その2

「お疲れ様でしたー!」

「お疲れっすー!」

「いやいや、ご苦労様…」

「大変だったのー」


 銀色の月が夜空に輝きだした頃、とある町にあるテレビ局の駐車場が賑やかになり始めた。さきほどまでずっと続いていたバラエティ番組の収録が終わり、出演していたタレントやアイドルなどの芸能人が帰路に就き始めたからである。

 スタッフに丁寧に挨拶をするベテラン芸能人、足早に帰る医者タレント、慌てて自分の車を間違えかけてしまう芸人――様々な個性が溢れる空間に、網乃あみのメアリ――人気アイドルユニット『Dolly`s』のリーダーもいた。普段は他のメンバーと共に様々な番組に出演するが、今回は単独出演だったようである。


「お疲れ様でしたー!」


 テレビで見せるものと同様の明るい笑顔を見せながら、彼女は片付けに頑張るスタッフや芸能人の先輩たちに丁寧に挨拶を続けていた。元気で明るく、そして誠実と言うその性格は決してテレビの中だけではなく、こういった場所でも発揮されているようで、挨拶を受けた人々は笑顔で挨拶を返した。勿論そればかりではなく、様々なアドバイスを彼女に授ける人もいた。そのような言葉も、メアリはしっかりと心に刻み込んでいた。自分が人気アイドルユニットのリーダーである、と言う自覚を、彼女は十分持ち合わせていたのかもしれない。



 そんな『頑張り屋』の網乃メアリを、駐車場の車の傍で待つ人がいた。


「今日もお疲れ様♪」

「ありがとうございます♪」


 黒いスーツを決め、ふんわりとした髪型を持つ、『Dolly`s』のマネージャーだ。

長丁場を乗り切ったアイドルに向ける笑顔は、テレビのイケメンアイドル顔負けの爽やかさであった。いつも彼はこのスタイルでスケジュールを管理したり健康面や精神面に気を遣いながら、メアリらのメンバーが万全の状態で様々な場面で活躍できるようにしているのである。彼にとって、メアリの笑顔はまさに最高の報酬に違いないだろう。


 そして軽くテレビ局の人たちに挨拶を済ませた後、2人は静かに赤い車に乗り込んだ――。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ――その様子が、遠くから逐一監視されていた事には、一切気づいていないようだった。




「フフフ……やっぱりあの2人、何かあるねぇ……」



 イケメンマネージャーと人気アイドルの秘密の仲を暴こうと企むゴシップ記者が、物陰から密かに2人を監視していた事に。

 思い通りに事が進んでいる事を喜び、彼は心の中で嘲り混じりの笑みを見せた。以前から様々なゴシップネタを教えてくれる有力な情報筋から得た通り、テレビ局で再会した2人は非常に仲睦まじく、まるで家族や恋人のようであった。謎に満ちたアイドルの私生活と、彼女を支えるマネージャーの禁断の仲――2つの真相が着実に明らかになっていく事を、彼は確信していたのである。


 網乃メアリとイケメンマネージャーが乗った赤色の軽自動車が駐車場を発進するのと同時に、ゴシップ記者も道に停めていた自分の車に乗り込み、すぐに追跡を始めた。以前は芸能事務所などに車種やナンバープレートを覚えられ、すぐに追跡を振り切られてしまっていた彼だが、つい最近新車に買い替え、ナンバーも新しく登録し直した事もあってか、メアリたちは全く追跡に気づいていないようだった。のんびりと大きな道路を進み続ける赤い車を眺めながら、ゴシップ記者は2人が自分の掌にあるような思いすら抱いていた。


「よしよし……このまま上手く行けば…♪」


 誰も知ることが出来ない大スクープを独り占めにして、地位と名誉を思う存分得る未来が目の前に待っているのだから。



 

 そのまま赤い軽自動車は大きな道路を進み続けた。周りの建物は高層ビルからマンションへと変わり、やがて民家が並ぶ郊外の光景が広がり始めた。とは言え、今は夜なので明かりも少なく、ひっそりと静まり返っているが。

 やがてとあるスーパーの近くに辿り着いた時、赤い車に動きがあった。左に曲がり、細く狭い道を進み始めたのだ。急な動きにゴシップ記者は驚いたが、それ以上に妙な気分を覚えた。普段から度々利用するこの大きな道路やそこから分かれる各地の道路がどこに繋がっているのかは把握しているはずであった。そして、この左側の道の先はずっと『工事中』で普通は通れないという事も。

 だが、そのままずっと赤い車を追いかけ続けても、工事中の看板やポールはおろか、どこにもそう言った工事の痕跡は見当たらなかった。まるでアイドルとマネージャーだけを通すかのように、道が延々と続いていたのだ。



 この2人、単なるアイドルとマネージャーではない。次第にゴシップ記者は、自分の想像以上の何かが眠っている事に気付き始めた。だが、今の彼にはそれを恐れる心は無かった。最高のスクープ、未知の情報――記者生活を続ける中で、最高の出来事が待っている、と言う好奇心が溢れに溢れていたのだ。もし今静かに追跡を続けていなければ、車のクラクションを高らかに鳴らしたいほどの気分だった。

 


「……にしても、静かな場所だねぇ~」



 普段立ち入りが出来ない道路の先に待っていたのは、先程と同じように続く郊外の住宅地であった。夜の帳が下りた家々は静まり返り、道路の傍で輝く電灯の明かりだけが、赤い車を追いかけるゴシップ記者が乗る新車を照らしていた。周りには一切の人気が無い異様な空間だが、彼は全くそれらに気を留めず、ただ目の前にある獲物を狙い続けていたのである。


 そして、ついに赤い自家用車は住宅地のはずれにある一軒の家の前に停まった。周りで街路灯に照らされる他の家とは全く違う円柱状の建物――まるで何か地下に続く入口のような妙な風貌の建物は、見るからに怪しさ抜群であった。まるでゴシップ記者に対して、堂々と大スクープを提供しているかのように。


「ふふふ……ははは……おっといけない……」

 

 

 興奮のあまり笑いが出そうになるのを抑えながら、ゴシップ記者も近くの道に車を停めた。そして急いでカメラを用意し、円柱状の家へレンズを向け、その時が来るのを密かに待ち続けた。

 そして数分後、赤い車のドアが左右同時に開き、車を運転していたマネージャーと助手席に座り続けていた網乃メアリが姿を現した。しばし仲睦まじそうに話した後、2人はゴシップ記者に一切気づかないそぶりを見せながら、例の円柱状の家の中へと入って行った。しかもその時、2人は仲が良さそうに話すばかりではなく、互いに手を握ったり互いの手を腰にやったり、挙句の果てにメアリはマネージャーに抱き付いたりまでしていたのである。

 間違いない、これは『恋人』同士と言っても良い光景だ! 

 


「やったよぉ……僕はやったよぉ……売れるよぉ、凄いよぉ……!」


 興奮で心拍数がどんどん上がっている事を感じながら、ゴシップ記者はカメラのシャッターを次々に切り続けた。消音機能を詰め込んだカメラの中に、アイドルやマネージャーに一切気づかれる事なく、次々に2人の間の『真実』が収められていったのである。

 カメラの中の大量の写真を出版社に持っていけばたちまち大スクープになり、テレビや新聞をも巻き込む大騒動になる。そして、お手柄を手に入れた自分の地位はますます上がる事になり、報酬も思う存分貰える。カメラ越しに見る光景は、ゴシップ記者にとって巨大な金塊のようであった。そして、この金塊を一欠けらも逃すはずはなく、2人が妙な形の家に入った後も、窓に映る影を追いながら必死にファインダーを覗き続けた。


 何度も何度もシャッターを切り、必死に写真を撮り続けていたゴシップ記者は、自分の肩に何かが当たっている事にしばらく気づいていなかった。しかし何度も何度も『何か』に肩を叩かれ続ければ、流石のゴシップ記者でも鬱陶しく感じてしまった。いい所なのに邪魔をするな、そう言おうと肩の方に顔を向けた瞬間、彼は自分の目を疑った。先程までずっとスクープを目の当たりにし続けた、自身の目を。


 当然だろう、そこにいたのは――。



「あれ、何をしているんですか?」



――マネージャーと一緒に『家』の中に入ったはずの、網乃メアリだったのだから……。

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