第58話:応援/先生の

 朝、保健室にて起床し、俺は身体全体の痛みを覚えながらも、コアスーツに着替える。保健の先生の力を借りずに、どうにか着終えた俺は、コアスーツのOSに接続する部分に直接ケーブルが流れているベルトを腰に取りつける。そして、そこにあるポケットにパッドを差し込んだ。

 コアスーツは、ギアスーツのヘルメットを被らなければ精密な機能は発揮できない。単体では、多少に硬くてほんの少しの怪力になれるだけだ。だからこそ、パッドを利用する事で精密な指示を出す。

 指示の内容は単純。目的地に向かって歩けと言う物だ。コアスーツがヘリポートに向かって、俺の身体を無理矢理に動かしていく。こうでもしないと、どこかで躓いてしまいそうだからだ。


「昨日はおかしかったな」


 身体全体の痛みを感じていたというのに、それを無理矢理に無視していた。感情がどこか沸き立っていた。沸き立ってて、自分の感情が暴走していたのだ。

 高校生の歳でまたこんな事しちまったか、と思うが、これが俺なので仕方がない。今は冷静だ。冷静だけど、やる事はハッキリと判ってるし、何より倫理観は元に戻っている。もう二度と、人を殺す事なんて口にしない。


「――ツッ」


 強引に動かされる関節部が軋みを上げる。しかし、ここで音を上げるわけにはいかない。二日後には、この身体を使ってギアスーツでの戦闘をしないといけないからだ。

 そんな痛みを覚えながら、俺はどうにかヘリポートへ歩み終える。


「おはようございます」

「あぁ、おはよう」


 黒のコアスーツを着た先生が、赤いセーターを着たアニドールのルビィさんと一緒に俺に気づく。ルビィさんがセーターを着ているのは、彼女がアニドールだからだろうか。なんというか、季節もあってアンバランスだ。


「もうそろそろっすよね。先生の呼んだ応援の人って」

「あぁ。ツバキの一番弟子を自称する、まぁ実際に実力ある技術師だ。腕は俺も補償しよう」

「――来た」


 ルビィさんの抑揚の少ない声と共に、バラバラバラとプロペラの音が聞こえてくる。白色に塗られた軍用ヘリだ。先生が何だかんだで凄い組織に所属しているとは思っていたが、あぁいうのも用意できるんだもんな。

 強い風の勢いを受けながら、俺はその窓に映る人を見つめた。黒い髪で、それを一つに纏めているように見える。顔を見る限り、男性か女性か……とりあえず整っているように見える。

 ヘリが着陸し、プロペラが回転し終えるまでを待つ。最初にそのヘリから出てきたのは、パイロットだった。サングラスをかけたスキンヘッドの黒人だ。歳を取っているのか深い皺が出てきているが、そのがっしりとした体格は整備長といい勝負だろう。


「久しいな、テルリ」

「おぅ。相棒の社会貢献姿、見に来たぜ」

「よしてくれよ」


 先生がいつも以上に解けた表情を浮かべて、その黒人とハグをする。先生の細身の身体が潰されそうな気がしたが、そんなわけがなく、その後に力強い握手をする。

 相棒、と呼んでいるのだから長い間の仲なのだろう。強い友情を感じる。


「っと、そこにいるやつが、例の一途ボーイなんだな」

「一途ボーイ!?」

「オジサン、応戦するぜ。愛に生きるのは素晴らしい事だからな」


 一途ボーイという謎の異名をぶつけてくる黒人は、すっとサムズアップする。すごくいい笑顔でやってくるもんで、その謎の異名について問い質す事ができなかった。

 ヘリの中からガンガンと叩く音が聞こえる。サングラスの人が大慌てでヘリの後ろ席の扉を開ける。現れたのは、窓から見えた整った美人だ。髪を一つに纏めており、黒のタンクトップに白のジーパンと、またシンプルな外見だ。しかし、そのスラッとしたスタイルは思わずどきっとしてしまう。


「テルリ、遅いよ」

「わりぃわりぃ」

「きたか、スミス」


 スミスと呼ばれた女性は、先生に軽い会釈をして、そして俺の方を見た。顎に手を当てて、俺を見定めるように見てくる。なんだろうか……?


「ヒューマさん、この子が例の?」

「そう。一途過ぎる大馬鹿がこいつだ」

「先生!!」

「へー、こりゃまた熱血漢っぽいね」


 先生にまで恥ずかしい事を言われて思わず叫ぶ俺に、スミスと呼ばれた美人は感心深くを俺の至る所を見て、ニヤニヤしていた。なんというか……これまでにあった事のない人だ。

 っと、自分が自己紹介していない事に気づく。


「山口 瞬です。ヒューマ先生に無理言っている大馬鹿者です」

「ふふっ、自分の事を馬鹿と言うやつは大物になれるよ。私の名前はスーミン・スノー。気軽にスミスと呼んでよ」


 そう言って握手を求めてきたので、俺はコアスーツの上からだが握手を返す。

 ……小ぶりだが胸の谷間らしきものが見えてしまった気がする。厳密には、その陰というか、なんというか……とにかく、名前も相まってこの美人は女性らしい。


「ついでだが、俺も名乗っておこう。俺の名前はドット・テルリ。何でもパイロットだ。ギアスーツを除いてな」

「俺の以前までの相棒だ。気さくで陽気な奴だ。お前もたぶん、すぐに仲が良くなる」


 先生はそう言うが、テルリさんの外見はハッキリ言うと貫禄がありすぎて……怖い。いや、確かに声音や口調はそれこそ女性にナンパする男性みたいだが、どうしても外見の先入観には負けてしまう。

 だが、いい人なのは確かだ。先生の相棒であった人なのだから。


「さ、時間ないし行こう。瞬、案内して」

「え、あ、はい!」


 スーミンさん……いやスミスさんは、腕をまわしながらも俺の前を進もうとするから、急いでパッドに情報を与えて整備場へ向かう。

 まだ、この時は彼女の実力に疑問を覚えていたのかもしれない。



     ◇◇Skip◇◇



「ゲェッ!? スミスの姉――ゴーンッ!?」

「その姉御ってのはやめなさい」


 整備場に着くや否や、スミスさんを見て驚愕したカエデちゃんに、スミスさんが思い切り拳を振り落した。容赦のない一撃は、カエデちゃんの視界に大量に星を浮かび上がらせたようで、しばらく彼女の瞳の焦点は定まらなかった。

 そんな登場の仕方だからか、アイ含めて皆が奇怪な暴力女を見る目でスミスさんを見る。だが、彼女は堂々と胸を張り声を張り上げた。


「私の名前はスーミン・スノー! ツバキ・シナプスの一番弟子を自称させてもらっている技術士だ。あんた達だね、一人の少年の恋路に手助けする愉快な仲間達は?」

「は、はい! 永瀬 遠見でございます!」

「同じく、山口 優衣です」

「アイ・A・イグリスです。以後お見知りおきを」


 相変わらず見事にバラバラな反応で自己紹介する仲間に対し、スミスさんは厳しい目を向けていた。特に、その視線は遠見や優衣に向けられている気がする。


「資料で見た。私は整備組だ。だからこそ、後輩には優しくしてあげたいがそうはいかない! 私は厳しいぞ? 命を張る覚悟はあるか!」

「はいッ!」

「はい!」

「イエス、姉御!」


 カエデちゃんにもう一発の拳が振り下ろされた。確か、先生の子供なのだから、彼女の師匠であるツバキ・シナプスの娘にあたるはずなのだが、その一撃に躊躇いはない。むしろ、それほどの仲なのだろう。

 きゅー、と声をあげるカエデちゃんを見下ろしながら、スミスさんは小さく溜め息を吐く。


「スミスの姉御……?」

「アァんッ!?」


 アイがたぶん他意もなく、単純な疑問の言葉を上げたのだろうが、スミスさんがドスの効いたハスキーボイスでガンを飛ばす。この人、たぶんスケ番タイプだ。気の強くて男がタジタジになるやつだ。

 よほど、姉御と呼ばれる単語が嫌らしい。だが、涙目になるアイにすまない、と謝辞を述べる辺り、ちゃんと相手を思いやれる人なのだろう。

 スミスさんは、自分の癇癪に妙な表情を浮かべつつ、ポケットに入ってたパッドを取り出した。


「期限は聞いている。タイムリミットはおよそ二日。それまでに、瞬に勝利を掴ませる機体を造らなければならない。あんた達の実力はよく解っている。師匠譲りのカエデに、円卓機構機の整備を選任している遠見。そして中心となる瞬のギアスーツの専任技師、優衣。あんた達が死にもの狂いでどうにかしないと、瞬は最悪死ぬ。それは解ってるよね?」

「兄貴を殺させない……私は、無理してでも兄貴に最高の機体を託す!」

「アーサーのノウハウを活かす……私にしかできないからね!」

「覚悟良ーし! ヒューマさん、早速作業しますよ!」


 先生が微笑みながら頷くと、スミスさんは始めるか、と言って整備組の中に混じっていく。

 彼女がどこまでの能力を有するかは解らないが、それでも、俺は信じて待つしかない。

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