第7話
リンが受けたのと同様、いや、それ以上のパニックがパトロール巡洋艦のブリッジを、襲っていた。
円筒系のブリッジは、中央に指揮官用のコントロールブースがあり、放射状に六つのブースが取り囲んでいる。中央のブースに、初老の顔つきの鋭い男がいた。この船の艦長バセスカである。
「伝説は聞いていたが」
銀河パトロールの少佐であるバセスカ艦長が、呆然として呟く。
「本当にあんな姿とは…」
円筒系のブリッジの壁面は全て、スクリーンに埋められている。そのスクリーンに、黄金の龍が映し出されていた。
凶悪な深紅の輝きを持つ瞳を双頭に宿し、破滅の羽音を打ちならしそうな黄金の翼を広げ、その龍は巡洋艦へ向かっている。蒼古の神々が、戦いを繰り広げていた時代から甦ったような怪物。それは、悪夢というよりは、悪い冗談のようだ。
強固な地球軍の艦隊と死を覚悟した戦闘を繰り返してきたバセスカは、自分がとてつもない悪ふざけにまきこまれた気分になっている。
「それにしても、今時の三流映画すら、あんなふざけた怪物は登場させんぞ」
「メインビームシステムが、ターゲットを補足しました」
オペレータの報告と共に、壁面のスクリーン上にも、ロックオンの表示が出る。バセスカは、うんざりした声で指示した。
「あのくそふざけたおもちゃを、片づけろ」
「ラジャー」
砲手が応える。メインビームシステムが作動し始め、警告表示がコンソールに出た。ブリッジの照明が、暗くなる。赤い非常照明の下で、バセスカは侮蔑の笑みをスクリーンに投げた。
「さよなら、キャプテン・ドラゴン。伝説へ帰るがいい」
音と振動が、ブリッジを包む。
「どうしてよ!」
リンが叫んだ。
ビーム砲による極彩色の輝きから開放された後、コンソールには相変わらず黄金の龍のふざけた姿が、映し出されていた。リンは頭痛がしてくる。
「直撃だったはずよ。戦艦だって沈むのよ、あの主砲を喰らえば」
「あれを、見た目通りに考えないでくれ、嬢ちゃん。だいいち龍が宇宙を飛べる訳がないだろう」
ヤンが、にやにやしながら言う。
「じゃあ、なんなのよ。魔法の龍なの」
「あれは、むしろ、龍の形をした時空特異点といったほうがいい」
リンは天を仰いで、瞑目する。
「神様の造った魔法のモンスターといってくれたほうが、納得いくわ」
ヤンは、楽しげに続けた。
「亜空間ウィルスというのを、聞いたことがあるか」
「ええ、それのデータは見た事があるわ」
亜空間ウィルスは、ウィルスというより生きた空間の歪みと言ったほうが、いい。自らの意志によって、物理的法則をねじ曲げてしまうという、とてつもない生き物である。
「じゃあ、あの龍は、亜空間ウィルスに感染した龍だというの」
「正確には、感染して死んだ龍さ」
リンは、目を円くした。亜空間ウィルスは、我々の宇宙とは違う別の宇宙からの侵入者と考えられている。宿主を取り殺すという事は、その存在を別宇宙にりこんだという事に等しい。
「それは」
「あんたの考える通りだ、嬢ちゃん。あれは、見た目はこの宇宙にあるが、実体は別の宇宙にある。あの龍の表面は、次元断層に等しい。つまり空間の裂け目だから、その硬度は無限大」
「でも、でも、でも、でも」
リンは叫んだ。
「あれに、ビリーが乗ってるんでしょ」
ヤンは涼しい顔で頷く。
「ヤン、あんたの話じゃ、あの龍の中は、別の宇宙って事になるじゃないの。そ
んな所でどうやってビリーは、龍を操っているのよ!」
「さあな」
ヤンは、ひきつった笑みを見せた。
「あの人は、常識を超えてるからなぁ」
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