああ、あの時……」
シルコも思い出したようだ。
ワタルが日本から転移して来たばっかりの時に、ワタルのスキルの性能を試した時だ。
「あの時は、俺も使い方が良く分からなかったからな。ついついシルコの胸を揉んでしまったけど、あの後相当に怒られたからなぁ」
「当たり前でしょ」
「不味かったと思ってるんだよ。だから、その後は一切やってないぞ」
「色々、触られてる感じはするけどね」
今度は、ラナリアも参戦して来た。
「いや、ステルスは使って無いよ。考えてみれば、そんなスキルで触ったところで、面白くも何ともないんだよな。それに、ちょっと卑怯な感じがするじゃないか。どうせ触るんならこう堂々と揉んで……」
ワタルは、シルコの胸に手を伸ばそうとするが、しっかりガードされた上に、カウンターの猫パンチを見舞われる。
「甘いわよ」
と、シルコが言い放つ。
「まあ、とにかくだ、俺はステルスをそんな事には使わないから安心してくれ、ルレイン。反応の無い身体には興味は無い」
ワタルは、シルコの猫パンチが無かったかのように、落ち着いた口調でルレインに話す。
「まあ、触って欲しい時には言ってくれ。何時でもオーケーだぞ」
ワタルの言葉に、ルレインは不敵な笑みを浮かべる。
「まあ、そんな時が来たらね。でも、勝手にそんなことしたら……分かってるわよね。細切れにするわよ」
「やめてー」
ワタルはこの時に、ルレインのオッパイを諦めることを決めたのだった。
商隊の馬車は順調に進み、特にトラブルも妨害も無く、まだ昼のうちにクースミンの町に到着した。
クースミンの町は、ノク領の首都ワンタレスの隣の町で、首都に出入りする人々の恩恵で非常に発展している町である。
ドルハンがこの町に潜伏しているはずなのだが、簡単には見つからないだろうと思われた。
大きな街にある貧民街ほどではないが、スラム街のような地域もある。
貴族の住んでいる地区もある。
町の規模が大きいので、隠れる場所は幾らでもあるのだ。
しかし、ワタルの索敵スキルを使えば、大きな気配を探ることが出来る。
ランクA冒険者に匹敵する気配が、そうたくさんあるとは思えなかった。
それでも、向こうが敵意を向けてくれれば発見できるが、そうでないと簡単ではない。
地道に探して周るしかない。
ワタル達は、街中に宿を取り、腰を落ち着けてドルハンを探す事にした。
後ろ盾となっている貴族の情報も集めなければならない。
ここまで護衛をしてきた商隊とは、ここでお別れである。
目的地のワンタレスまでは近いし安全なので、護衛をつけない商人も多いのだが、代わりの護衛を冒険者ギルドで依頼するつもりのようである。
まあ、波乱含みだった今回の旅路を思い起こせば、慎重になるのも当然である。
ワタル達は、特にクースミンの冒険者ギルドには顔を出さなかった。
ロザリィのギルドマスター、ガナイの依頼は、一応内密になっているからである。
どこから情報が漏れるか分からない、という訳である。
さすがに、クースミンのギルドマスターがドルハンの仲間だとは思っていないが、その部下や、冒険者ギルドの職員に彼の仲間がいない保証は無い。
実際、ドルハンはクースミンに拠点を置いているのだから、冒険者ギルドの動きについての情報を得る手段を持っていると考えるのが妥当だろう。
ワタル達は、自分達の力だけで、今回の任務を果たさなければならないのだ。
とは言うものの、ガナイの部下の諜報員がクースミンに潜り込んでいるはずである。
今夜辺りには、接触を図ってくるに違いない。
さて、ワタル達は、クースミンの町の中をブラブラしながら大きな気配を探っていた。
キャリーとの戦いで消耗した矢を補充したり、剣の刃のチェックをしたり、そのついでに店主と世間話をしつつ情報収集である。
夕食の時にも、ルレインは、言い寄ってくる男達からも情報を集めている。
更に、ワタルやエスエスが同席しているにもかかわらず、ラナリアやシルコにまで声をかけて来る男達は多い。
非常に魅力的な女性陣なので、男が寄って来るのは仕方ないのだが、存在を無視されているワタルとエスエスは面白くない……のかと思いきや、2人で楽しそうに話をしている。
完全に慣れてしまっているのだ。
まあ、いざとなればどうとでもなる、と思っているからなのだが……
そんな中、宿屋の食堂の片隅で、1人で酒をチビチビと飲んでいる男がいる。
ワタルはこの男だけが気になっていた。
気配はそれ程大きくないし、悪意の類を向けてくる訳ではない。
それでも、只者ではないと感じるのだ。
時折向けられる視線に、お互いに気が付いてはいるものの、特に何かアクションを起こす訳ではなかった。
夕食も終わり、ルレイン達が男達をあしらい終わった頃、その男がおもむろに立ち上がり近づいて来る。
男は、ルレインの後ろを通り過ぎて、店の出口に向かった。
その時に、ルレインに素早く何かを渡したように見えたが、よく見ていないと分からないほどの早業であった。
どうやら、それはメモのようなものだった。
この男もルレインに興味があったのか、と考えても良いのだが、男の身のこなしからみると、唯のナンパ男とは思えない。
案の定、ルレインが皆に告げる。
「部屋に行こう。諜報員からの接触だ」
今晩の宿のワタルとエスエスの部屋に行くと、既にそこには先程の男の姿があった。
ギルドの諜報員にとっては、部屋の鍵は意味を成さないらしい。
「冒険者ギルド諜報部のカイです」
男は頭を下げた。
「カイ、ご苦労様。ルレインよ。あ、自己紹介の必要は無いわね」
カイはニヤリと笑って頷いた。
そして、喋り始める。
「それにしても、ガナイは面白いメンバーを寄越しましたね。ルレイン以外は、みんな、諜報員として即戦力になりそうな人ばかりじゃないですか。特にワタル、あなたは人がわるい」
「人聞きの悪いことを言うなよ」
ワタルが応える。
確かに今回の任務は、ガナイがワタルのステルスを知ったからこそ成立したのだが……
「はは、褒めてるんですよ。諜報員としてはエース級の気配の誤魔化し方だ。どうです?この任務が終わったらうちに来ませんか?」
ワタルがスパイにスカウトされている。
「いや、遠慮しとくよ。今のところ、何処かの組織に属するつもりはないんだ」
「そうですか……残念ですね。まあ、気が変わったら何時でもどうぞ。あ、それからラナリア、シルコ、エスエスも歓迎しますよ。あなた達も10年に一度の逸材です」
カイは真剣に話しているようだ。
ドルハンの話はどうなったのだろう。
「ルレイン……は、ちょっと無理ですかね。強者なのが丸わかりですからね。それに今や有名人ですからね。ぷぷっ……奇跡の戦姫……でしたっけ……」
カイは笑ってしまっている。
この男、諜報員のくせに軽い性格のようだ。
ルレインは、恥ずかしさで赤い顔をしている。
そんなルレインを見ていたワタルは、
(こんなルレインもアリだな)
などと考えてニヤニヤしている。
そんなワタルをシルコが睨んでいる。
猫パンチはスタンバイオッケーだ。
ルレインは、泣く子も黙る、と言われている元Aランク冒険者なのだが、彼女の扱いが本当に軽すぎるメンバーである。
「さて、ドルハンですが……」
カイの口調が変わった。
ここからが本題である。
「どうも貴族街に潜伏しているようです。貴族街の外れにあるベンダー子爵家の屋敷ですね。ここは腐っても貴族の家なので、我々も内部の調査を十分には出来ませんでした」
「仕方ないわ。まあ、予想通りよね」
と、ルレインが頷く。
町で得た情報と一致している。
通常、貴族街には冒険者の姿はない。警備などは騎士が行っている。
ところが、ベンダー子爵の屋敷は貴族街の端にあるので、冒険者が出入りしやすいのだ。
貴族街に入らずに、一般の町の区画から直接、ガラの悪い冒険者が出入りしているらしい。
ドルハンが根城にするには、都合が良い環境である。
問題は、屋敷の中の状況なのだが、それについては情報がない。
カイによると、どうやら敷地内に、ドルハン達冒険者用の建物が建てられているらしいのだが、その内部の情報は無いらしい。
通常は、貴族が冒険者に対して、ここまで便宜を図るなどということは有り得ない。
野蛮な人種として軽蔑しているからだ。
やはり、闇に落ちた者同士の特別な信頼関係があるのだろう。
厄介な話である。
ドルハンは、メルギルサの村の組織が壊滅したことを、もう知っているかも知れない。
そうであれば、それなりの戦力を整えて待ち構えている可能性もある。
ドルハンが戦力を集めるにせよ、逃亡するにせよ、時間を与えることは得策では無いだろう。
ワタル達は明日、早速ベンダー子爵邸を攻めることにした。
カイは、出来る限りの協力をする、と言って姿を消した。
まあ、あまり当てにしない方がいいだろう。
カイは、立ち去ったフリをして、実は同じ宿の別の部屋に待機している。
気配を変えて、分からないようにしているのだが、ワタルには筒抜けである。
密かにこちらの気配を探っているのだから、一度気配が分ってしまえば、ワタルの索敵に引っかかり放題である。
しかし、ワタルは気が付かないフリをすることにした。
言わぬが花、を理解出来る程度には大人になっていたのである。
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