第54話 恋人との決着

 シルコと相対している2人の冒険者。

 シルコは、今にも斬りかからんばかりに双剣を構えているが、敵の2人は構えもしない。


 ラルフォードが告げる。


「威勢が良いのは結構だがな。その猫の嬢ちゃん位の腕前じゃ話にならないんだよ」


 ラルフォードは、隣に立っている男を親指で差して告げる。


「こいつは、音速のスキルを持っていてな。音の速さで動けるんだよ。さっきの嬢ちゃんのハエが止まりそうな剣とは次元が違うんだよ」


 確かにシルコは焦っていた。

 相手の2人に全く隙が無いのだ。

 剣を抜いてもいない相手に気圧されている。


 シルコは直感的に、このまま戦っても死ぬだけだと感じてしまった。

 本当に強い相手との戦いの経験が足りないのである。

 シルコの中のヘタレの虫が騒ぎ出したのかも知れない。


 そんなシルコの様子を感じ取ったのか、ラルフォードが口を開く。


「猫の嬢ちゃん、こっち側に来ないか?闇の世界は楽しいぞ。そんな、正義とか常識とかに縛られてるから強くならないんだよ。どうだ?嬢ちゃんの実力ならすぐに俺たちみたいに強くなれるぞ……強くなりたいんだろう?」


 ラルフォードの声音は魅力的に響いて来る。

 これは、人心を惑わすスキルなのだ。


 レアスキル【皇帝の魅惑】


 エンペラーズチャームと言われるこのスキルは、スキル発動者の発言を聞く者に納得させる効果を持つ。

 元々は、王家などの一部の支配階級に伝承されて来たスキルである。

 このスキルを悪人が持ってしまうと、最悪の相性を発揮してしまう。

 このラルフォードがいい例である。

 簡単に悪の組織を作れてしまうのだ。


 シルコは、緊張と恐怖の中で正常な価値判断を失いつつあった。

 ラルフォードの言葉を受け止めても、なお踏み止まっていられるのは、胸の奴隷紋のお陰であった。

 ラルフォードの言葉に奴隷紋が反応するのだ。


 奴隷の所有権が移動するのを防ぐ機能が、何故か働いているらしい。


(ちっ、厄介な紋章をつけてやがるな)


 紋章に気が付いたラルフォードは内心で舌打ちをする。


「シルコ!しっかりしなさい!」


 ラナリアが後ろからシルコを怒鳴る。

 実は、ラナリアも危ないのだ。

 ラナリアの強大な魔力が、ラルフォードのスキルを何とか跳ね返している。


 古より、大魔法使いは組織には属さないのが普通である。

 孤高の存在であり、貴族であっても、王族であっても、大魔法使いを従えることは出来ないのだ。


 その魔力の性質が、ラルフォードのスキルを効きにくくしているようだ。

 しかし、まだラナリアの魔力では役不足らしく、必死に杖を握り締めている。

 シルコを怒鳴ったのも、自分を叱咤しているに他ならない。


 もう既に、戦い以前の問題である。


「私が戦うわ」


 ルレインが前に出る。

 何故かルレインには耐性があるようだ。

 騙されていたショックと、シルコやラナリアを闇に落としてはいけない、という責任感が、ラルフォードのスキルを受け付けないのだろう。


 しかし、いくらルレインでも、この2人を相手にして勝てるとは思えない。

 それでも、死ぬ気でやるしか無い。


「これは、私のケジメなのよ。私がやらなくちゃ……」


 ルレインが決意を固めた、その時


 ゴロン、ゴロン


 ラルフォードともう1人の男の首が床に転がっている。

 頭を失った体は、力無くその場に倒れた。


 ステルス発動中のワタルである。

 さすがのAランク冒険者も、認識外の攻撃は防ぎようがなかったようである。


「……はは……は」


 死を覚悟して戦おうとしていたルレインは、あまりに呆気ない幕切れに、笑うに笑えない。

 あの、ラルフォードがこんなにアッサリと……

 隣りの冒険者は名乗るどころか、喋ってさえもいないうちに……


「いやぁ、不味かったかな。何だか不穏な空気だったからさ」


 ステルスを解除したワタルが頭を掻いている。

 事も無げにAランク冒険者を2人始末して、気負った様子もない。

 自分が成し遂げた事の価値の大きさが分かっていないのだろう。

 ルレインは腰が抜けそうであった。

 必死で脚に力を入れている。


「アンタ、いつからいたのよ」


 ラナリアがワタルに尋ねる。


「シルコが悪の組織に誘われてる辺りかな」


「アンタ、よく平気だったわね。奴の精神攻撃はキツかったわよ」


「ああ、俺にはあんなオッサンの言うことなんて響かないぞ。綺麗な女の人ならともかくさ」


 ワタルには、エンペラーズチャームも何も関係無いのだ。

 自分の趣味が優先している。

 ワタルの中のスケベオジサンが助けてくれたのかも知れないが……


「全く、ワタルは……でも助かったわ」


 シルコも呆れながら、剣を降ろした。


「あ!そんな事よりもエスエスが大変なんだ。ラナリア、急いで来てくれ」


 ワタルは、大切なことを思い出しラナリアを呼ぶ。

 そして、彼女の手を引いて階下に向かう。


「あいつら酷いことしやがって。絶対に許さん」


 ワタルも怒っているが、エスエスを見た時のラナリアの慌てようは凄まじいものがあった。

 すぐさま、ラナリアにしては聞いたことも無いような長い詠唱を開始した。


「我の名に於いて世の理に告げる。万物流転の命の流れ、其の力は不転の物成れど此の時此の場に於いて此処に其の力を顕現し、彼の者の為に……」


 ラナリア渾身の回復魔法である。

 ラナリアの杖の先が光り、その光がエスエスを包み込む。

 死んだ人も生き返るんじゃないか、とワタルが思ってしまうほどの魔力が使われている。


 エスエスの顔の腫れが、みるみる引いて行く。

 塞がっていた片目も開いて来た。

 暖かい光に包まれて気持ち良さそうなエスエス。

 ほとんどの怪我が回復したようだ。


「ありがとう。随分良くなりました」


 エスエスがラナリアにお礼を言って、立ち上がろうとして手を着くと


「いっっ」


 まだ再生していない、剥がされた爪の跡が痛むようだ。


「ああっ、まだ痛むのね。可哀相に……」


 ラナリアは心配そうだ。


「魔物の魔力だと、エスエスと相性が悪いのかも知れないわね。やっぱり人間の魔力の方が良さそうだわ」


 ラナリアはそう言うと、牢屋の見張りがいた部屋にツカツカと入って行き、ワタルが電撃で倒した男に近づく。


「まだ生きてるわね。ドレイン」


 ラナリアは、容赦無くその男から魔力を吸い取り始める。

 黒い霧が倒れた男を包み、男の魔力が奪われて行く。

 ラナリアは、限界まで魔力を吸い取ってしまった。

 魔力を奪われた男は、ピクピクと痙攣して瀕死の状態である。


 ラナリアにとっては、エスエスに酷い拷問をした一味の者がどうなろうと知ったことではないようだ。


「まだ、足りないわね……」


 ラナリアがそう呟いた時、丁度、シルコとルレインが階段を降りてきた。

 体をグルグル巻きに縛られた男を連れている。

 先ほどの戦いで、生き残ったラルフォードの手下だ。


 シルコとルレインは、上の階でこの男に尋問をしていたのだ。

 考えてみれば、このアジトにはターゲットのドレインがいなかったのだ。

 だから、ドレインの行き先の情報を喋らせていたのである。


 この手下は、目の前でアッサリと首を刎ねられたボス達を見て、素直に何でも喋ったらしい。

 闇落ちだの何だの言っていても、盗賊の真似事程度しか出来なかった半端者である。

 圧倒的な力の前では、仲間を守る根性など有りはしないのだ。


「丁度良かったわ、ドレイン」


 ラナリアは一瞬の躊躇もなく、この男の魔力も吸い取った。

 この男も瞬く間に、もう縄で縛っておく必要もないほどに衰弱してしまった。


 ラナリアは集めた魔力を使って、エスエスの指に回復魔法をかける。

 強い光がエスエスの指先に集まり、その光が消えると、エスエスの指の爪は綺麗に生え揃っていた。


「ラナリア、凄いです。再生魔法が使えるようになったんですね」


「あなたを治そうとして、必死だったから……いつの間にか出来ちゃったわね」


 ラナリアも驚いている。


 ワタルは


(ラナリアは夢中になると鬼だな)


 などと思っているが口には出さない。

 そして、思ったよりもラナリアが吸い取った魔力が少なかったので、オッパイを揉まなくても大丈夫だったことを残念に思っていた。

 もちろん、これも口には出さない。


 ワタルは相変わらずだが、ラナリアの魔法を見ていたルレインの驚きは凄いものだった。


「何でこんなことが出来ちゃうの?!」


 ルレインが驚いたのも無理はない。

 再生魔法は、回復魔法の上位に位置する魔法で、高等回復魔法である。

 高等回復魔法が使える人間は、ランドでも数えるほどしかいない。

 それも老人ばかりである。

 王宮の病院の長を務める者か、神殿の大司教か、いずれにしても国の要職に就いている者達である。


 通常の回復魔法が使える者ですら少ないのだ。

 その中から、何十年も辛い修行を経て、一部の才能に恵まれた者だけが高等回復魔法を使えるようになる。

 エルフのような長命な種族では使える者もいるのだが、人間の寿命では時間が足りないのである。


 それが、ラナリアのように10代で再生魔法を使うなど前代未聞であった。

 必死でやったら出来ちゃったわ、などという事は有り得ないはずなのである。


 でも、出来ちゃったものは仕方ない。

 ラナリアがもっと再生魔法を使いこなせるようになれば、身体の欠損部位などの再生も出来るようになるだろう。


「何だか身体が軽くないか?」


 ワタルが、ふと気が付いたように言いだす。


「本当ね。ラナリアの魔法の影響かしら」


 ラナリアが気合を入れ過ぎて回復魔法をかけたお陰で、周りにいた者まで回復してしまったようである。

 ルレインやシルコは、さっきのラルフォードとの睨み合いで相当に疲れていたので丁度良かった。


 そして、地下の牢屋に閉じ込められていた子供達にも回復作用があったようで、他の牢屋から子供の声が聞こえるようになっていた。


 子供達を解放するワタル達。

 子供達は、助けが来たことは分かっているようだが、まだ安心出来ないのだろう。

 おずおずと牢屋から出て来る。


「この中にティムって子はいる?」


 ラナリアが子供達に聞く。

 子供達はラナリアの方を見ながら、黙って後退り道を開ける。

 子供達が開けた場所の奥には、5歳位の男の子が立っている。


「あなたがティム?」


 ティムは黙って頷いた。

 上目遣いにラナリアを見ている。


「アタシ達は、あなたのお父さんに頼まれて助けに来たのよ」


「え?」


 ティムは、ラナリアを見つめている。


「あなたのお父さんがいなかったら、こんなに早くここには来られなかった。立派なお父さんだったわ」


 ラナリアは、それだけ告げるとティムに背を向けた。


「さあ、村に帰るわよ」


 今回のメルギルサの村の事件では、長きに渡って村人の犠牲者が多く発生した。

 家族を亡くした多くの村人は、それでも逞しく生きていかなければならない。


 孤児院で育ったラナリアは、ここで自分がティムに同情しても、何の役にも立たない事を身をもって知っているのだ。

 それに、ティムの父親を殺したのはエスエスの弓矢である。

 仕方なかった事とはいえ、これ以上ティムに構うのは良くないと判断したのだ。

 今回の一件については、ティムの成長に伴って徐々に理解して行くだろう。


 さて、子供達を連れて村に戻ると、村長代理のワッツが首を長くして待っていた。

 子供達が帰って来たことは非常に喜んでいたが、連れ去られた人数の半分だということだ。

 地下牢での生活が、余程過酷なものだった事を物語っている。


 とは言え、村がドルハン一味から解放されて目出度いのは事実。

 ワタル達は歓迎され、メルギルサの村で一泊するのであった。

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