Re:AA-07

雨宮吾子

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 カフカが死んだ。

 そのカフカというのは、あのフランツ・カフカのことではなく、高町カフカという作家のことだ。もちろん本名ではない。でも私は、そのカフカに授けられた本来の名前を知っている。私と彼女とは知り合いだった。

 彼女の死を知ったのは駅の売店に売られている新聞の見出しだったか、電車の中吊り広告だったか、それははっきりと覚えていない。それくらい色々なところでそのニュースを見聞きしたものだから、最初の衝撃だけが私の記憶にこびり付いている。彼女の死がそこまで広範に報道されたのは、生前の彼女の奇矯な振る舞いのせいもあったのだろうが、それよりもその死に方に問題があった。自宅のマンションのベランダから転落した、と公式には発表されている。それが事故死だったのかそれとも……、というのがそこまで注目を集めた原因だった。私はどちらであってもおかしくないと思った。

 私が過去の出来事を振り返らなければならなくなったのは、その死が直接のきっかけではない。私が彼女に対して特別な思い入れをしていたというわけでもなかったし、荒波のように押し寄せる毎日の仕事に忙殺されていたから、深く考える余裕はなかった。偶然にというべきか、運命というべきか、彼女と共通の知人に再会したのはそれから少し経ってからのことだった。

 その日は珍しく早い時間に目が覚めたから、いつもより一本早い電車に乗って出勤することにした。そのようにして始まった一日はいつもとは少し違った回転をして、最終的に彼との再会という大きな出来事とぶつかった。


「お久しぶりです」


 彼は大学時代に知り合った男性だった。昔とはどこか違う、けれども表情の動きなどは昔と変わらない。それは不思議な現象を目の当たりにしているようだった。

 夕食を共にすることになり、私たちの会話は居酒屋の喧騒の中で花開いた。実は彼との関わりは大学のある一時期に限定されたものだったのだが、話題は尽きなかった。そして、話はカフカのことに行き着いた。


「彼女は、本当に遠いところへ行ってしまったんですね」


 私はじめじめとした雰囲気が苦手だったから、そうした話を居酒屋という場でできたのは本当に良かったと思う。だから私も酩酊しかけている頭を回転させて、あの年の出来事を少しずつ語ることになった。


「思い返せば、きっかけは彼との再会でした」

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